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筋肉第29話 サバンナ②

 繁華街の大通りからは見えない、建物の裏。

 ごみ収集車が入れる程のスペースがある。

 そこに、獅子崎礼央は獰猛な笑みを浮かべて立っていた。

 礼央の後方は、壁である。

 前方に、2人の男が立っている。

 

 「お前らの顔、覚えてるぜ」

 

 ふいに、礼央が口を開いた。

 

 「珍走団にしては根性あったからな」

 

 礼央が続けて言った。

 すると、2人の男の内、巨漢の方が口を開いた。

 

 「暴走族だ」

 

 巨漢は、珍走団と言われたのが気に入らなかったらしい。

 

 「珍走団だろ」

 

 間髪入れずに、礼央が言い放った。

 

 「……まぁ、いい。覚えていてくれて嬉しい。俺は暴走族サバンナの副総長、斉角(さいかく) (すすむ)

 

 巨漢の方が、礼央をまっすぐに見ながら言った。

 続けて、隣の痩身の男が口を開いた。

 

 「俺は、サバンナ特攻隊長、知多(ちた) 速夫(はやお)です」

 

 すると、礼央は呆れた表情をして、首をこきりと鳴らして言った。

 

 「まだやってたのか。お前らを壊滅させたって事で、警察から感謝状貰ったんだけどな」

 

 「確かにサバンナはあんたに一度潰された。だが、俺達は生まれ変わったんだ。他のチームから喧嘩を売られたりしたら買うが、無闇に人を傷つけてはいないし、みんな純粋にバイクを楽しんでる。スピード超過ぐらいしか違反行為はしていない。昼間は真面目に働いている」

 

 斉角が、低く真面目な声で言った。

 

 「で?」

 

 礼央は心底興味無さそうな表情をした後、続けて言った。

 

 「能書きはいい。復讐しに来たんだろ? とっとと始めようぜ」

 

 礼央は後頭部をぽりぽりとかきながら、ゆっくりと一歩前に出た。

 その瞬間。

 突然、斉角と知多がその場に正座をして深々と頭を下げた。

 頭を下げる勢いで、2人の額がアスファルトにぶつかった。

 礼央は僅かに眼を丸くして、土下座している男達を見下ろした。

 

 「恥を承知で、あんたに頼みがあるんだ……!」

 

 斉角が、額をアスファルトにくっつけながら、振り絞るような声を出した。

 

 「……頼み?」

 

 礼央が冷たい声で聞いた。

 つまらないものを見ているかのような眼で、見下ろしている。

 

 「総長を、止めて欲しい……!」

 

 声を振り絞る斉角の巨体が、小刻みに震えていた。

 

 「……」

 

 礼央は完全に無表情になった。

 暗い瞳で、静かに斉角の後頭部を見つめた。

 

 「ダセェのは分かってる! 情け無ぇ事も分かってる! 男じゃねぇよこんな真似! でもな、俺達じゃ、止められねぇんだ!」

 

 叫ぶ斉角の身体の震えが大きくなった。

 やがて嗚咽の音が聞こえ始め、鼻をすする音も聞こえた。

 隣の知多の背中も、小刻みに震えていた。

  

 「止めるってなんだよ。暴れてるってのか」

 

 低い声で、礼央が言った。


 「そうなんだ!」

 

 斉角はアスファルトに額を擦り続けながら、続けた。

 

 「あの人、1ヶ月ぐらい前から、急に人が変わったようにいきなり暴れ出すようになっちまったんだ」

 

 礼央は、無言だった。

 夜風が、茶色い髪を揺らしている。

 

 「異常な暴れ方だった! 総長は強くて怖ぇが優しさも持つ人だ! だからみんな総長を慕ってたんだ! でも、その優しさが、突然どこかに吹き飛んだようになっちまって……!」

 

 礼央は無言で見下ろしている。

 斉角が、そのままの姿勢で続けた。

 

