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二話

 兄が死んだと実家の父から報せが届いた。  

 

 ちょうどその知らせが来たとき珍しくアンネは病んでいた。冬の悪い風邪に罹ったようで息も絶え絶えとなっておりしばらく一人で静養していた。文を見て思わず呼吸ができぬほど咳き込んだ。

    

 剣の都に来て三年の月日が経ちアンネは十九になっていた。この三年で固く閉じていた蕾が春になり大きく開くようにアンネの美しさが花開いた。

 例えるならアンネの剣のような美しさでアンネの気魂が面に現れ他を圧し、いっそ荘厳であるような美しさであった。

 

 美貌だけでなく剣の腕も磨きに磨かれ、今はアンネ・リークスといえば女剣士というより剣夜叉と言った方が通りが良かった。

 そんな彼女に密かに想いを寄せるものもいたが、すぐにその想いは遂げられないものと知り諦めていく。

 

 師匠は剣の才溢れるアンネをさっさと免許まで進ませた。年功を見ず、純粋に剣の腕だけを見るところを気に入ってアンネは鏡明流に入ったのでこの処置には喜んだ。

 

 しかしそんな異例とも言えるアンネよりもウィリアムの出世の方が一段大きく、彼は塾頭となり門下生たちの指導に当たっていた。

 顔からは幼気が抜け始め、大人の男の匂いを感じさせてきている。

 ウィリアムの男ぶりを見て剣の都の女どもが騒ぐのはアンネにとって不快で仕方ないが、その一方でウィリアムとの仲を女どもに見せつけてやるのがアンネに暗い快感を覚えさせた。それが癖になりつつもあった。


 そんな公私共に充実しているときに兄が死んだ。

 病であったという。今更兄が病? と多少疑問に感じたがそれが事実なのだろうから仕方ない。死んだという衝撃を受け止めてしまうとアンネはずいぶんと自分が冷静なことに気が付いた。わたしは冷淡な女なのかもしれないなと自嘲した。

 

 一旦戻らなくてはならないと思っているところにもう一通同封されていることに気が付いた。

 こちらもまた父からであり、だがこちらは父というよりリークス男爵としての公式な通牒であった。  

 内容はアンネ・リークスは剣術修行を終了させ帰国すること、帰国後さる公爵家の剣術指南役に任命されることが既に内定していることなどが書いてあり、王の印まで押してあった。つまりこれは国からの正式な帰国命令であり辞令であったのだ。

 アンネにとって兄には悪いがこちらの方がよほど大きな衝撃だった。

 しかし折り悪くアンネは病んでいる。帰るには帰るが、悪い風邪に罹っているのでしばらく体を癒やす必要があるので時を頂きたい、と認めた文を書いて送った。

 兄の葬儀には出れないだろう。それが申し訳なかった。ただ兄の死に顔を見ることを奇しくも避けられたことには少し安堵する思いであった。


 私は剣の都から実家へ帰るのか。帰らねばならないだろう、帰らざるを得ないだろう。アンネは無念の思いであった。

 剣術修行の金は家と国から出ているし修行の方も免許まで進み段位としては申し分ない、それにリークス家の人間としての誇りも忘れているわけでない。

 役までもらえるのだからありがたい話ではないか。そう思おうとするがやはり剣の都は離れ難い、第一にウィリアムのことがある。いっそあれも連れて行くか、と思ったがウィリアムは剣の腕こそ古今無双と言っていいが身分としてはただの平民である。

 連れて帰ったところで家の者がなんていうか分からないし、ウィリアム自身もわたしに食わせてもらうのは嫌がるだろう。どうしたものかと腕を組んでアンネは悩んでいた。


 「僕を王家の剣術指南役に? 冗談でしょ」

 ウィリアムがまたまたと手を振って笑っている。いや、冗談ではないとアンネは真面目な口調で言う。


 父から報せが来たその日の夜、このところ毎日家に見舞いに来ていたウィリアムがやってきたので事のあらましを伝えた。

 風邪を移してはまずいとは思ったが早く伝えて居たほうが良いと思ったし、なによりこの男は風邪を引くように繊細にはできていない。

 

