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筋肉第2話 昼食

 勅使河原(てしがわら) 天音(あまね)は隣の席の鬼木坂(おにきざか) 奮子(ふるこ)の事が気になって仕方なかった。

 くじ引きで席決めをした結果、鬼木坂奮子の席は窓際の一番後ろになった。

 その右隣が勅使河原天音である。

 天音のひとつ前の席が恩那(おんな)ユキだった。

 

 授業中、天音がちらりと左横を見ると、鬼木坂奮子は両手を後頭部に回して、背もたれに体重をかけて窓の外を眺めていた。

 穏やかな表情で、青い空と白い雲を見ているようだ。

 しかし、改めて間近で見てみると、鬼木坂奮子のこの身体は何なのだ。

 まるで、男のプロレスラーかボディビルダーが女子高生のコスプレをしているかのようなシルエットだ。

 おそらく特注品であろう制服のシャツは、隆起した肩や腕の筋肉に内部から押されてはち切れそうだ。

 そして、スカートから覗いている、筋の浮き出た丸太のごとき大腿とふくらはぎ。

 岩のような膝。

 本気で蹴ったら冗談抜きでコンクリートも粉砕出来るのでは無いかと思ってしまう。

 というか実際に、この凶暴な脚は走る自動車を蹴り飛ばしたのだ。

 そして、これだけの巨体を有しながら動きがしなやかで軽い。

 その歩き方は野生の黒豹を思わせる。

 更に、その太い首に乗っている顔。

 眉毛は太く、武士のように凛々しい。

 つぶらで大きな赤い瞳は愛嬌がある。

 鼻筋は通っており、形も良い。

 頑丈そうな顎に、桃色のふっくらとした唇がある。

 そして、ウェーブのかかった赤い髪。

 顔だけ見れば、大人びた女子高生だ。

 だが、この身体。

 何なのだこの筋肉は。

 何なのだこの人は。

 これが、ついこの間まで中学生だったというのか。

 この人は本当に15歳なのか。

 というか、人間なのだろうか。

 

 「はい、天音」

 

 天音が考え事をしていると、前の席のユキが後ろを向いてプリントを回して来た。

 

 「ん」

 

 天音はプリントを受け取った。

 ユキと天音の眼が合った。

 にこりと、ユキが微笑みを浮かべてた。

 すると一瞬だけ、ユキの視線が僅かに横に移動し、鬼木坂奮子を見た。

 ユキは直ぐに、前に向き直った。

 

 「はい、奮子ちゃん」

 

 鬼木坂奮子の前の席の女子が、屈託の無い笑顔を浮かべてプリントを後ろへ回して来た。

 天音には一瞬、その女子の頭に犬の耳が見えた気がした。

 心なしか、激しく振られる犬の尻尾も見える気がする。

 気のせいだが、そう見えるのはこの女子の人懐こい笑顔のせいだろう。

 茶髪のショートカットがよく似合う、常に笑顔を浮かべる可愛らしい子だ。

 名前は確か、(しば) 犬千代(いぬちよ)

 

 「おう」

 

 鬼木坂奮子が、太い指でプリントを摘んだ。

 

 「えへ」

 

 犬千代はにっこりと笑うと、前を向いた。

 そして、クラスメイト達は皆一斉にプリントの問題を解き始めた。

 天音の左横から、シャープペンのかちかちという音が聞こえた。

 ふと横を見ると、鬼木坂奮子が右手に持っているシャープペンが、天音が持っているものと同じだった。

 視線に気付いた鬼木坂奮子が、天音の方に視線を這わせた。

 そして、天音の持つシャープペンに気付いたらしく、薄く微笑みを浮かべて呟いた。

 

 「お、嬢ちゃんも昨日あそこで買ったのか。使いやすいよなぁ、これ」

 

 「う、うん」

 

 天音と鬼木坂奮子が持つシャープペンは同じもののはずだが、奮子が持つペンはキーホルダーのように小さく見えた。

 

 「こら、そこ、静かにしなさい」

 

 教壇に立つ社会科教師が、鬼木坂奮子を見ながら注意した。

 

 「へい」

 

 小さく返事をすると、鬼木坂奮子はプリントの問題に取り掛かった。

 天音はちらりと鬼木坂奮子に視線を這わせた。

 鬼木坂奮子も、ちらりと天音を見ていた。

 すると、鬼木坂奮子の桃色の唇が、僅かに微笑みの形になった。

 何だろう。

 この人が微笑みを浮かべると、不思議な安心感に包まれる。

 天音も薄く笑ってから、プリントに取り掛かった。

 

 

 昼食の時間。

 

 恩那ユキは椅子を後ろ向きにして、勅使河原天音の席で2人で向かい合って弁当を食べていた。

 だが、2人は会話が無かった。

 いや、クラス全体が静かだった。

 全員の意識が、窓際一番後ろの席の鬼木坂奮子に向いているのである。

 シャリシャリという、小気味良い音が鳴っている。

 鬼木坂奮子が、キャベツを食べている音だ。

 サラダや、千切りでは無い。

 キャベツ1玉を、そのまま丸齧りしているのである。

 芯まで食べ終えると、今度はキャベツと同じぐらいの大きさの握り飯が現れた。

 茶色の握り飯だった。

 更に巨大な弁当箱に、焦げ茶色をした干物のような物が、何枚か入っていた。

 干物の一枚一枚は、B5サイズのプリント用紙程だろうか。

 

 「ねぇねぇ奮子ちゃん、それはなに?」

 

 ユキと同じように椅子を後ろ向きにして、鬼木坂奮子に向き合っている芝 犬千代が聞いた。

 相変わらず屈託の無い笑顔を浮かべている。

 

 「あん? おにぎりと干し肉だよ」

 

 鬼木坂奮子は干し肉に齧り付き、強そうな歯と顎で噛みちぎり、美味そうに咀嚼した。

 

 「そのおにぎりはどうして茶色なの?」

 

 犬千代が屈託のない笑顔で聞いた。

 

 「ほとんど玄米だからな。麦も混ざっているがね」

 

 「へぇ〜健康的だね! 干し肉は何のお肉?」

 

 「猪だよ。山で獲ったんだ」

 

 「奮子ちゃんが獲ったの?」

 

 「ああ」

 

 「うわぁ凄いっ!」

 

 芝犬千代は輝くような笑みを浮かべた。

 

 「どうやって獲ったの!? 罠とか!?」

 

 「いや、素手で殴ったのさ。苦しまないように、一撃で頭蓋骨を粉砕するのが礼儀だ」

 

 会話を聞いていたクラスメイト達は、誰一人として嘘だと疑わなかった。

 ああ、この人は本当に山で野生の猪を殴って仕留めたんだな、と素直に信じた。

 その光景が、容易に想像出来てしまう。

 

 「食ってみるか?」

 

 鬼木坂奮子が、手頃なサイズに千切った干し肉を犬千代に差し出した。

 

 「わぁいありがとう」

 

 はしゃいだ様子で、犬千代が干し肉に齧り付いた。

 幻覚だろうが、天音にはどうしても犬千代の腰から激しく横に振れる犬の尻尾が見えた。

 この子は本当に、なんだか犬っぽい。

 

 「うん、硬い。けど、美味しいね」

   

 にこりと、犬千代が笑った。

 

 「ああ。うめぇだろ」

 

 鬼木坂奮子は、逞しい歯で干し肉に齧り付いた。

 やがて、教室内はそれぞれの会話で騒がしくなった。

 

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