筋肉第21話 3年B組、空手部主将、獅子崎礼央
獅子崎 礼央にとって、高校の空手の試合など準備運動に過ぎなかった。
全国大会の決勝戦も含めて、試合では一度として本気になった事は無い。
礼央は自分の中に獣が棲んでいる事を自覚していた。
だから本気にならない。
本気になったら、相手の命を奪ってしまうから。
だからと言って、自分の力を解放するのを常に我慢している訳では無い。
定期的に発散している。
そしてその発散は、礼央に堪らない快感を感じさせるのである。
暴れたい衝動が高まって来ると、礼央は夜の街に繰り出してストリートファイトに明け暮れていた。
夜の街には、獲物がたくさんいる。
喧嘩と暴力が好きな男達だ。
そういう奴らは、匂いで分かる。
チーマー。
珍走団。
半グレ。
ヤクザ。
たまに、怪人。
誰もが眼を逸らし、避けて通るような柄の悪い男達の群れを見つけると、礼央はあえてそこに近付いて行く。
ある程度近付くと、大抵向こうから声を掛けてくる。
おい、なんだ、姉ちゃん。
欲求不満かい。
やりてーのか。
よく見りゃ可愛いじゃん。
大抵、そんな事を言いながら、顔を近付けて来る。
そして、自分の身体に触れて来る。
相手が自分の身体に僅かでも触れたら、楽しい狩りの始まりだ。
まず、触れて来た男の顎に1発アッパーを入れる。
大抵は、相手の顎が砕けて路上に沈む。
数秒後、怒声を上げながら男達が一斉に襲い掛かって来る。
多対一だ。
脳天、眉間、人中、喉、水月、股間、後頭部などの急所に、自分の拳や肘、膝、蹴りを的確に当てて一撃で仕留めて行く。
獲物の鼻骨や歯が砕ける感触が、拳から身体の中心に伝わって来る。
痺れるような快感だ。
じゅん、と自分の股間が濡れて来る。
放った上段蹴りが獲物の顔面を捉える。
自分の肘や膝が獲物の顔面や腹にめり込む。
その感触が堪らない。
ますます股間が濡れて来る。
男達が次々と路上に沈んで行く。
更に血が熱く滾って来る。
追い詰められた獲物がナイフや警棒やチェーンなどの武器を振り回して来ると、もう、最高だ。
獲物は自分の事を殺すつもりで来るのだから、こちらも容赦しない。
試合では使えない、禁じ手をここぞとばかりに解放する。
人には言えない、見せられない、闇の技だ。
獲物の頭部を遠慮なくアスファルトや電柱に叩き付ける。
鍛えた指を獲物の鼻の穴に突っ込む。
容赦なく顔を踏み付ける。
気がつくと、男達が路上に転がっている。
禁じ手は、殺しの技だ。
もしかしたら、今までに何人かの獲物の命を奪ってしまったかも知れない。
だが、特に罪悪感は感じない。
寧ろ立って居られない程の快感に包まれる。
戦闘が終わると、いつも股間が大洪水なのだ。
身体が震える。
我慢出来ずに愉悦の声が出てしまう。
しかし悠長に余韻に浸っている時間は無い。
やがて警察が来るからだ。
来る前に、逃げる。
逃げる時は、パルクールだ。
建物の屋根によじ登り、屋根から屋根へ飛び移る。
この時に感じる夜風も、とても気持ち良い。
そういう夜を過ごすと、身体の火照りが数日間続く。
その数日間は、自分に寄って来る女達から何人か適当に選んで心ゆくまでレズプレイに興じる。
自分は同性愛者だ。
女しか愛せない。
しかしモテるから別に困らない。
毎日取っ替え引っ替えだ。
闘争の火照りと余韻と興奮が、信じられない絶頂へと連れて行ってくれる。
相手の女達も、イキまくっている。
自分もイキまくる。
最高のエクスタシーだ。
そんな興奮も、何日か立つと収まる。
しばらくの凪の後、また身体が疼いて来る。
また、夜の街で獲物を探す。
探しながら、思う。
自分は変態だと。
闘争が好きで好きでたまらない。
クズ共をぶっ殺している時が気持ち良い。
強者と闘っている時は楽しくて仕方ない。
強者に自分の攻撃が通用した時が気持ち良い。
強者から殴られた時は楽しくて楽しくてわくわくする。
そんな自分だからだろうか。
見つけてしまった。
とんでもない相手を。
部活発表会をした、あの日だ。
お前は、壁に背を預けてうっすらと笑っていた。
あの身体、雰囲気、面構え。
一目惚れしてしまった。
匂いで分かる。
最高の匂いだ。
もう、我慢出来ない。
今日やらなきゃ、どうにかなってしまう。
「……鬼木坂奮子」
獅子崎礼央は、夜の街の人混みの中で獰猛な笑みを浮かべていた。
その視線の先には、鬼木坂奮子の後ろ姿があった。




