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筋肉第25話 呪いの人形

 三津亜(みつあ) 羅照(らてる)は夜の路上を歩いていた。

 部活帰りである。

 所属している部は、空手部。

 クラスは1年B組。

 身長は150センチと、クラスの中で1番背が低いが、その面構えには獰猛さが滲み出ており、喧嘩上等、と顔に書いてあるようである。

 羅照(らてる)は歩きながら今日の部活の練習を思い出していた。

 今日も、獅子崎(ししざき) 礼央(れお)に挑んだ。

 入部してから毎日挑んでいる。

 一度も勝てた事は無い。

 もちろん、今日も負けた。

 だが。

 気分はどこか晴れている。

 あの百獣の王との闘いは、楽しくて楽しくて仕方ない。

 100パーセントの力を出し切って、完膚なきまでに敗北する。

 試合後はいつも、悔しさよりも清々しさが勝る。

 いつか勝つ。

 次こそは勝つ。

 明日こそは勝つ。

 いつも、そう思う。

 思わず声に出ている。

 そうすると、部長は不敵に笑って、必ず自分の頭を撫でて来る。

 自分は基本的に、他人に触れられるのは嫌いだ。

 でも、部長に頭を撫でられるのは、なんだか気持ち良く感じる。

 自分のショートカットの髪を撫でて貰えると、なんだか温かい気持ちになる。

 この気持ちは何なのだろうかと疑問に思う。

 もしかしたら、自分は部長の事が好きなのだろうか。

 好きではあると思う。

 あの威風堂々たる佇まいと、あの圧倒的な強さは本当に憧れる。

 でもその好きは尊敬しているという意味の好きであり、恋愛的な好きでは無いと思う。

 多分。

 そんな事を考えながら歩いていると。

 

 「!」

 

 羅照(らてる)の野性の勘とも言える超感覚が、自分に向けられている視線を感じ取った。

 ばっ、

 と音が鳴る程に素早く、羅照(らてる)は視線の方に振り向いた。

 その先には、ゴミ置き場があった。

 

 「……?」

 

 なんだ?

 と思う。

 今、明らかに視線を感じた。

 だが、その方向のゴミ置き場には、誰もいない。

 猫や犬などの生き物の気配も無い。

 気のせいか。

 そう思って、再び歩み出した瞬間。

  

 ざわりっ。

 

 という悪寒が、羅照の背中を疾り抜けた。

 

 「!?」


 羅照は再び後ろを振り向いた。

 相変わらずゴミ置き場は静かだ。

 だが。

 明らかに誰かいる。

 何かがいる。

 

 「……」

 

 羅照の両眼に、獣の眼光が灯った。

 獰猛な表情で、真っ直ぐにゴミ置き場に近付いて行く。

 ゴミ置き場から1メートルほど離れた場所で、羅照の足が止まった。

 羅照は、ある一点を見つめていた。

 視線の先には。

 ゴミ袋の上にポツンと座る、一体の人形があった。

 

 「……」

 

 羅照はその人形をじっと見つめた。

 見覚えのある人形だった。

 10年程前に、一時的にブームになった人形だと思う。

 ビーフ・ジャーキーとかいう名称の外国の人形だった気がする。

 頬にそばかすのある茶髪の男の子の人形だ。

 手には常にジャーキーを持っており、背中のボタンを押すと何か声が出る人形だったはずだ。

 

 「……おい」

  

 羅照はその人形の眼を見ながら、声を掛けた。

 人形は動かない。

 つぶらな眼球を真っ直ぐに羅照に向けている。

 

 「てめぇか? あたしに喧嘩売ってんのは」

 

 羅照が低く呟いた。

 人形は動かない。

 

 「ふっ」

 

 ふと、羅照が小さく笑った。

 

 「んなわけねーか」

  

 頭をぽりぽりとかきながら、くるりと背を向けたその瞬間。

 

 「へぇ。笑うと可愛いじゃねぇか、ネーチャン」

 

 40代ぐらいの男の声が聞こえた。

 聞こえると同時に、羅照は振り向き様に後ろ蹴りを放っていた。

 真っ直ぐに伸びた左脚が、ゴミ袋の上の空間を疾り抜けた。

 だが、そこには何もなかった。

 ゴミ袋の上に座っていた人形が、高く跳躍してその蹴りを避けていたからである。

 

 「うひょーっ! パンティはイチゴ柄かよ! 可愛いじゃねぇかおい!」

 

 人形が品のない笑みを浮かべながら叫んだ。

 羅照は眼を見開いた。

 何だ。

 何なんだこの人形は。

 怪人?

 化け物?

 幽霊?

