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筋肉第23話 美術部

 放課後の美術室。

 恩名(おんな) ユキは楽しそうな表情で絵を描いていた。

 描かれているのは、真冬の山中らしき風景画である。

 なぜ、このような絵を描いているのかはユキ本人にも分からない。

 顧問の美術教師から、白い画用紙を見て、最初にぱっと思い付いたものを描くように言われ、筆を走らせたら自然とこの絵になったのである。

 昔からどういうわけか真冬の風景が好きだった。

 何か絵を描こうと思うと、頭の中に自然と浮かび上がるのは真冬の景色なのである。

 それも街中の風景ではなく、山の中のような自然の風景である。

 自分自身、なぜ自分がこのような景色が好きなのか疑問に思った事は少なからずあったが、深く考えた事もなかった。

 好きなものは好き。

 理由は知らない。

 それで、納得した。 

  

 「寒そうな絵だね」 

 

 突然、ユキの背後で女の声が聞こえた。

 後ろを振り向くと、背が高く痩身の女が立っていた。

 身長は170センチを超えている。

 痩身ではあるが、華奢ではなくアスリート体型。

 奇抜な髪型をしていた。

 右側と後頭部の辺りを刈り上げており、そこに艶のある髪が覆いかぶさっている。

 髪の色は、灰色。

 瞳は大きく、髪と同じ灰色をしている。

 鼻筋も通っており美形と言える造形だが、無表情な為にどこか冷めた印象を与える。

 クラスメイト。

 古茂戸(こもど) 斗歌(とか)である。

  

 「あ……うん。雪山だからね」

 

 ユキは苦笑いを浮かべて返した。

 正直、ユキは古茂戸(こもど) 斗歌(とか)に対してあまり良い感情を抱いていなかった。

 クラスで唯一、部活が同じな為に何回か会話した事はあるが、いつ話しても最低限の会話のやりとりしか続かない。

 いつも無表情であり、極めて冷静(クール)

 そして奇抜な髪型。

 ユキにとって古茂戸(こもど) 斗歌(とか)は、近付き難く少し怖い存在だった。

 だからユキも極力話し掛けないようにしていた。

 そして、今。

 初めて、古茂戸(こもど) 斗歌(とか)の方から話し掛けられた。

 少し意外で、びっくりしていた。

 

 「雪山、好きなの?」

 

 相変わらず無表情で、斗歌が聞いた。 

 

 「うん。なんでか分からないけど、こういう景色好きなんだ」

  

 少し緊張気味に、ユキが答えた。

 

 「へぇ」

 

 斗歌が短く返した。

 

 「……うん」

 

 「……」

 

 それで、会話が途切れてしまった。

 ユキは気まずさを感じると同時に、やっぱりこの人は苦手だと改めて思った。

 とりあえず、ユキは適当な質問をしてみた。

 

 「あの、古茂戸さんも、こういう景色、好きなの?」

 

 すると。

 斗歌の視線が、絵からユキの顔にすっと移動した。

 斗歌の灰色の瞳がユキの青く透き通った瞳を見据えた。

 ユキの瞳が揺れた。

 

 「斗歌で良いよ」


 呟くように、ぽつりと斗歌が言った。

 ユキは何を言われたのかよく分からなかった。

 

 「え?」

 

 「私の名前。古茂戸さんじゃなくて、斗歌って呼んで欲しい」

 

 「……えっと」

   

 ユキは答えに詰まった。

 こんな、ちょっと怖くて近寄り難い人に、いきなり呼び捨てにして欲しいと言われても。

 

 「えっと、じゃあ……と、斗歌さん……」

 

 「違う、そうじゃない。さんはいらない。斗歌って呼んで」

 

 「う……えっと……と……斗歌……」

  

 「そう」

 

 ユキはごくりと息を飲んだ。

 斗歌は無表情なのだが、面と向かっていると何やら得体の知れないプレッシャーを感じるのである。

 

 「私も……」

 

 ふいに、斗歌が呟いた。

 

 「え?」

 

 「私も、貴女の事、ユキって呼んでも良い?」

 

 ユキの瞳をじっと見つめながら、斗歌が無表情で聞いた。

 

 「う、うん。別に、良いけど……」

 

 ユキは僅かに身体を後ろに引きながら頷いた。

 

 「良かった」

 

 そう言うと同時に、斗歌の目が細まった。

 薄く微笑みを浮かべたのである。

 

 「……」

 

 ユキは無言でその微笑みを見ていた。

 妙な安心感を感じていた。

 怖くて冷静(クール)な人が、ふいに浮かべる微笑ほど奇妙な安心感を覚えるものは無いと思った。

 

 「私ね、ユキのその絵……」

 

 「う、うん」

 

 「あんまり好きじゃない」

 

 微笑を浮かべながら斗歌がさらりと言った。

 

 「!」

 

 ユキは僅かなショックを感じた。

 そんな事、面と向かってはっきりと言わなくても良いのに。

 

 「私、寒いの苦手だから」

 

 言いながら、斗歌の視線が動いた。

 その瞳は、美術室の壁に飾られている一枚の絵を見た。

 

 「でも、ユキの描いたあの絵は好き。なんだかとっても安心する」

  

 斗歌の表情から、穏やかな気配が発せられた。

 ユキが斗歌の視線の先を見た。

 そこには、自分が描いた[天使の旋律]があった。

 白い翼で天空を舞う天使が、楽しそうに笛を吹いている。

 

 「そ、そう。ありがとう」

 

 ユキはとりあえずお礼を言った。

 

 「あの天使は、モデルがいるの?」

 

 ふいに、斗歌が聞いた。

 ユキは僅かにびくりとした。

 もちろん、モデルは勅使河原(てしがわら) 天音(あまね)である。

 だが、それを言うのは恥ずかしかったし隠したかった。

 自分と天音の関係性は、単なる幼馴染という域を超えた領域まで踏み込んでいるのだから。

 

 「普通の、天使だよ。頭の中に、自然と浮かんで来た姿」

 

 嘘を言っているわけでは無い。

 真実であると言える。

 

 「そう」 

 

 斗歌が真っ直ぐにユキを見た。

 無表情の静かなプレッシャーを感じる。

 その圧に耐え切れなくなったかのように、ユキが口を開いた。

 

 「あの……斗歌は、何の絵を描いたの? 今日の課題」

 

 画用紙を見て最初に頭に浮かんだものを描く、という課題である。

 今までにユキは、斗歌が描いた絵を何回か見た事があった。

 画風も色使いも独特で、人と根本的に発想が違うのだろうなと思っていた。

 

 「私は、あれ」

 

 斗歌が少し離れた席を指差した。

 今、ユキが座っている場所からも見える角度に画用紙が立てられていた。

 ユキの絵が冬景色の白い絵なら、斗歌の絵は闇を基調とした黒い絵だった。

 しかし漆黒というわけでは無い。

 闇の中に、様々な色の光が浮いている。

 

 「……宇宙?」

 

 直感で、ユキは思った。

 

 「そう……だと思う」

 

 妙な返しに、ちらりとユキは斗歌を見やった。

 斗歌は、極めて暖かい眼差しで自分の描いた銀河を見つめていた。

 ユキはその瞳をじっと見つめていた。

 怖くて冷静(クール)な人が、ふいに暖かな眼差しになる事ほど、妙な安心感を感じる事は無いな、と思った。

 

 

  

 

  


 

 

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