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一話

 アンネ・リークスは剣が好きだった。幼いときから木の棒を振り回し、力がついてからは木刀を振った。アンネには剣の才能があった。

 女としては、という話ではない。男に混ざって乱取りさせても負けることはなかった。あまりに強かったので剣夜叉なんて陰では呼ばれた。

 

 アンネの七つ年上の兄のオリバーは幼い頃は体力をアンネに吸い取られたかのように虚弱であった。武より文を好むところや嗜好までアンネのまるで真逆といってよく、その代わり顔だけがよく似ていた。

 どちらとも母親似であったのだ。父親には似ていなかった。その二人の母はアンネが生まれてすぐに亡くなった。

 

 兄は病気がちでとてもリークス男爵家を継げはしないだろうと言われており、よくアンネが兄であり、オリバーが妹であったらと父を嘆かせた。

 しかし年を経るごとになんとかオリバーは体力をつけていき常人並となったが幼い頃から病に侵され死を近くに感じすぎていたためか精神的に危ういところがあった。 


 アンネは十六の頃、御前試合にて剣豪として名高いラエンという男を破り、国王を喜ばせた。それならばということで剣の都へ剣術修行に行くことを認められた。

 剣の都とは剣で身を立てることを目指す猛者たちが集まり日夜腕を磨いている都市であり剣士にとっての聖地であった。

 そこで剣を振るうことがアンネの幼いときからの夢だった。


 男爵家の子女として剣の都になどにアンネを行かせるつもりはなかったアンネの父だが国王が許可を出したため許さざるを得なかった。ちょうどそんなとき兄の結婚が決まった。

 相手はフレン・ダンロールであった。ダンロール家もまた男爵位を受けており、家格も合いなによりフレンはアンネともオリバーとも幼なじみであった。というのもリークス家とダンロール家は遠縁であり、交流があった。

 幼い頃フレンはよくダンロール男爵に伴われリークスを訪れ、オリバーとよく本などを読んで過ごした。

 その頃アンネは体力が余って仕方ないときだったため日中は木の棒を持ち常に駆け回っており、とても貴族の娘とは思えなかったし、貴族の娘の遊び相手が務まるわけがなかった。


 そういうことでアンネとフレンはさほど親しくはない。

 フレンはアンネの二つ上であり、これもまたアンネとは真逆の女であった。

 この国では珍しい黒い髪を腰まで伸ばして気性は大人し過ぎて、いっそ冷たく感じるほどでありまだ十八というのに雨露に濡れた桔梗のような、ぞっとするほどの美しさを持っていた。

 

 「真逆同士がくっついたか」

 アンネは二人の結婚の話を聞いたときそう呟いた。その時ですら剣を振っていた。兄にはもっと活発な人のほうが良いのではないか、とも思った。


 フレンがリークス家に入ると同時にアンネは剣の都へと旅立った。

 なんだか逃げ出すようで決まりが悪かったがフレンと接していると心がやたらとざわつくので助かったという思いもないではなかった。

 

 剣の都でアンネは鏡明流という流派に入門した。修行は尋常なものではなかったが、そこでもアンネは一頭地を抜く腕前であった。

 だが上には上が居るもので同門である鏡明流のウィリアムという男にはどうしても勝てなかった。

 ウィリアムに家名はない。元々孤児であった。物心つくと木の棒を振っていたというのはアンネと同じだったが理由は違った。生きるためだった。

 ある時は野犬を追い払うため、ある時は鳥を捕まえるため、ある時は大人から身を守るため。常に命懸けであった。

 そんな環境であったおかげか剣の才能が花開き、今やアンネと同じ年でありながらその名は広く知れ渡っていた。


 「ウィリアム一本やるぞ」

 「またですかアンネさん。もう僕帰ろうとしていたんですが」

 「まだ午前中じゃないか貴様弛んでいるぞ!」


 やる気なさそうに既に帰り支度をしているのがウィリアムであり、それに噛み付いているのがアンネであった。これはもはや毎日の日課であり、ウィリアムはうるさそうに指を耳に入れるポーズをしてそれを見てアンネは激昂する。


