8-12 NATA
精巧に村人を模した宝貝人形までこの街では製造していたのだろう。そんな物のどこに需要があるのか分からないが、悪趣味なものだ。本物の村人を捕えて人質にする事だってできたというのに、偽物を使ったところも悪趣味である。
「……私には、御影君みたいにユウタロウを信用できない。本当に村人じゃないと分かっていたかどうか」
「ふん、小娘の言う通りだ」
「ええい、二人共。喧嘩の続きは後にしてくれ」
ユウタロウを疑っていられるなんて、こっちの戦場は余裕があるな。余裕があるなら俺を手伝ってもらおうか。
「ほら、上から来るぞ! 散れっ」
俺が突き破った天井の穴へと無理やり突っ込み、頭から垂直降下してきた特機、NATAを避ける。
ギャグみたいな角度で床に刺さったNATAを笑い飛ばしたいところであるが、刃物のように鋭い翼を振り回してくるのが笑えない。お前はコマか。
「ユウタロウ・ガード!」
回って近づくNATAを、ユウタロウの背中に隠れてやり過ごす。ユウタロウが身を守らないと俺達も死ぬから、死ぬ気で守れ。
回転数を更に上げて近づくNATAを、槍を叩きつけて止めるユウタロウ。少し見なかった間に『力』が妙に増えていないか、お前。
槍と翼が削り合って火花を散らす中、肉壁の後ろでクゥから状況を聞き出す。
「ユウタロウは一機倒したんだな。紅孩児はどこだ?」
「あっちの壁に埋まっている」
紅孩児は苦戦しているようだ。ユウタロウを応援に向かわせるか、俺が応援に向かうか。
または、俺とユウタロウの二人でNATAを即行で倒した後、全員で向かうか。
「ユウタロウ、ユウタロウって。私を暗に戦力外通告していない?」
「如意棒! クゥを伸ばしてNATAの頭を突っついて転ばせるんだ」
「御影君の私の認識、酷くない?!」
ユウタロウの足元から如意棒を伸ばしてNATAの重心となっている頭頂部に衝撃を加える。指示した通りに如意棒を使える時点で、何気にクゥの熟練度は高い。
動きを止めたNATAに向けて、マガジンが空になるまでハンドガンの引き金を引いた。
結果は……全弾、発光する防御スクリーンに遮蔽されて本体に届いていない。命中したところでダメージなどたかが知れているというのに、いちいち防御してくれる。
攻防において隙がない。NATAの攻略は時間がかかりそうだ。
「ユウタロウは紅孩児のところへ。お前がいるとNATAが油断しない」
「倒す自信がなければ全部済ませてやろうか。四戒重ねた今の俺の方がお前よりも強いからな」
「言っていろ。お前に頼ってばかりいられるか」
紅孩児を圧し潰そうとしている重装甲の特機は見るからに『守』が高い。パワータイプのユウタロウを割り当てるべきだろう。
NATAの方はある程度攻略法が見えた。ユウタロウがいなくてもたぶん倒せる。
壁役のユウタロウがいなくなると同時に回転を止めて、水平飛行で突撃してくるNATA。翼で首を両断するように向かってくるのをスウェーで避けつつ、翼を『マジックハンド』で掴んだ。
相手を引き寄せる『マジックハンド』であるが、出力が違い過ぎて俺が引っ張られてしまっている。
急加速のGが見えない腕を通じて全身へと襲いかかった。奥歯を噛んで耐えている内に、NATAは工場の外に出て再び上空だ。『速』を活かすならばやはり遮蔽物のない空となる。
「当機の最優先目標になっているという自覚はありますか? 単独行動など、悪手です。パーティーの仲間を頼るべきでした」
「クゥを頼りにしろと?」
「言っていません。如意棒は少々面倒ではありますが、上空を高速飛行する当機を打つだけの技量が村娘にはありません。あれだけの武器を非力な仲間に持たせたままという判断をむしろ疑います。想定以上のスペックを有するブタ妖怪に持たせていればアナタ以上の脅威となりました」
「至極真っ当なアドバイスだな。参考にはしないが」
このまま空中に投げ出された場合、無限エリアルコンボが始まってしまう。『マジックハンド』が解かれる前に動くとしよう。
NATAのバリアは墓石や銃弾を粉砕していた。物理攻撃に対しては完璧な防御性能を誇るのだろうが、その割に一部の攻撃についてNATAはバリアを使用しなかった。
クゥの如意棒と、ユウタロウの槍である。
共通項は宝貝である事。
詳細は分からないが試す価値はある。駄目元でやってみる。
腰の道具入れより取り出したるは、長方形で手に馴染む形のスマートフォン……は邪魔だ、どけ。今欲しいのは円盤形状の奴である。円全体の刃で指先を斬らないように二本指で摘まみ取って、投擲モーションに入る。
「これ、なーんだ?」
「乾坤圏!? まさか隠し持っていたとはっ――」
以前の戦いでNATAから貰った宝貝だ。借りパクするのも悪いので今返そう。
