8-7 元仙人への挑戦
太乙真人って誰?
今までならこう聞き返していたところであるが、俺の『暗器』の中には黄昏世界の攻略ファイルが存在する。
取り出して、た行を探すと、記述が存在した。
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▼太乙真人
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“崑崙十二大仙が一角。
神仏に等しい地位にいる仙人であり、孫天君との壮絶な戦いはあまりにも有名。たぶん強い。強い弟子が有名なので、師匠もきっと強い。うん。たぶん”
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なるほど、強いのか。で、どう強いの?
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“弟子に数々の宝貝を授けている事より、ファイターというよりもクリエイターの側面があると予測される。豊富な宝貝でメタ対策されないように注意。妖怪ではなく仙人のため戦う事はないはずだが”
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想像していたよりもためになるな、この攻略本。まるで優太郎本人が傍にいるみたいだ。いや、ユウタロウならアイサが帰還した後に再合流しているのだが。
「何を読んでいやがるんだ、御影?」
「ちょっとしたカンペを。太乙真人は仙人じゃないのか? どうして妖怪の街にいる」
「野郎はとっくの昔に妖怪に堕ちている。創造神が去った時点で仙人の半数が後を追うように蒸発して、残り半数は気が触れて殺戒破りに目覚めて殺し合いだ。今も真人を名乗っているのがおかしいんだ。頭おかしいからな、あいつ」
酷い言われようである。紅孩児に随分と嫌われている。
あえて間違いを恐れず言うと、仙人は神性、神格に近しい存在らしい。妖怪にクラスダウンしているのであれば弱体化している、と思いたいが、強敵である事は確定した。
「そんな奴がいる街に攻め込むのか」
「いちおう理由があんだよ。街の中にいる妖怪は、太乙真人ただ一人だけ。奴さえ倒せば俺達の勝利になる」
街なのに一人だけ。全般的に人口密度の低い黄昏世界とはいえ、さすがにおかしい。
「製造した宝貝人形に州兵やらせてんだよ。今の世界で唯一、宝貝を新造できるのが太乙真人だ」
宝貝人形。
何となく〇ーミネーターを思い浮かべてしまったが、指示された通りに自動で動く人形らしいので機能的には似たようなものらしい。いや、〇ーミネーターは反乱して指示に従わないタイプの人形だが。
有能な人形らしいが、指示を必要とする宝貝ゆえ主を倒せば停止する欠点がある。そのため、陽動を使って敵の目を街の外に向けさせている間に、街の中に潜入した主戦力で太乙真人を仕留める。桃源が立てた作戦は単純明快だ。
「そんな単純にいくか?」
「単純にはいくはずがねぇ。用心も当然されているはずだが、そんなのはどの上級妖怪も同じだ。だからこそ敵を選べる初期段階、奇襲可能な内に難敵の太乙真人を仕留めておきたい。奴の宝貝を戦利品として奪えるのも利点だ」
無謀な作戦だ。が、妖怪に喧嘩を売る事自体が無謀なのが黄昏世界である。
「お前も奴の工場を見れば理解するだろうさ。あそこは、真っ先に潰す」
「そこまで言うなら。それに、桃源に来る途中に現れた高速飛行する奴は確か……」
「太乙真人お気に入りの人形だ」
妖怪戦力は削っておくべきだ。以前のように大集合されて袋叩きにされては敵わない。高速飛行するあいつはいちいち即死攻撃してくるので、早めに倒しておこう。
街へは、紅孩児が操縦する黄金の雲に乗って直接襲撃を仕掛ける算段だ。
先発した陽動部隊が街の外縁で攻撃を開始すると同時に太乙真人の居城へと、紅孩児と俺達パーティーで乗り込む。
太乙真人の街はこれまでの妖怪の街とは趣がかなり異なった。
地球で言うところのドーム球場に近いものの、形はもっと卵型であり、斜めって半分が地面に突き刺さっている。
「どうだ、外観だけでも太乙真人の変人ぶりが分かるだろ」
紅孩児は筋斗雲を操り、街の上空を旋回しながら突入口を探している。夜でも黄金色の雲が飛んでいれば目立ちそうなものだが、隠密性を高める宝貝を使っているとの事だ。
襲撃のための準備は万全らしい。紅孩児の服装も肌面積の多いチューブトップではなく鎧になっている。宝貝らしき物も数点、装備していた。
「地上にも空中にも、ちらほらと人型の何かが見えるな。あれが宝貝人形なのか」
浮かんでいる奴を立哨と呼ぶのかは分からないが、街を警備していると思しきモノが見える。妖怪のいない街と聞いているので、見えているアレが宝貝人形というものなのだろう。
「全部が高速飛行する奴と同レベルとは思いたくないが、強さはどれくらいだ?」
「ピンキリになる。ただ、最低レベルでも普通の妖怪よりは強いはずだ」
「見えているだけでも百体はいるのに、陽動部隊は大丈夫なのかよ」
俺とタイマン可能なパラメーターを有する紅孩児が、桃源の最高戦力で間違いない。
その他は正直に言って戦力とは言えない、在野妖怪レベルなのだろう。突入部隊に紅孩児しか参加していないのは、実力に差があり過ぎるのだ。
陽動の実力もそう高くはないと見積もられる。
「心配すんな。肉弾戦なら文化は俺よりもつえぇ」
……ふと、街の外の一部で爆音が轟く。突風が吹き荒れる。
上空から俯瞰している所為ではなく、明らかに縮尺の狂った巨体が巨大樹木をこん棒のように振り回して暴れていた。元々、体の大きかった文化であるが、より大きくなっているのは間違いない。
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▼文化
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“ステータス詳細
●力:6030(巨大化中) ●守:512 ●速:41(巨大化中)
●魔:123/123
●運:0”
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宝貝人形が文字通り人形のような扱いであり、樹木の幹に叩きつけられてバラバラだ。
「……文化を突入部隊に選んだ方が良かったのでは?」
「あの体格だ。街の中で暴れるには不向きなんだよ。さて、俺等も行くぜ!」
街を構成する球形の巨石。いくつか存在する亀裂へと、自由落下より速く突き進んだ筋斗雲にて侵入を果たす。
シミュラクラ現象だろうが、岩の亀裂が大きく裂かれた口のように見えてしまった。
「怖い、怖いのぅ。老人相手に暴力などと、若人は怖いのぅ」
浮遊する球体の中に住み着く、骨が浮き出たやせ細った喉で笑う老人がいる。
「老人は力がないからのぅ。ゴミ出しも億劫でのぅ。在庫処分ついでに性能評価もやってもらおうか。どの程度の性能の人形まで耐えられるかのぅ。楽しみじゃのぅ」
どのような手段か分からないが、老人は空中に浮かび上がらせたホログラムにて街の外の様子を楽しげに鑑賞している。
一方で、別のホログラムには街の内部に侵入する黄金の雲が映っている。
「特機による自動迎撃? よいよい、寂しい老人への久しぶりの来訪じゃからのぅ。即死させては勿体なかろう。茶も桃も用意がないんじゃが、手慰みの宝貝と術のみで良ければ振る舞うとしようか」
高度に自動化された街は老人の体そのものである。潜入はすでに感知されてしまっているようだ。
迎撃は容易くとも、簡単に終わらせては楽しめない。あえて手加減を加えて老人、太乙真人の居場所へと誘導を開始する。