 いずれにしろ、こういう存在とは初めて遭遇した。

 

 すたっ、と人形がアスファルトの上に降り立った。

 羅照も左脚を戻した。

 真っ直ぐに、人形を見下ろした。

 人形は、笑いながら羅照を見上げている。

  

 「なんだ? てめぇ」

 

 羅照は低い声で呟いた。

 肉食獣のような鋭い眼光である。

 

 「知らねぇのかい。俺はビーフ・ジャーキーさ」

 

 人間の身長は50センチ程。

 しかし佇まいは太々しい。

 

 「なんで人形が生きてんだ?」

 

 羅照から自然に出てきた言葉だった。

 なぜひとりでに動くのか?

 ではなく、

 なぜ生きているのか?

 という疑問。

 それはこの人形が、動く人形という枠を超えて、明らかな生き物であると思わせる生命力を漲らせているからに他ならない。

 

 「さぁなんでだろうなぁ」

 

 小指で鼻をほじりながら、人形が一歩、羅照に詰め寄った。

 それに合わせて、羅照は一歩下がった。

 

 「この世は不思議と謎と神秘に満ちてるんだぜぇ」

 

 人形が更に一歩詰め寄った。

 それに合わせて羅照が一歩後ろに下がるような動きをした、その瞬間。

 後ろに下がると思わせて、羅照は前に向かって跳躍していた。

 一瞬で間合いを詰めると同時に、まるでサッカーボールのごとく思い切り人形を蹴り上げた。

 羅照の右の爪先が人形の腹に減り込み、人形が高く吹っ飛んだ。

 

 「!?」

 

 だが次の瞬間、羅照の両眼が驚愕に見開かれた。

 自分の右の靴が脱げて、ソックスが露わになっていたのである。

 脱げた靴は、人形が抱え込むようにして持っていた。

 

 「ヒャッハァー! JKの脱ぎたての靴、ゲットだぜぇええ! 良いぞぉ! 香ばしい! それなりの匂いだ! 興奮して来たぜぇええ!」

 

 落下しながら、人形は靴の内部の匂いを激しく嗅いでいた。

 

 「返せチビ」

  

 羅照は冷静だった。

 片方の靴が脱げたままで疾り出し、人形の落下予想地点で止まった。

 すると。

  

 「ヒャッハァー!」

  

 突然、人形が空中を高速で移動し始めた。

 まるで素早い小鳥のように、宙を自由に動き回っている。

 

 「俺はよぉ! 興奮して来るとよぉ! いろんな能力が使えるようになるんだぜぇ! こんな風に飛んだりよぉ!」

 

 宙を動き回る人形が、ロケットのように羅照目掛けて突っ込んで来た。

 それにカウンターで合わせるように、羅照の右脚が跳ね上がった。

 上段蹴りが、人形の身体にクリーンヒットした。

 どぎゃっ。

 といつ激突音と共に、人形が吹っ飛んだ。

 だが。

 

 「……の野郎」

 

 攻撃を当てた羅照の表情が曇った。

 右のソックスが脱げていたからである。 

 

 「ヒャッハァー! JKの靴下! 一日中履いて過ごした靴下! 最高だぜ! 不思議だよなぁ! 靴下なんてもんは男が1日履いてもJKが1日履いても似たような匂いになるはずなのによぉ! なんでJKのは興奮するんだろうなぁ!? 不思議だよなぁ! なぁおい!」

 

 人形が興奮した表情で喜びの声を上げている。

 その顔を見て、羅照は不快感を感じていた。

  

 「くそがっ」

  

 マジで不快だ。

 ほんとマジで不愉快。

 気持ちワリィ人形だぜ!

 

 羅照がぎりぎりと歯を食いしばったその時。

 

 「へぇ。じゃあおれの靴下も嗅いでみてくれよ」

 

 突如、女の声が聞こえた。

 上空からだ。

 羅照が上を見上げた時。

 巨体の影が、月を覆い隠していた。

 そしてその巨体は空中で、踵落としの要領で左脚を振り下ろした。

 左の踵が人形の顔面にヒットし、そのまま巨体の脚が人形の顔を踏み潰すようにアスファルトの上に落下した。

 ずぅん。

 という重厚な音が、辺りに響き渡った。

 羅照はその巨体を見て、眼を見開いた。

 知っている顔だ。

 クラスメイトの、鬼木坂(おにきざか) 奮子(ふるこ)だった。

   

 「奮子……!」

 

 羅照は身構えながら呟いた。

 

 「よう」

 

 人形を踏みつけながら、奮子は羅照に声を掛けた。

 直後、素早くしゃがんで、人形が持っていた靴とソックスを右手に掴んだ。

 そしてそれを手首のスナップのみで、羅照に向かって投げた。

 羅照はそれを正確にキャッチした。

 

 「ヒャッハァー! 筋肉モリモリじゃねぇか! 世にも珍しいJKがいたもんだなぁおい!」

 

 奮子に顔面を踏みつけられている為、人形の声がくぐもっている。

 奮子が足を上げた。

 アスファルトが凹んでいる。

 その凹みに、人形がはまっていた。

 人形は無傷のようである。

 

 「ヒャッハァー! ふんどし履いてんのかよ! マニアックだなぁネーチャン!」

 

