筋肉第35話 怪我人
「ちょっ! 奮子!? どしたん!?」
朝。
教室に入って来た鬼木坂 奮子を見て、弁軽 虎美が叫んだ。
その声で教室内にいた生徒達が一斉に扉の方を見て、そして皆一様にぎょっとした。
奮子の顔が傷だらけだったのである。
左目付近は青く腫れており、右頬も紅く腫れている。
小さな擦り傷が無数にあり、顎先にはガーゼ、鼻の頭には絆創膏が貼られていた。
そして制服は着ておらず、上下ともに黒いジャージを着ていた。
腕まくりした両腕には包帯が巻かれ、歩き方もぎこちなく左足を少し引きずっていた。
「ちょっ!?」
「鬼木坂さん!?」
「大丈夫!?」
一斉に、奮子の周りに生徒達が駆け寄って来た。
皆心配そうな表情を浮かべている。
「ああ。大丈夫だよ。ちょっと離れてくれねーかい、嬢ちゃん達」
奮子は困ったような顔をして、ぽりぽりと頬をかいた。
「鬼木坂さん!?」
悲鳴のような声が、教室の入り口から聞こえた。
そこに、日辻山 羊子が眼を丸く見開いて立っていた。
一瞬、教室内が静まりかえった。
羊子はクラスでも静かな生徒である。
これほど大きな羊子の声を、クラスメイト達は初めて聞いた。
「……よう」
奮子が微笑みを浮かべると、羊子は泣き出しそうな表情で駆け寄って来た。
「ちょっと! どうしたの!? 何があったの!?」
近くに寄って来た羊子は涙を浮かべていた。
「あー、えっと、ちょっと、山で熊を獲ろうと思ってな」
奮子は眼を逸らしながら頬をかいた。
「熊って……ちょっと、気を付けてよ、もう……!」
羊子の顔は半泣きになっていた。
「え……奮子!?」
また、教室の入り口で大きな声がした。
蝶野アゲハが、驚愕の表情で見つめていた。
「ちょっと! どうしたの!? 誰にやられたの!?」
アゲハも駆け寄って来た。
「なんかね、熊にやられたんだって!」
声を上げたのは芝 犬千代である。
「熊!? あんた何してんの!?」
アゲハはまるで叱っているかのように奮子に向かって叫んだ。
「あ、いや、だから、熊の肉が食いたくなってだな」
相変わらず奮子は眼を泳がせている。
「いやいや、熊って……あんた前、家の畑に現れたモンゴリアンデスワーム余裕で倒してたじゃん! 熊なんか楽勝でしょ!?」
やや不思議そうな表情で言ったのは、蠍原 サハラである。
奮子はしまったと思った。
「いや、なんか、遺伝子操作された化け物みてぇな熊でだな……」
奮子は苦し紛れに嘘をついた。
「ちょっ……鬼木坂さん!?」
また、教室の入り口で声がした。
今度は牛崎みるくだった。
「なっ! 奮子!? どうしたんだ!?」
みるくと一緒に入って来た三津亜 羅照も声を上げた。
「なんや、みんな同じ反応するなぁ」
弁軽 虎美が、笑いながら言った。
「そりゃみんな驚くネ。奮子がこんな怪我するなんて信じられないヨ」
半田チャンが奮子の傷を見ながら言った。
その後、続々とクラスメイト達が入って来ては、痛々しい姿の奮子に群がった。
あらゆる角度から質問の嵐を浴びせられている奮子は、困ったように目線を泳がせていた。
そして、ホームルーム開始5分前。
今、教室内には1年B組の生徒36人が全員揃っていた。
ほとんどの生徒達は教室に入るなり奮子を見て近くに駆け寄ったのだが。
教室に入って来ても奮子に近寄らず、真っ直ぐに自分の席に向かった生徒が10人いた。
奮子から離れた席に座っている貞 麗子。
近寄りはしなかったが、じっと奮子の事を見つめている。
どうしたのだろうと思う。
何があったのだろうか。
本当は今すぐ駆け寄りたいところだが、人見知りで声を出す事が出来ない麗子は、ただ遠くから見守る事しか出来なかった。
そことは離れた別の席から、古藻戸 斗歌が無言で奮子の姿を見つめていた。
いったい誰が奮子に怪我を負わせたのか非常に気になるが、周囲に人が多過ぎて声をかけにくかった。
その少し離れた席では、番羽 理亜が机に伏せて、広げた教科書で頭を隠して眠っている。
理亜は半分眠りながら教室に入って来た。
何やら教室内が騒がしい気がしたが、眠気に勝てず席で眠ってしまった。
また少し離れた席でも、生毛 由眠が机に伏せて眠っていた。
傷だらけの奮子には全く気付かず、自分の席に着いた瞬間に寝ていた。
その前の席では、破鏡 紫怨が静かに読書をしていた。
紫怨は奮子に全く興味が無かった。
そこから離れた後ろの席では、雷光 嵐が心配そうな表情で奮子を見つめている。
その隣の席で、闇裏 夜影が無表情で奮子を見つめていた。
聞き耳を立てて会話を聞いていた。
熊だなんだと言っているが、嘘に決まっている。
誰にやられたのだろう。
怪人だろうか。
あの鬼木坂に、あんな怪我を負わすとは。
そいつは相当の戦闘力を持っている事になる。
より一層警戒しなくてはならない。
いかなる脅威であろうと、我が主だけは命に代えても守らなくては。
そして窓際の席では、餓狼 灰牙が頬杖をつきながら遠くの景色を静かに見つめていた。
傷ついた奮子が視界には入ったが、自分には関係無い為、どうでも良かった。
その近くの席では、黒猫山 梓が心配そうな表情で奮子を見つめていた。
怪我が心配だった。
後で聞いてみようと思う。
そこから少し離れた席で、門白 真白が読書をしていた。
奮子の様子が気にはなるが、今は周りに人が多すぎる。
それに話したことが無いから、なんだか話しかけにくい。
やがて、ドリアード・百合子が入って来た。
入って来るなりいっぱいに目を見開き、驚愕の表情で奮子に駆け寄った。
今や奮子の周囲には満員電車のように女生徒達がいる。
百合子はばれないようにさりげなく、女生徒達に自分の身体を密着させ、髪の毛の匂いを嗅いだ。
不自然でない動きで、女生徒達の身体を触りまくっていた。