筋肉第24話 高速ババア
時速100キロで高速道路を走っている高速バスの乗客達の中に、2人の女子高生が混ざっていた。
1人は、海老名 呂布。
所属している軽音楽部ではギターを担当している。
海老の触覚を思わせる、特徴的な髪型がその痩身によく似合っている。
その隣に座っているのは、豹原 レツ。
所属している軽音楽部ではヴォーカルを担当している。
側面を刈り上げた攻撃的な髪型が、その気の強そうな顔付きをより一層尖ったものにしている。
2人はとある音楽グループのライブ会場に向かう為、高速バスに乗っていた。
高速道路に入って10分ほどが経過していた。
2人は他愛もない話をしている。
窓際に座っている呂布が、ふと何となく窓の外を見た。
その時。
「え!?」
突如、呂布は驚愕に眼を見開いた。
「ん? どした?」
レツが不思議そうな顔をして窓の外を見た。
その瞬間。
「えぇ!?」
レツも大きく眼を見開いた。
窓の外には。
紫色の着物を着た腰の曲がった老婆がいた。
しかもその老婆は、高速バスと同じ速度で並走しているのである。
「えっ!?……なに!? 怪人!?」
呂布が戦慄の表情で眺めていると、並走している老婆が、ふいに顔を横に向けた。
老婆の眼と、呂布の眼が合った。
直後。
にたりと、老婆が凶悪な笑みを浮かべた。
「イーヒッヒッヒッ。小娘、ワシと勝負するかえ!?」
老婆の声が、窓を貫通して車内に響いて来た。
呂布とレツは、同時に身震いした。
「退屈でのう。勝負してくれや。お主が勝ったら、ワシの大切なもんをやる。ワシが勝ったら、お主の大切なもんをくれ」
「……え……ちょ」
呂布の頭の中が混乱していた。
窓の外にいる老婆は明らかに自分に対して何か言っている。
だが、いきなり勝負だの何だの言われても意味が分からない。
「あ!」
すると突然、隣のレツが声を上げた。
高速道路の脇のガードレールの向こうの林から、巨漢のような人影が道路内に踊り出て来たのが見えたのである。
そしてその巨漢は、その老婆と並走を始めた。
「え……あれ!」
レツは巨漢を指差した。
巨漢の顔は、見知った顔だった。
「あれ、奮子じゃね!?」
レツの声が上ずっていた。
老婆と並走している人間は、巨漢のようなシルエットだが巨漢ではなかった。
女子高生。
鬼木坂 奮子だった。
「えっ、ちょっ、なに、どういう事!?」
呂布も上ずった声を上げた。
あの老婆と同じ速度で走っているのは、紛れもなくクラスメイトの鬼木坂奮子だ。
休日の為か、私服のようだ。
黒いTシャツを着て、白いハーフパンツを履いて、スニーカーを履いている。
これからランニングでもするかのような、運動着姿である。
「イーヒッヒッ! 何だい小娘! 大きな身体だねぇ!」
疾走している老婆が、真横で並んで疾走する奮子に向かって言った。
「婆さん。おれと勝負しねぇか」
同じ速度で疾走する奮子が、老婆の眼を見て言った。
余裕の表情を浮かべている。
「良いねぇ! お前は速そうだ。ちと本気出そうかね」
老婆が、にたりと笑った。
直後。
老婆が加速し始めた。
時速100キロで走る高速バスを、ゆっくりと追い越して行く。
その老婆の後ろ姿を見て、奮子はにやりと不敵な笑みを浮かべた。
すると、奮子も加速を始めた。
車内からその光景を眺めている呂布とレツの耳に、ドドドドドド、という音が聞こえた。
老婆と奮子が走る音らしい。
やがて、呂布とレツが見ている窓のすぐ近くに、奮子の身体が並んだ。
ふいに、奮子が呂布とレツを見た。
呂布とレツも、奮子を見た。
直後。
奮子は、にっと笑って、呂布とレツに向けて親指を立てた。
次の瞬間。
奮子は一気に加速し、バスと老婆を抜き去った。
「イーヒッヒャッヒャッヒャ! 面白い! 負けないよ小娘!」
楽しそうに声を上げると、老婆も一気に加速して奮子を追いかけた。
奮子と老婆の背中が、瞬く間に小さくなって行く。
その様子を、呂布とレツは呆然と眺めていた。