筋肉第16話 悪質クレーマー
日曜日。
昼。
芝 犬千代と弁軽 虎美は、とある中華料理屋のテーブルに2人で座って談笑していた。
店の名前は、[幸運&りゅうHo]。
店内は賑わっている。
「お待たせアル」
店員の声と共に、犬千代と虎美のテーブルに、料理が運ばれて来た。
店員は、犬千代達のクラスメイト。
班田 チャンであった。
髪型は学校にいる時と同じ団子ヘアーだが、着ている服は赤いチャイナ服である。
「うひょー、美味そうやなぁ」
虎美が料理を見ながら興奮した声を出した。
「わぁ〜」
犬千代の瞳ときらきらとしている。
「美味しいアルよ。ゆっくりしていってネ」
チャンは僅かな微笑を浮かべると、2人に背を向けて厨房の方へと向かって行った。
犬千代と虎美は、早速料理を食べ始めた。
中華料理特有の辛味を、2人は大いに喜んだ。
皿の半分ほどを食べ終わった頃。
ふいに、店内に男の声が響き渡った。
「おーい、店員さんよう」
遠慮の無い大きな声である。
レジ対応をしていた班田チャンが、声を出した男が座るテーブルに向かっていった。
「アイ」
チャンはテーブルに座る男を見下ろしながら答えた。
テーブルには2人の男がふんぞり返るように座っていた。
歳は20代から30代ほど。
人相の悪い男達である。
「あのさぁ、こんなもん入ってたんだけど」
1人の男が自分の目の前にある料理を指差した。
そこに、小さな画鋲が入っていた。
「これ、なに?」
もう1人の男が聞いた。
意地の悪そうな笑みを浮かべている。
「画鋲ですネ」
淡々と、チャンが言った。
堂々としており、全く怖気付いている様子は無い。
そんなチャンの様子が、男達には気に食わないようだった。
男達の眼に、明らかに凶暴な光が宿った。
「おいおい、ガビョウデスネ、じゃねぇだろ、ねーちゃんよう。危ねぇだろうが」
チャンを睨み付けながら、男が言った。
「アイ。危ないですネ。気をつけてくださいネ」
チャンが言った瞬間。
男達2人の顔に、怒筋が浮き上がった。
「なめてんのかてめぇっ!」
1人の男が、怒鳴りながら立ち上がった。
チャンの身長は165センチほど。
男の身長は180センチ近くあった。
男がチャンを見下ろした。
チャンは真っ直ぐに男を見上げた。
「なめてないですヨ」
普通の会話をするような口調で、チャンが言った。
男の顔に浮き上がった血管が、ぴくぴくと痙攣し始めた。
店内は静まり返っている。
他の客達は、皆手を止めてその光景を眺めていた。
「なめてんだろうがてめぇっ! どう責任取ってくれんだコラッ!」
「責任? 何の責任ですカ」
「てめっ!」
男は耐え切れなくなったように、チャンの胸倉を右手で乱暴に掴んだ。
「おいっ! 良いか! 画鋲が入っていたんだぞ! ガビョウ! こんなもん食っちまったら死んじまうじゃねぇか!」
「アイ。食べなくて良かたですネ」
「だからその責任はどうすんだって聞いてんだよ! 料理の中に画鋲を混入させた責任をよぉ! 責任取れよ! 客から金もらってんならよぉ!」
「なんでウチがその責任取るアルか」
「はぁん!? この店で出されたものだからに決まってんだろうが! 馬鹿かてめぇ!」
「確かに料理はウチのものネ。でも、その画鋲は違うヨ。そんな画鋲、ウチにはひとつも置いて無いアル」
「なっ」
「その画鋲は、お客さんが持って来たものアル。そして、自分で料理に入れたヨ」
「なっ! て、てめぇ!」
男は顔を真っ赤に染めて怒鳴った。
「適当ぶっこんいてんじゃねぇ! その証拠があんのかコラァ!」
「ワタシ、見たヨ。お客さん、自分で画鋲入れたネ。何かの修行かと思たヨ」
チャンは男の凶悪な眼光を真っ直ぐに受け止めながら言った。
男の中で、何かが切れた。
男は左手でテーブルの上を乱暴に振った。
料理の盛られた皿が、がしゃんと音を立てて床に落ちた。
直後、左手に箸が握られていた。
「ぶっ殺すぞコラァ!」
男は右手でチャンの胸倉を掴み、左手に箸を持ちながら、獣のような眼で睨みながら怒鳴った。
瞬間。
チャンの瞳が、僅かに鋭くなった。
「あなた、食べ物粗末にしたネ。もうお客さんじゃないヨ。許さないアル」
チャンが、低く呟いた。
「あぁん!?」
男が左手を振り上げた瞬間。
チャンは両手で、自分の胸倉を掴む男の手を掴み、そして捻った。
次の瞬間。
くるりっ。
と、男の身体が宙に浮いていた。
真っ逆さまになっていた。
頭が床。
足が天井を向いている。
そのまま、男は頭から床に落下した。
どたん、と音が鳴り、男が仰向けの姿勢で倒れた。
「てめぇっ!」
もう1人の男が、立ち上がった。
立ち上がると同時に、握り締めた右の拳をチャンの顔面に向けて放っていた。
チャンは左手でその拳を弾くと同時に、右手を前に突き出した。
その右手は指が揃えられ、貫手の形になっていた。
その貫手が、男の喉仏を突いていた。
「うぐえっ」
男がうめき声を上げた。
喉を抑えて、前のめりになり、頭の位置が下がった。
次の瞬間、チャンは左脚を大きく跳ね上げた。
左脚が、真っ直ぐに天井に向かって美しく伸びた。
直後。
その左脚を、振り下ろした。
ごっ。
という鈍い打撃音が鳴り響いた。
左の踵が、男の脳天に直撃した音である。
男は白眼を剥き、そのまま崩れ落ちた。
チャンは瞬時に周りの客を見回すと、ぺこりと頭を下げた。
「ご迷惑おかけしたヨ。ごめんなさい」
もう一度、チャンは頭を下げた。
直後。
店内に感嘆の声と拍手が鳴り響いた。
「すげーな!」
虎美も拍手をしながら声を上げた。
「チャンちゃん凄ぉい!」
犬千代も嬉しそうに拍手をしている。
「すぐ、片付けますからネ」
歓声と拍手の中、チャンは2人の男の足先を掴んで、店の出入口まで引きずっていった。
そして扉を開け、店の外に乱暴に放り投げた。
アスファルトの上で、2人の男はうめき声を上げた。
そしてチャンは扉を閉めて、散らかったテーブルの周りの片付け始めた。
1人、また1人と、周囲の客達がその片付けを手伝い始めた。
「謝謝」
にこりと笑いながら、チャンはお礼を言った。