 「貴様! なんだその態度は!」

 「そんな怒らないでくださいよ。では剣で決めましょう」

 「良いだろう! 望むところだ!」


 お互い防具を付け、竹刀を持って立ち会う。

 アンネの剣は気魄の剣であった。アンネが持つ常人ならざる気魂で相手に圧をかけにかけて萎えさせ激しく撃ち込む。

 ウィリアムの剣は逆に虚ろの剣であった。押しても引いても手応えがなく、気が付けば撃たれている。そういう剣であった。


 「またやってるよ」

 「なんでいつも負けるほうが自信満々なんだよ」

 「アンネさんが負けた後の稽古は荒れるから嫌なんだよなぁ」


 二人に聞こえないように同門の剣士はこそこそと話し合う。

 アンネの気合が道場を揺るがす、だがウィリアムはどこ吹く風と受け流す。それにアンネは焦れてくるさらに苛つきも加わり、打ち込みもつい雑になる。


 「いつものパターン入った」

 「アンネさん沸点低すぎるからな、すぐ乗せられる」

 「アンネさんの攻めを外してるウィリアムさんが異常なんだよ」


 不用意にアンネの腰が浮いたところをウィリアムの竹刀が一閃しアンネの胴を打つ。雷鳴に似た音が響き、見ていたものの心胆を寒からしめる。いくら防具をつけているとはいえ豪剣がまともに入りアンネは気絶でもしたのか踞り動かない。


 「うぇっ容赦なさすぎ」

 「あんなん食らったら三日は飯食えんわ」

 「ってか死ぬだろ」


 ウィリアムがさっさと防具をまとめて竹刀を持つと道場から出ていこうとする。

 がばっとアンネが立ち上がり「待たんか! 本当に帰るやつがあるか!」と叫び始める。


 「回復早すぎ、叫ぶどころかしばらく声出せないから、動けないから」

 「ウィリアムさんも化け物じみてるけどアンネさんも大概だよ」

 「うわっこっちくるぞ……」

 

 それから同門の剣士たちはみっちりアンネの稽古に付き合わされるのだった。毎日そういうことが行われて、アンネに付き合わされた者たちは足腰が立たなくなるまで鍛錬される。

 まだアンネが剣都に来て一年ほどしか経っていなかった。


 道場の近くの小さな小川で近所の子供たちとウィリアムが遊んでいる。ウィリアムは殺伐とした幼少期を過ごしたせいか子供たちに混ざって子供の遊びをするのが好きだった。

 今日は水切りをやっているのか、ウィリアムは器用に負けてやっていた。それもちょうどあと一回跳ねずに負けるということをしている。

 体のどこにどんなふうに力を入れると如何なる作用を及ぼすかということを理解している証拠であった。


 「また遊んでもらってるのか」

 そうアンネが土手の上からウィリアムに声をかけるとウィリアムは「いやだな、貴女を待ってる暇潰ですよ。意地悪言わないでください」と遊んでいた子供たちに帰りの挨拶してこちらに登ってくる。


 ウィリアムが遊んでいた子供たちの中にアンネをじっと睨む女の子がいる。アンネはその視線に気付くとあのくらいの年でも女は女だな、と思う。

 あの子がウィリアムを好いているのは知っている。わたしがウィリアムをいつも連れて行ってしまうからあんな目でわたしを睨んでくるのだ。嫉妬と憎悪を混ぜて煮立たせたような暗く粘っこい眼差しをしている。

 「おい」とウィリアムに顎でしゃくるとその女の子を見て「困ったなぁ」と頭を掻いた。


 剣を持てば鬼神すら退ける男が幼い女の子に気を遣っているのだ。それを見て、アンネは一つ悪戯を思いついた。見せつけてやろう。

 「手でも振ってやったらどうかね」と何気ない口調で言うとウィリアムは「名案です」と言い、空気を掻き混ぜるように大げさに手、というか腕を振った。

 それを見た女の子の顔がぱっと華やぐ、その瞬間アンネはウィリアムを後ろから抱き寄せ彼の頬に頬ずりする。

 女の子は一瞬愕然とした後、大声でわんわん泣き始めた。それを見てアンネは満足したようにふっと笑うとウィリアムに行くぞと言い歩き出す。

 

 「なんて嫌な人だ。あぁ可哀想に」

 「なんだ、わたしよりあんな子供がいいのか? 」

 

 冗談めかして言うつもりが、ずいぶん固い声音が出てきてアンネは自分で言ったのにも関わらず驚いた。わたしはあんな子供に嫉妬しているのかと自分で自分が可笑しかった。


 「なんで貴女はそう意地悪なんだ。やだやだ」

  ウィリアムは呆れたように肩をすくめた。


 「意地悪、といえば」

 川の流れが見えるちょっとした料理を出す店に二人で入って、食事をしたあとに切り出した。

 「なんです? 」粋な作りをしている小窓から熱心に外を見ていたウィリアムが子供っぽい大きな目をこちらに向ける

 アンネは服の裾を少し上げて、今日ウィリアムに撃たれた辺りを見せる。そこは赤く腫れており、それを見たウィリアムも負けないくらい赤くなる。


 いつまで経っても初心なやつだとアンネは思う。さすがにアンネもいくら剣術修行に出るほどのお転婆だからと言って不用意に男に肌など見せない。その程度の慎みは、ある

 つまりアンネとウィリアムはそういう関係であり、さらに言えばこの川の流れが見えるちょっとした料理を出す店というのは、ちょっとした寝具も置いてある店であった。

 

