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筋肉第15話 光芒山公園

 玄米市の中心部には光芒山(こうぼうやま)という名が着いた小高い山があった。

 遊歩道の入り口から40分ほど坂道を歩くと頂上の公園に出る。

 車道も整備されており、公園横の駐車場までなら一般車もいつでも入れた。

 標高の高い公園からは玄米市周辺をぐるりと見渡す事が出来た。

 南の方角には海が広がっており、北の方角には遠くに山が見える。

 

 勅使河原(てしがわら) 天音(あまね)恩那(おんな) ユキは、ベンチに座って海を眺めていた。

 今日は木曜日だが、祝日の為学校は休みである。

 時刻は午前9時半。

 恩那ユキは中学と同じく美術部に入部した。

 顧問の美術教師から何でもいいので一枚絵を描いて来るように、と言われ、この場所にやって来たのである。

  

 「この時間は、まだ人が少ないね」

 

 周囲を軽く見渡しながら、天音が言う。

 芝生が茂る公園には、まだ数人しか人影が無い。

 いずれも、ランニングや体操をしている。

 これが、正午にもなると家族連れやカップルで賑わいを見せるのである。

 天音の手には、銀色に輝くフルートが握られていた。

 

 「うん。付き合ってくれてありがとうね、天音」

 

 「良いよ。私もここで吹きたいと思ってたし」

 

 そう言って天音はフルートを唇に当てた。

 天音は中学校時代から、吹奏楽部でフルートを吹いていた。

 そして高校でも、吹奏楽部に入部した。

 天音は音楽室よりも、こういった青空の下や大自然の中で演奏するのが好きだった。

 

 天音が、息を吹き込んだ。

 銀色のフルートから穏やかな音が流れ始めた。

 美しい旋律が春風に乗っている。

 楽しそうな表情でフルートを吹く天音の姿を眺めながら、ユキは画用紙に鉛筆を走らせ始めた。

 フルートを吹きながら、天音がユキを見る。

 ユキが、天音を見る。

 2人の視線が空中で絡み合う。

 すると、どちらからともなく、2人は微笑み合った。

 天音の旋律は益々風に乗り、まるで小鳥や小動物達が集まって来そうな神秘性を醸し出している。

 ユキの鉛筆も、リズミカルに動き出す。

 

 天音の視線の先にある海が、きらきらと光を反射している。

 旋律がそよ風と共に流れて行く。

 

 ユキは天音が奏でるフルートの音色がたまらなく好きだった。

 耳に心地良くて、聞いていると胸の辺りが暖かくなって来る。

 天音の奏でる音楽を聴きながら絵を描くと、極限まで集中力と感覚が研ぎ澄まされ、時間感覚が無くなる。

 気がついた時には、絵を描き終えている。

 

 今回も、そうだった。

 何分経ったのだろうか。

 気がつくと、絵が完成していた。

 

 ユキが鉛筆を置いた時、ちょうど天音の演奏も終わった。

 2人は見つめ合って、微笑み合った。


 「見せて」

 

 天音が言う。

 2人は身を寄せ合った。

 

 「やっぱり好き。天音が吹く音」

 

 笑いながら、ユキが絵を見せた。

 その絵を見た天音は、眼を細めて笑った。

 

 「ちょっと、やだ、何で羽が生えてるの」

 

 天音は笑いながら言った。

 画用紙には、天使が描かれていた。

 背に生えた白い羽根で宙を舞いながら、楽しそうにフルートを吹いている。

 

 「ふふ。タイトルは、天使の旋律、かな」

 

 ユキが楽しそうに言うと、2人は幸せそうに見つめ合った。

 その時。

 

 「素敵な絵ね」

 

 後ろから、突然声が聞こえた。

 2人は同時に後ろを振り向いた。

 

 「あ」

 

 天音とユキは同時に声を出した。

 背後には、痩身の大人びた女性が立っていた。

 ロングのストレートで艶のある髪が、金色に輝いている。

 透き通る黄金の瞳には、不思議な暖かみがある。

 すっと通った鼻筋の下にある唇は微笑んでおり、細い顎は西洋人形のようであった。

 

 「……雷光(らいこう)さん」

 

 天音が、声を出した。

 雷光(らいこう) (らん)

 天音とユキと同じクラスの生徒だった。

 

 「歩いていたら素敵な音楽が聴こえてきたから、気になって来てみたの。勅使河原さんの演奏だったのね」

 

 雷光嵐が微笑みを浮かべながら言った。

 