 ウィリアムが驚いているところにさらにアンネは自らの計画、と言うには大雑把な方針を話す。

 その内容こそ、ウィリアムを王家の剣術指南役に就けるというものであった。

 これについてはぜひウィリアムの承諾もいるし、彼の意見も聞いておきたかった。

 

 「王は若者好きでさらに剣術好きだ。わたしが女だてらに剣術修行でこっちに出てこれたのも王がわたしを気に入ってお墨付きを与えたからだ」

 「さらに今の王家の剣術指南役はもうずいぶん年だからな、隠居したいだろう。後任を目を皿のようにして探しているはずだ」

 「しかし身分の壁がありますよ。僕はただの平民です」

 「そこで、だ。私と婚約しろウィリアム」

 「えぇ! ?」

 さすがのウィリアムも狼狽えた。

 「なんだお前、私と結婚したくないのか? 」

 「いや、そりゃしたいですけど」

 赤くなりそっぽ向いてごにょごにょと言う。幼気が抜けてきたとは言えこういうところはまだずいぶんと子供っぽい。これはこいつの気性だから一生治らんだろうなとアンネは思う。


 「王は必ず後任を探している。そこで公爵家の剣術指南役である私が公爵から王に剣術指南役を決めるためにひろく世から剣士を募り御前試合を行うことを進言させ、それにお前を推薦する」

 「ずいぶんあっさり言いますけどそれかなり難しいんじゃないですか? 」

 「明日明後日という感じでは無理だろうが、一年以内には必ず進言させる。そして王の性格上これは通るだろう」

 「それに僕が出る、と」

 「そう。私の婚約者としての身分でな。ひろく世から募るとは言ってもある程度の筋目は絶対に必要だ。それでももちろん多少の物言いは付くだろうがお前の剣名と私の婚約者ということであれば十分黙らせることができるだろう」

 「僕が御前試合で負けたら?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべてウィリアムが言う。

 それを聞いたアンネは不機嫌に眉根をぐっと寄せて「それは私に対する侮辱か?」と言った。


 アンネは未だにウィリアムに勝ったことがない。アンネが剣の都にきてからウィリアムが負けたところを見たことがない、師匠ですらウィリアムと竹刀は交えない、避けているのだ。

 そんなウィリアムが剣を持って遅れを取るとは考えられなかった。


 「私と結婚しろ、ウィリアム。だがそれには禄を頂く身分にならねばならぬ、私と結婚するために御前試合に勝て」

 並の男よりはるかに男らしくきっぱりとまっすぐ目を見てアンネは告げた。その視線をウィリアムはしっかりと受け止める。

 「こういうのって男が言うんじゃないんですか? はぁ……もちろん喜んでお受けします。よろしくおねがいします。もちろん王家の剣術指南役にも必ずなってみせます」

 ウィリアムは大真面目に頭を深々と下げ、髪がはらりと垂れ、うなじが見えた。


 その男にしては白いうなじを見たとき、アンネの心の中に情欲の火が灯った。ムラッときた。体が火照ってくるがこれはあるいは風邪のためかもしれなかったがもう止まれなかった。 

 すっとアンネがウィリアムを抱き寄せると自然にウィリアムも受け入れ、「どうしたんですか、ってすごく熱いですよ。大丈夫ですか?」と優しく言うがアンネがどうやら自分の服を脱がそう脱がそうとしていることに気が付くと流石に慌てだす。

 

 「ちょっ、風邪引いてるのにするんですか? こんな感じで始めるの嫌なんですけど! どういう沸点してるんですか?」

 「体が癒えれば少し離れることになるからな、浮気できんようにしてやる。それに風邪は移せば治ると言うしな」

 「しませんよ、浮気なんか。それに移すのは勘弁してください」

 「どうだかわからん、この間も……」

 二人の影はやんややんやと言いながら、絡まり一つになり溶けていく。夜が更けていった。アンネは快復した。

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