 「毎日毎日こんな傷物にされて、わたしはお前にそうういう趣味があるのかと疑い、眠れぬ夜を過ごすほどだぞ」

 「なんですか、そういう趣味って」

 怒ったように顔を背けてウィリアムは言うがちらちらとアンネの白い肌に刻まれた赤い跡を見ている。

 ふぅと小さくため息をつき、アンネは憂うように目を伏せ「好きな女の体に傷をつけて喜ぶ、趣味」と言った。

 「アンネさん! 」


 ウィリアムの形の良い眉がキッと上がる。さすがに一流の剣士であるからその迫力は気安い仲であるアンネですらも怯ませる。

 しまった、からかい過ぎたと思い、ぱっと近づきウィリアムの手を服の中に招き入れ赤く腫れた患部を触れさせる。

 

 「どうだ? 普通の肌とはやっぱり違うか? 」

 アンネの肌に触れた途端ウィリアムは怒りをすっと鎮めて手先に集中しているのか変な顔をしている。

「不思議な感触です」


 もはや患部とは全然関係ないところをウィリアムは触り、次第に呼吸が浅く早くなってくる。道場ではまったく手も足も出ないが今は手のひらに乗せたように掌握できている。アンネは別段嫌ではないから、触られるに任せている。  

 男というのはみんなこんな感じなのだろうか、それともウィリアムが特別分かりやすいのか。男はウィリアムしか知らないが大抵なにかへそを曲げるような事があっても肌に触れさせれば、ごにょごにょと言いつつも機嫌は直る。

 

 「アンネさん……」

 ウィリアムの声の質まで変わってくる。顔を赤くし呼吸を荒くしてこちらを見上げてくる。

 剣を持てば鬼神すら退け、悪鬼羅刹すら裸足で逃げ出す天才剣士が物欲しそうな顔でアンネを見つめる。そこに言いようもない、背筋を震わせるような快感と優越感がある。

 道場で風のように自由気ままに颯爽としているウィリアムとアンネに情欲に濡れた瞳を向けるウィリアム。

 同じ人間のはずだがどこでこうも変わるのだろうか、まるで気付かぬうちに皮の方だけ早着替えし、中身は違う者が入ってるのではないかとないかとアンネは不思議で仕方ない。


 「あっ、ちょっ……やめろ。まずはとにかく窓を閉めるぞ」 


 アンネが剣の都に来て二年ほどが経った。

 珍しく兄から手紙が来たと思ったら兄に子供ができたらしい。男の子のようだ。もう生まれてきており母子ともに健康、だそうだ。名はヨアヒムと名付けたとある。アンネは兄からの手紙を捲っていくが妻と子に関することはたったそれだけだった。あとは体力をつけるために山歩きをしているとか山菜を取って食うのは美味いとか早く椿の花が見たいだとか本棚が壊れたとかそんなことを書いていた。

 

 私があまりフレンを好んでいないのを知って気を遣ってくれたのか、と思った。

 兄にそんなことを思わせるほどわたしはフレンが嫌いなのかな? ともアンネは考えた。

 

 別に嫌ってはない、嫌う理由もない、嫌うという行為は知ることから始まる。

 ウィリアムがよく遊んでいる子供たちのうちの一人のあの女の子が私のことを嫌いなのは、私はが来たらウィリアムが去っていくと知ったからだ。なにも知らなければあの女の子とてわたしに子供らしい笑みを向けるだろう。

 

 私はフレンのことを何も知らない、嫌いになどなりようがなかった。

 

 では好きにならなれるだろうか。好きになるのに知る必要はない、好きなものは一目見れば好きだなと思うものだ。私にとってウィリアムがそうだった。

 フレンの姿を思い出す。あの陰に咲く華のような淡い美しさが浮かぶ。いっそ陰惨なほどの妖艶さがそこにはある。そこでふと疑問がアンネの脳裏に浮かぶ。


なぜ私はこんな鮮明にフレンの姿を思い出せるのだろうか。 

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