 「うん。たまに、ここで練習するの」

 

 話した事の無い雷光嵐が自分の名前を覚えていてくれた事に、少し嬉しいと感じた。

 

 「本当に素敵だったわ。さっきまで、あなた達の周りを小鳥や蝶が舞っていたのよ。気付いていたかしら」

 

 「あはは。そんな、アニメじゃないんだから」

 

 天音は笑った。

 何処となく近寄り難い雰囲気を纏う雷光嵐だが、意外と冗談が好きなのかな、と思った。

 

 「あら、本当よ」

 

 雷光嵐は、微笑みながら髪をかき上げた。

 ユキは、あながち嘘では無いかも知れないと思っていた。

 天音の旋律を聞いていると、平和な森の小動物達が集まって来るイメージが浮かんで来る。

 自分も絵に夢中になっている為分からないが、周囲には本当に動物達が集まっているのかも知れない。

 

 「恩那さんの絵も本当に素敵。想いが凄く伝わって来るわ。勅使河原さんの事を愛しているのね」

 

 さらりと、雷光嵐が言った。

 

 「!」

 

 ユキは動揺した。

 鼓動が跳ね上がる。

 ちらりと天音を見る。

 天音も、ユキをちらりと見ていた。

 2人の頬が同時に紅く染まった。

 

 「うん。まぁ、幼馴染だし」

 

 ユキは否定しなかった。

 だがなんだか恥ずかしく、下を向いてしまう。

 

 「ふふ」

 

 雷光嵐が笑った。

 柔らかい春風が、長い金髪を揺らしている。

 

 「あの、雷光さんも、よく来るの? この公園」

  

 話題を変えるように、天音が聞いた。

 

 「いいえ、初めて来たの」

 

 言いながら、雷光嵐は遠くの景色を眺めた。

 

 「そうなの?」

   

 「私、先月にこの街に引っ越して来たばかりなのよ」

 

 ユキと天音は軽く衝撃を受けた。

 雷光嵐も昔からこの街に住んでいたのだと勝手に思い込んでいた。

   

 「良いところね。この街は」

 

 雷光嵐は眼下に広がる街並みを見つめた。

 桜の花びらが柔らかい春風に乗って舞っている。

 不思議な空気を纏っている人だな、とユキと天音は思った。

 大人びているというか、自分の世界を持っているというか。

 周りにどれだけ人がいようと、どんな環境であろうと、雷光嵐だけ異空間にいるような、そんな印象を抱かせる。

 

 「玄米市に来る前は、どこに住んでたいたの?」

 

 天音の口から自然と出た質問だった。

 

 「阿武内市(あぶないし)よ」

 

 雷光嵐は涼しい眼をして言った。

 

 「わぁ、あそこ。大丈夫だった?」

 

 阿武内市は危ない市。

 有名な言葉だった。

 治安が悪く、犯罪者も多い事で有名だった。

 そして、一年程前、阿武内事変と呼ばれる大事件が起きた。


 「ふふ、大丈夫だったわ。あそこね、今はすっかり治安が良くなったのよ」

 

 「そうなの?」

 

 「ええ。素敵なヒーローが、悪党達をみんなやっつけてくれたの」

 

 「ヒーロー?」

 

 「ええ」

 

 雷光嵐は、天音とユキの顔を見ながらにっこりと笑った。

 細められた眼は涼しげでありながら暖かく、聖母のような包容力があった。

 

 「そろそろ行くわね。また、明日ね」

 

 そう言うと、雷光嵐は踵を返して歩いて行った。

 その歩き方は優雅でありながら、まるで自分の家の庭を歩いているかのような自然さがあった。

 

 「初めて話したね。雷光さんと」

 

 ユキが言った。

 

 「うん」

 

 返しながら、天音はちらりと横を見た。

 ユキと天音の、眼が合った。

 2人は僅かに頬を染めて、同時に微笑んだ。

 

 「ねぇ、ユキ」

 

 照れ笑いを浮かべながら、天音が言った。

 

 「なに?」

 

 ユキも照れ笑いを浮かべる。

 

 「私も愛してるよ」

 

 天音は顎を引いて上目遣いで、恥ずかしそうに言った。

 

 「ふふ。ありがとう」

 

 ユキが優しく笑った。

 胸に暖かい幸福感が込み上げて来るのを感じた。

 

 柔らかい春風が、天音とユキを優しく包んだ。

 

 

 

 

 

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 天音とユキの関係が素敵。
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