8-13 救世主職ナターシャ1
遠く離れている癖に嫌に聞こえてきた救世主職という単語。
既に辞職しているとはいえ、世界を救う職業同士で殺し合っていたというのは物悲しい。というか、世界に一つのレア職業がそう簡単に敵として現れるなよ。
「救世主職というのなら、戦いを止めないか?」
「そうしたいのは山々ですが、鹵獲された私は太乙真人の道具となる事を強制されている状態です。気にせず破壊ください。まあ、貴方では無理でしょうが」
「いちいち上から目線だな」
壊れたNATAの機体内部より現れた上半身のみのはずの女が、立ち上がった。髪の合間より伸びるチューブがスクラップ部品を引き寄せて体を急造している。
ただ、ほとんど棒人間のような恰好で弱々しい。パラメーター的にも数値は激減している様子だ。
「もうその体で俺を殺すのは無理だろ。空も飛べなくなっている」
「知らないのですか? 原生動物を殺すのに、ワザワザ宝貝はいらないのですよ。『規格外製品接続』、殺戮機械骨格転送……接続」
突然、女の体がトゲトゲしくなった。肉食恐竜の骨をすべて刃物に置換したような形状とでも例えればいいのか。棒人間の基礎フレームを恐竜の全身骨格が包んでいる。
「尖った刃で肉を削げばいい。機械世界の殺人マシンは、原生動物を殺す事に特化しています」
女は、逆関節の足で駆けだした。空を飛ぶよりも遅くはなっているが、巨大化している如意棒の上へと一度の跳躍で跳び乗るくらいに俊敏だ。背骨と尾を小刻みに揺らす疾走方法で急接近している。
「クゥ! 如意棒を今すぐに小さくして足場を無くせ! ここまで来るぞ」
「う、うんっ」
「もう遅いです」
ワイヤー付きの爪先を発射し、俺達がいる屋上に突き立ててくる。
足場の如意棒が小さくなる前に、ワイヤーを巻いてもう俺の真正面だ。肋骨部分が延長されて俺を刺し殺しに来たので後退する。後退した場所へと今度は尾の先が伸びてきたのを刺突ナイフで防ぐ。
全身凶器で出来ているらしい。どこからでも刃が伸びると考えて戦うしかない。
「手数が多い! おい、クゥを狙うな。卑怯者め」
「その村娘を使って私を撃墜したのでは? 脅威を取り除く事のどこが卑怯ですか」
クゥを逃がすタイミングを見失った。接近戦は完全に素人のクゥを、様々な方向から突いてくる攻撃より庇うしかない。いやまあ、俺も純粋な接近戦に慣れている訳ではないのだが。一撃で倒すか、倒せなければ一度退くヒットアンドアウェイが基本であり、十秒以上も続く打ち合いではボロが出る。
『速』で上回っているため、どうにか拮抗できている。が、それもいつまで続けられるものか。
「仮面の救世主職。貴方は最後まで凡庸でした」
「終わったように言うな」
「いえ、もう終わりました」
そう言いながら鋭利な爪で斬り裂いてくる。左右からの同時攻撃は厳しいもののどうにかさばく。
ただし、爪は本命ではないな。さばいた爪の奥には女の上半身があり、彼女の右手には近未来的な銃らしき物が握られている。
「イレイザー・モード。バースト」
「うぉ、危なッ」
青い極光が仮面を照らす。首を逸らして避けた一センチ上をビームなのかレーザーなのか判別できない凝集光が過ぎ去っていく。仮面の表皮を軽く焙った。
物騒な隠し玉を用意していたものだ。突然、手に持っていたので『暗器』と同じようなスキルでも持っているのか。
当たれば致命傷だっただろうが、どうにか避け切っ――ッ。
「終わりました。下からの攻撃に対処できなくなるので、首を逸らした際に視線も上げてしまう癖は直した方が良いですよ。もう終わりましたが」
固い物でも噛んだみたいな衝撃が顎を貫いた。
その衝撃が、足元……いや、足元の建物を突き破って伸ばされたワイヤーだと結局、俺は気付けなかった。
恐竜骨格の足底より伸び、下顎を貫通し、口内を通じて上顎へと貫いた金属ワイヤー。最終的には先端が額を突き破って外へと現れる。
「仮面で隠すような顔なので、顔はいらないでしょう」
ワイヤーに顔を縫われた状態では動きようがない。左右から迫る爪に首を両断されても、頭は動かせなかった。
「御影君ッ!!」
木吒に押し込まれた紅孩児は力負けし続けている。ギリギリ体を押し潰されるのを耐えているとも言えるだろうが、劣勢を覆せそうにない。
「クソ、クソォ。離しやがれ」
「妖怪にしては耐えたものだ。それなりに名のある妖怪か、または、その血族か。何者であろうとも太乙真人に楯突いた時点で終わりだが、名前くらいは聞いておこう」
「誰が名乗るか!」
「なるほど、名乗るのも恥ずかしいか。所詮は『力』自慢程度の妖怪だという事か」
押され続ける紅孩児は脱出できないまま激しくもがく。
ユウタロウが渾身のタックルで宝貝人形を引き離さなければ、今頃、体を潰されていたかもしれない。
「ふん。情けないな。下がっていろ。俺がやる」
「誰がッ、下がるか! こいつは俺がやってやるッ」
「その折れた腕でか?」
ユウタロウにどうにか救出された紅孩児であるが、握られ続けた両腕を上げられていない。筋が伸びきってしまっただけではない。折れた骨が皮膚から跳び出した部分もある。
「大人しくしていろ。戦力外だ。『力』だけの小娘にはここが限界だ」
「どいつもこいつも、俺を脳筋女だと決めつけやがって」
両腕をだらりと伸ばしてしまっているが、紅孩児の目は死んではいない。燃え上がるような強い眼力で、助けに現れたはずのユウタロウを睨んでいる。
……いや、本当に燃えているように赤い。充血しているのとはまた違う色合いで紅孩児の目が赤く燃えている。
「退け。お前は邪魔だ」
「金吒め、不甲斐ない。邪魔な女妖怪を早々に始末して、宝貝人形の本領を見せてくれよう」
宝貝人形、木吒は動き出しているのに、紅孩児は後退しようとしない。明らかにユウタロウの邪魔になっている。
「邪魔、邪魔言っていろ。俺の本気を見せてやる」
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“『天才』、天性の才能を有する者のスキル。
スキルの習得確率上昇、習得速度上昇効果がある。学習困難な上位階級のスキルも習得できる可能性が上がる。本人に学習意欲があれば。
また、一度学習したスキルの熟練度の上昇効果も有する”
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“『三昧真火習得』、世界を育みし原初の炎を行使する権能がスキル化したもの。
世界を照らす神性、神格が行使する炎の権能の一部を使用可能。黄昏世界においては誰の権能かは言わずもがな”
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「クソ宝貝人形。お前、寒くねぇか? ――神罰執行“スピキュール”」
紅孩児の目より赤い熱線が発射される。
木吒の重装甲中央に熱線は命中する。装甲は特に効果を発揮せず、人形の上半身はすべて融解、蒸発した。




