筋肉第10話 ガス状怪人
若葉警官は怪人に向けて4発ほど発砲した。
4発の弾丸は怪人の身体に命中したが、怪人は全く効いていなかった。
「ヒャッハー! そんなもんが俺に効くわけねぇだろポリ公が!」
怪人は楽しそうに笑っていた。
奇妙な怪人だった。
紫色のガス状の物質が、人間の形を真似ているかのような見た目である。
顔に相当する部分の目と口の辺りだけ、ガスの色が赤い。
「くっ……こちら若葉! 現在、ガス状の怪人と交戦中! 応援を頼む!」
若葉警官は無線に向けて叫んだ。
現在、時刻は19時。
とある廃工場の近くである。
周囲に人はいない。
「ヒャッハー! 死ねい!」
叫びながら、ガス男が若葉警官に突っ込んだ。
「くっ!」
若葉警官は素早い身のこなしで地面を転がり、ガス男の突進攻撃を避けた。
片膝立ちの姿勢になって、相手に銃を向けたその時。
すとっ。
という軽快な着地音と共に、巨大な影が目の前に降って来た。
その巨体は、女子校の制服に身を包んでいた。
丸太のように厳つい生脚が、スカートから覗いている。
上半身は見事に逆三角形のシルエットを描いており、肩幅と胸と背中の厚みが、巨大な熊のようである。
そして、夜風に揺れる赤い髪。
鬼木坂 奮子であった。
「お、鬼木坂っ!?」
奮子の後ろ姿に向かって、若葉警官が叫んだ。
「厄介な怪人だな。物理攻撃は効かなそうだ」
奮子は若葉に背を向けたまま呟いた。
その赤い瞳は、真っ直ぐにガス男を見据えている。
「ヒャッハー! なんだぁてめぇ! きめぇ女装なんかしやがって肉団子がぁ!」
ガス男が奮子に向かって突進して来た。
「女装じゃねぇよ。普通の制服だ」
そう言いながら、奮子は右の掌を迫り来るガス男に向けて突き出した。
掌とガス男が接触した瞬間。
「焚!」
奮子の気合いの声と共に、掌から白い閃光が迸った。
その直後。
「ぎゃあアチッ!」
ガス男は悲鳴を上げて、弾かれたように仰け反った。
そして仰け反ったまま、後頭部から地面に落ちた。
それきり、ガス男は動かなくなった。
「気での攻撃は有効らしいな。若葉、こいつを留めておくには特殊な拘束具が必要だぜ」
言いながら、奮子はちらりと若葉を見やった。
直後、奮子の眼がほんの僅かに大きくなった。
立ち上がった若葉警官が、奮子に向けて銃を構えていたからである。
「動くな……! 鬼木坂奮子……!」
声は震えているが、手元は動いていない。
若葉警官の眼には真剣な光が宿っていた。
「ワリィな。動かせてもらうぜ」
そう言うと同時に、奮子の右脚が霞んで見えなくなった。
ひゅっ、
という風切り音がなった直後、若葉警官の手から銃が真上に吹っ飛んでいた。
奮子が右足の爪先で銃を蹴り上げたのである。
「あっ!」
若葉警官が声を上げると同時に、奮子は跳躍して空中を舞う銃を左手で掴んでいた。
着地すると同時に、その銃を若葉警官に向けた。
「鬼木坂、貴様っ……!」
若葉警官が歯を食いしばりながら声を出した瞬間。
銃を構えている奮子の親指と人差し指が、器用に動いた。
同時に、がちゃり、かちゃり、という音が鳴る。
流れるような動きで、銃が解体されていく音だった。
力任せに壊しているのではない。
奮子は銃の構造を理解して、左手のみで器用に分解していたのである。
「怪皇會が動き始めているみてぇだ。気をつけろよ、若葉」
奮子の左手から、銃を構成していた部品達が地面に落ちた。
「鬼木坂……! 警察官から銃を奪うのは重罪だぞ!」
若葉警官が腰に構えた警棒を掴んだ瞬間。
遠くから、警察のサイレンの音が聞こえて来た。
「健全な女子高生に銃を向けるのは重罪じゃねぇのか」
薄く微笑みを浮かべながら言うと同時に、奮子は背を向けた。
直後、ほんの僅かに膝を曲げた後、高く跳躍した。
「あっ、待てこの!」
若葉警官が叫んだ時には、奮子の姿は闇に紛れて見えなくなっていた。