 「総長、片っ端から他のチームを襲い始めて……そのやり方が、明らかにやり過ぎで……俺達で、総長を止めたんだけど……総長、俺達の仲間も、次々と襲い始めて……!」

 

 斉角の嗚咽が激しくなった。

 両方の拳を、強く握っていた。

 礼央は両腕を組んで斉角を見下ろしていた。

 

 「それで……!」

 

 斉角が声を上げた時。

 突然、隣の知多が顔を上げた。

 

 「ここからは俺が話します」

 

 知多が、涙を流しながら礼央を見上げた。

 礼央は真っ直ぐに知多の眼を見下ろした。

 

 「俺が総長にタコ殴りにされてる所に、いきなり俺の妹が飛び出して来たんです。俺を、助けようとして」

 

 「!」

 

 礼央の眼が、僅かに大きくなった。

 

 「そしたら、総長……妹を力いっぱい殴り飛ばして……!すげぇ、吹っ飛んで……その先にあった突起物に、背骨をぶつけちまって……」

 

 嗚咽し、大きく鼻をすすって、知多は続けた。

 

 「……歩けなくなっちまった……!」

 

 知多は血の涙を流していた。

 食いしばった歯の隙間からも血が流れている。

 

 「まだ……中学生なのに……!」

 

 知多の眼に、真っ赤な憤怒と殺意が宿っていた。

 両の拳を硬く握り、身体をぶるぶると震わせていた。

 それを見下ろす礼央の眼が大きくなっていた。

 瞳が縦長に伸び、完全に猛獣の眼光になっている。

 風が吹いているわけではないのに、ボリュームのある茶髪がゆらゆらと揺れていた。

 

 知多は、再び深々と頭を下げた。

 ごつんと、額とアスファルトがぶつかる音がした。

 

 「それからも、総長、人間じゃねぇみたいに、仲間達にも暴力をふるって! 俺も、何度も止めようとしたけど、歯が立たないんです! 誰も、敵わない! でも、獅子崎さん、あんたなら! 俺たちを完膚なきまでに潰したあんたなら、総長を止められる! お願いします! あいつを、止めてください」

 

 再び、知多は額を打ち付けた。

 隣の斉角も、深々と頭を下げた。

 

 「俺からも頼みます!」

 

 斉角も、嗚咽を漏らしていた。

 

 「こいつの妹は……病気がちで……でも、すげぇ優しくて……バイクに興味持ってて……その日は体調が良かったのか……こっそり、俺達のアジトに来ていたらしくて……」

 

 斉角と知多の嗚咽が、激しく大きくなった。

 優しかった総長の顔と凶悪な総長の顔が交互に頭の中を流れ始めた。

 同時に、明るく笑う女子中学生の姿。

 

 「うっ……くそっ!」

 

 知多は、アスファルトに拳を打ち付けた。

 すると、ふいに、夜風が柔らかく吹いた。

 同時に、礼央が声を出した。

 

 「名前、なんつーんだ?」

 

 斉角と知多は、同時に顔を上げた。

 鼻水を流しながら、知多が叫んだ。

 

 「象岩(ぞういわ)です! 総長の名前は、象岩(ぞういわ) 鼻尾(はなお)です」

 

 「いやちげーよ。お前の妹の名前」

 

 「……速江(はやえ)です。知多(ちた) 速江(はやえ)

 

 「ふぅん」

 

 礼央はこきりと首を回した。

 そして軽く息を吐き出して、言った。

 

 「いいぜ。その象なんとかってクズ、ぶっ殺してやるよ。その代わり、終わったら速江ちゃんをあたしに紹介しな」

 

 「……!」

 

 知多は、ごくりと息を呑んだ。

 斉角が目線だけを動かして知多を見た。

 知多は一瞬だけ斉角と眼を合わすと、すぐに礼央に視線を戻した。

 

 「わ、分かりました」

 

 覚悟を決めたように、知多が言った。

 礼央は不敵な笑みを浮かべた。

 生肉を目の前にした猛獣の表情だった。

 

 「そいつの所に、今すぐ案内しな」

 

 

 

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