すっぽ抜けるような情けない投げ方をしてしまったが、自動追尾するチャクラム型の宝貝は弧を描いてNATAの機体中央に迫る。
「――と、驚くと思っていましたか? 残念ながら同じ手は通じません。学習済みです」
確かに二度目にNATAを撃退したのと同じ手だった。
バレルロールしてNATAは螺旋軌道に乗りつつ翼でチャクラムを受けると、弾いてみせる。
「宝貝を使うという狙いは悪くありませんでした。物体の固有振動数を割り出して粉砕する混天綾にとって、天の物質で作られし宝貝は不得手。消費が激しいため当機の低い『魔』での利用は難しいですが、別に混天綾のみを頼りにしている訳では……は……はっ?」
「NATA。これ、なーんだ?」
NATAは言葉を失ったのだろう。スピーカーから流れるような音声が途切れてしまう。
『マジックハンド』の見えない手で翼を掴んで空を飛行する俺。
その俺が、バレルロールに耐えられず吐いている村娘を抱えていたために、言葉を失ったようだ。
「クゥ! 酔っていないで、如意棒を!」
「おえぇぇぇ、“伸びて”、如意棒ぉうええぇ」
クゥを脅威と考えていなかったのがNATAの隙だ。
「どうして、その少女ごと。如意棒だけを受け取れば良かったのでは!?」
如意棒がNATAの翼を貫通……しない。機体の上をかすっただけである。
振り回されながらただ伸ばした如意棒だ。端から当てる事を期待しておらず、NATAの上まで伸ばせれば十分である。
「やはり浅はかでしたね、仮面の救世主職」
「いやいや、クゥはこれでも如意棒の使い手としてはかなりの腕だぞ。少なくとも俺には、如意棒をスカイツリーサイズまで大きくできない。クゥ、頼む」
「おげぇぇ、“馬鹿みたいに大きく”ウッ、うぇええ」
頭上より巨大化した如意棒がNATAを圧し潰す。そのまま地上まで一直線だ。
クゥは如意棒を手放しており、『マジックハンド』も解除済み。潰されているのはNATAのみだ。
質量に差があっても自由落下の速度は変わらないらしいが、大気圏内ではそうとも言い切れない。先に如意棒が落ちていき、街に轟音を響かせた。
俺とクゥは羽のようにふんわりとはいかずとも、ビルサイズの如意棒よりはソフトに建物の上へと着地を果たす。
ちょっと臭うクゥを抱いたまま、地上を見下ろした。
「や、やったの?」
「……手ごたえはありそうだが、どうだろうな」
少々、あっけない。如意棒で潰せなかったら次は魔法を撃ち込むかと作戦を練っていたのに、NATAの奴、あえて抵抗せず潰されたような。
巨大化した如意棒により、縦に被害を受けた街の砂埃が時間経過によって晴れていく。
見下ろす先、横倒しになった巨大な如意棒の脇で、ガチャガチャと金属が外れていく音が鳴っている。
「――宝貝の外装は強力なれど、所詮は太乙真人が無理やり増設したデッドウェイト。機械世界の機械生命の規格に合いはしない」
機体の半分を潰されたNATA。その機首の部分がパーツ単位で分裂、崩れていく。
落下で壊れた訳ではない。内部から接合が外されている。
「仮面の救世主職。これが真の当機、真の私。私はNATA……違う、ナターシャF999999。機械世界のマザーコンピューター、THE・天秤座を抹消せし救世主職。……その残骸」
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▼ナターシャF999999
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“●レベル:128”
“ステータス詳細
●力:143 ●守:158 ●速:131
●魔:64/64
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●機械生命固有スキル『耐物理(小)』
●機械生命固有スキル『演算能力上昇』
●機械生命固有スキル『自己修復(小)』
●機械生命固有スキル『学習機能』
●機械生命固有スキル『半永久稼働』
●救世主固有スキル『既知スキル習得(A級以下)』
●救世主固有スキル『カウントダウン』
●救世主固有スキル『コントロールZ』
●救世主固有スキル『丈夫な体』
●救世主固有スキル『ZAP』
●実績達成スキル『我思うがゆえに我あり』
●実績達成スキル『演算不良』
●実績達成スキル『規格外製品接続』
●実績達成スキル『ハッキング(対機械生命特攻)』”
“職業詳細
●機械生命(Aランク)”
●救世主(Aランク)”
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塗装の剥がれたような鉄色を有する女が、NATAの内部より姿を現す。
大剣で斬られたかのように上半身と右腕のみの姿、であったが。




