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筋肉第27話 柿男

 (しば) 犬千代(いぬちよ)は家路を急いでいた。

 時刻は午後5時を回っている。

 本来ならばバスケ部の練習中の時間であるが、腹痛の為部活を休んだのである。

 どうやら昨日、家族で食べた生牡蠣がいけなかったらしい。

 犬千代の家は学校から徒歩20分ほどである。

 しかし今日は一刻も早く家に着きたかった為に、普段は使わないショートカットコースである公園を横切る事にした。

 公園には誰もいなかった。

 遠目に見ただけだか、ベンチに男性が1人座っているようだ。

 それ以外は誰もいない。

 静かな公園である。

 すると。

 犬千代の腹部を、耐え難い痛みが襲って来た。

 腹を抑えてうずくまりながら公園を見回すとトイレが目についた。

 仕方ない。

 あそこのトイレに寄って行こう。

 犬千代がゆっくりと立ち上がったその時。

 

 「大丈夫かい? お嬢さん」

   

 背後から突然男性の声が聞こえた。

 

 「すみません、ちょっとお腹が痛くて」

 

 そう言いながら犬千代は振り返った。

 振り返った瞬間、犬千代の身体が硬直した。

 両方の瞳を目一杯見開き、声を掛けて来た男を凝視したまま時が止まったかのように動かなくなった。

 大きな驚愕と衝撃の為に、フリーズしたのである。

 

 声を掛けて来た男の首から上が、柿だったのである。

 人間の頭よりも大きな柿に、人間の顔が張り付いている。

 そんな姿をしていたのである。

 柿男は心配そうな眼差しで、犬千代を見つめた。

 

 「ふむ。食中毒のようですね」

 

 柿男が穏やかな声を出した。

 

 「え? あの……え?」

 

 犬千代の頭が混乱していた。

 普段の元気さがどこかへ去ってしまっている。

 目の前に現れた何だかよく分からない存在への処理が追いつかない。

 

 「大丈夫ですよ、お嬢さん。すぐに治りますよ」

 

 柿男は柔和な笑みを浮かべて言った。

 

 「え?……あ、はぁ。そ、そうですか」

 

 言いながら犬千代は急いでそこから立ち去ろうとした。

 

 「ああ、こらこら、待ちなさい」

 

 柿男が慌てて声を掛けた。

 

 「ほら、これを持って」

 

 そう言って、柿男はその辺に落ちていた細い木の枝を犬千代に渡した。

 犬千代は訳も分からないまま、その枝を受け取った。

 

 「え? え?」

 

 犬千代は益々混乱した。

 すると柿男はいきなり、自分の履いているズボンのベルトを緩め始めた。

 

 「え?」 

 

 困惑する犬千代の目の前で、柿男はベルトを緩めてズボンを完全に脱ぎ捨てた。

 下着は派手な色のトランクスを履いている。

 

 「え? え? え?」

 

 困惑する犬千代の背に、寒いものが疾り抜けた。

 一瞬遅れて、恐怖が胸を満たし始めた。

  

 「え? ちょ」

 

 柿男が自分のトランクスに両手をかけて、一気にずり下ろした。

 と、同時に、犬千代のすぐ目の前に、大きな体躯が空から降って来た。

 その巨体で、犬千代からは柿男の姿が見えなくなっている。

 背が高く筋骨隆々な後ろ姿。

 自分と同じ女子校の制服。

 そして特徴的な赤髪。

 犬千代は、この後ろ姿をよく知っていた。

 

 「ふ、奮子ちゃん!?」

 

 犬千代は悲鳴に似た歓喜の声を上げた。

 

 「おう。犬千代、じっとしてろ」

 

 前を向いたまま、奮子が静かに言った。

 

 「なんだね、君は。どいてくれないか。そのお嬢さんの腹を治してあげたいのだが」

  

 奮子の背中越しに、柿男の声が聞こえて来た。

 

 「おれはこの子のクラスメイトだ。腹痛はおれが治しておくよ」

 

 「いや、私に治させてくれ。人助けが好きなんだ」

 

 「あんたのやり方は刺激が強過ぎる。とりあえず早く下着を履いてくれ」

 

 「なぜだ。私のやり方は全然過激ではない。ただ木の枝を私の尻の穴に入れて、その先端に着いた柿エキスを舐めて貰うだけだ。あらゆる不調が秒で治る。言うなれば万能回復魔法だ」

 

 「大したもんだが、もうちょっとなんとかならねーのか、そのやり方」

  

 柿男と奮子の会話を聞いていた犬千代はぞっとした。

 今、柿男は何と言ったのだ。

 枝の先を尻に突っ込み、それを舐めさせると言ったか。

 なんだそれ。

 何なのだその発想は。

 

 「これ以上ない良い方法だと思うのだが」

 

 柿男が言う。

 良い方法だと。

 何を言っているんだこの柿は。

 

 「誤解されないやり方を教えてやるから、とにかく下着を履け」

 

 奮子がそう言うと、柿男は渋々下着を履き始めた。

 すると奮子は後ろを振り向き、犬千代と向かい合った。

 

 「大丈夫か、犬千代」

 

 奮子が穏やかな声を出した。

  

 「う、うん。ちょっと、状況がよく分からないけど」

   

 「腹に触って良いか」

 

 「うん……え?」

 

 直後、奮子の右の掌が、犬千代の腹部に優しく触れた。

 そして。

 

 「(ふん)

   

 奮子の一声と同時に、掌から白い閃光が瞬いた。

 

 「ひゃうっ」

 

 不思議な暖かさを持つ波が身体を駆け抜けた気がして、犬千代は思わず声を出した。

 しかしその直後、腹痛が嘘のように消えている事に気付いた。

   

 「ほほう」

 

 柿男が感嘆の声を上げた。

 奮子は再び柿男を振り返って言った。

 

 「柿男よ、あんたの治癒エネルギーを、こうやって掌から出せば良い」

 

 「簡単に言わないでくれ。出来るわけないだろう」

 

 「掌から力を放出するイメージをするんだよ。あんたなら出来る」

  

 そう言うと、再び奮子は犬千代を振り返った。

 

 「犬千代、もう腹は痛くないか」

 

 きょとんとしている犬千代は、上目遣いで奮子を見上げた。

 

 「う、うん……! ありがとう! 奮子ちゃん!」

  

 にっこりと笑う犬千代に釣られるように、奮子も微笑みを浮かべた。

  

 「1人で帰れるか?」

 

 「え? あ、うん!」

 

 「そうか。真っ直ぐ帰れよ」

   

 「奮子ちゃんは?」

 

 「おれは柿男にレクチャーして行くよ」

 

 「あ、そうなんだ」

 

 「おう。また明日な」

 

 「うん。また明日ね! ありがとう奮子ちゃん!」

 

 そう言うと、犬千代は元気に公園の外へ駆けて行った。

 それから奮子は、柿男が掌から治癒能力を放出出来るようになる為の練習に付き合った。

 

 

 




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