 人形は真下から奮子のスカート中を見つめて叫んだ。

 

 「ふんっ!」

 

 奮子は真下に向かって右の正拳突きを放った。

 右の拳が、人形の腹部にめり込んだ。

 アスファルトに広範囲に渡ってひび割れか発生した。

 

 「おほうっ! 良いねぇ! マッチョなネーチャン! たまにはお前みたいなJKも悪くねぇ!」

 

 腹を打ち込まれたまま、人形は狂ったように笑っている。

 

 「破っ!」

 

 奮子が気合いの声を出した。

 拳から、奮子の闘気が閃光のように迸った。

 

 「おほう! 効いたぜぇ! でも効いてねぇぜ! いやでもこれは効いたぜぇ! やべぇなぁおい!」

 

 人形はケタケタと笑っている。

 

 「……ほう。お前、無敵か」

 

 奮子が僅かに眼を見開いた。

 その瞳には、僅かに相手を称賛するような光があった。

 

 「ヒャッハァー! その通り! 無敵だぜぇ! JKからのあらゆる刺激は快感になっちまうんだぜぇ俺は! そしてJKからの攻撃は! 全て俺の力となるんだぜぇ!」

 

 「ほう」

 

 奮子が僅かに微笑みを浮かべた。

 浮かべながら、左の掌を人形の顔に当てた。 

 

 「試してみるか」

  

 そう言った直後。

 奮子の左の掌から白い閃光が迸った。

  

 「うっひゃあ! 気の攻撃だって効かねぇぜ! おめぇがJKである以上はよぉ! 全部取り込んで俺のパワーに換えてやるよぉ!」

 

 「おもしろい」

 

 奮子がにやりと笑みを浮かべた直後。

 

 「臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 烈! 在! 前!」

 

 単語に合わせて、9回掌が発光した。

 それに呼応するように、人形の身体も9回痙攣した。

 

 「うひゃっ! やべぇ……これは….…効いたぜ……イッちまったぜ……」

 

 奮子の掌の下で、弱々しい声が聞こえた。

 

 「しかしよ……マッチョな姉ちゃん……覚えとけよ……俺は……何度でも……蘇る……ぜぇ」

 

 すると人形は完全に沈黙し、一切の生命力が感じられないただの人形と化した。

 

 「ふぅ。なかなか厄介な敵だったぜ」

 

 清々しい表情で言いながら、奮子が立ち上がった。

 そして、自分を見つめる羅照を見た。

 

 「奮子……何なんだてめぇ」

 

 羅照は鋭い眼光で奮子を見ている。

 羅照は奮子の事が好きではなかった。

 なぜなら。

 敬愛する空手部部長。

 獅子崎礼央が、何かと奮子の事を自分に聞いて来るからである。

 部長は、奮子の事を気にかけている。

 それが、気に入らない。

 

 「何なんだって聞かれてもな。クラスメイトだろう」

 

 奮子が真っ直ぐに羅照を見ながら言った。

 

 「……」

 

 羅照は沈黙した。

 2人はしばらく無言で見つめ合った。

  

 「なんだその人形は」

 

 唐突に、羅照が聞いた。

 

 「人形に人の魂が取り憑いたものだと思う。悪霊なのか生霊なのかは分からんがな」

 

 「お前、霊媒師か何かなのか」

 

 「違う。そういうわけではない」

 

 「じゃあ何だ」

 

 「JKだ。同じクラスだろう」

 

 「……攻撃は効かねぇとか言っていただろ、あの人形。なんで倒せたんだ」

 

 「おれの気を送り込んだ。人形野郎の許容範囲を超えるまでな。風船に空気を入れ過ぎると破裂するだろう。それと似たような事が起きたんだ」

 

 「……」

 

 再び、沈黙が流れた。

 柔らかい夜風が、2人の髪を揺らした。

 赤い髪と、銀色の髪が、柔らかくそよいでいる。

 

 「奮子……お前、マジで何者なんだ」

  

 純粋な疑問だった。

 

 「JKさ。お前と同じな」

 

 そう言って、奮子はくるりと背を向けた。


 「待て」

 

 羅照が呼び止めた。

 奮子がゆっくりと振り向いた。

 

 「なんだ?」

 

 「てめぇ、礼央(れお)さんとどういう関係だコラ」

 

 自分で口に出した直後。

 羅照は自分が拳を固く握り締めている事に気付いた。

 髪の毛も、ゆらゆらと揺れている。

 

 「ついこの間、試合をした仲さ」

 

 「なに!?」

 

 「強かったぜ。獅子崎礼央は」

 

 「どっちが勝ったんだ!? ていうかあの人を呼び捨てにするんじゃねぇ!」

 

 「本人に聞きな。じゃあな。三津亜 羅照」 

 

 そう言うと、奮子は音も無く跳躍した。

 夜の闇に紛れて、その姿は一瞬で見えなくなった。

 羅照は、しばらくその場で佇んでいた。

 

 

 

 

 


 

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