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黄昏の私はもう救われない  作者: クンスト
第二章 地方官の館
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2-3 館のトラは人を喰うか

 村で補給――クゥがどこからか水を貰ってきた――を行った後、クゥを連れて更に荒野を歩いた。

 赤く巨大な太陽が本格化する昼間を避けての行軍のため、予想よりも時間がかかり、目的地が見えてきたのは一日経過した頃だ。

 殺風景な赤茶けた丘に、突如、瓦屋根の東洋建築が見えたのである。雪山で発見したログハウスと同じで酷く薄気味悪い。そもそも荒野に対して完全に場違いであり、取って置いたかのような館だった。

 乾き切った砂塵に吹かれていながら館の外観は砂に汚れていないから、いっそうの不自然さがある。


「村と違って壁がない。建物だけか」


 周囲に他の建造物は見当たらない。その分、館は大きい。少なくとも、二階建ての学生向け賃貸よりも大きいだろう。住んでいる妖怪の数も相応に多くなる。

 防護施設はなし。警備さえ見当たらない。襲撃を受ける事を想定していないのだろう。

 外から観察するのはこのぐらいにして、そろそろ近づく。

 真正面から正々堂々と。


「徴税官よりも地方官の方が恐ろしいのに、御影君は自信があり過ぎない?」

「俺は真正面からの方が暗殺成功率の高いアサシン職だからな」

「救世主職じゃなかったっけ?」


 誰も待ち構えておらず館が無防備に見えたのも、正門まで残り三十メートルの地点まで。

 館の扉が内側から開いていく。意外というと失礼かもしれないが、普通におびえたクゥが俺の背中に隠れる。

 武装した妖怪が現れたのかと思えば、どうやら違う。出て来たのは人間である。手にした灯火あかりで俺達を照らしてくると、誰何すいかしてきた。


「徒人が珍しい。ここは地方官の館ですよ。何用でしょうか?」

「地方官におたずねしたい事がある。救世主職、と言えば通してもらえるだろうか」

「救世主職……なるほど。少々、お待ちを」


 妖怪は救世主職を知っている。救世主職ならばアポなしでも会ってくれるだろう。

 館の人間が顔を引っ込めている間に、背中のクゥへと話しかける。


「妖怪は人間を喰うんだろ。だというのに、生きた人間が出てきたぞ。どういう事だ??」

「さ、さあ? 首途しゅとされた村人が戻って来ないのは、妖怪に食べられているからと言われて育ってきたから。私もちょっと驚いている」


 さっそくクゥが役に立たない。これは暫定パーティーからの離脱は必至か。彼女はただのイベントキャラだったようだ。

 困惑しながら待ち続けていると、扉が再び開かれていく。「どうぞ」と呼ばれたので警戒しながらであるが近づいた。

 扉は全開されているため向こう側がよく見える。館の内側には天井の高いロビーが広がっている。そして、入口の直線上には二階へと続く階段が見えた。



「二人とは意外だな。二人とも救世主職か?」



 二階から声量の強い声が響く。ギロリと俺達を吟味ぎんみしてくる視線を感じる。

 声の主の顔を確かめるべく完全に館に入った。


「俺が救世主職だ。後ろで隠れているのは……ごほん、救世主職ではないが俺の仲間だ。相応にな」

「仮面で顔を隠した徒人ただびと。なるほど、確かに普通ではない」


 二階から俺達を見下ろしていたのはトラの顔をした大柄な妖怪だった。一目見れば十分。こいつが地方官、虎人こじんで間違いない。


「地方官、虎人。さっそくだが本題を言わせてくれ。村に対する非道を止めろ。人間を喰うのも許さない」


 まあ、決裂する事を前提とした内容である。聞き入れられるとは最初から思っていない。

 答えを待たずに、エルフナイフを『暗器』で取り出して戦闘準備を整える。虎人が悪役らしく下卑げびた笑い声と共に断ってきたなら、それをゴングに戦闘開始だ。



「……まったく、はなはだしい誤解だ。壁村の徒人を襲う在野のら妖怪は確かにいるが、一部の無法者の所為で壁村の徒人はすべての妖怪がそうだと思い込んでしまっている。徒人の話を一方的に真に受けるものではないぞ。別世界・・・からの来訪者ならば、特にな」



 虎人が笑ったのは確かであり、俺を馬鹿にしたように笑ったのも確かだったが、想定していた笑い方とは全然違う。まるで、不名誉な中傷に困っている者の苦笑のようだった。

 虎人の意外な態度に首をひねる。この館って食人妖怪の巣ではなかったのだろうか。

 妖怪と出遭うたび戦っている俺としてトラ男の言葉は信じがたい。率直に言って、胡散うさん臭い。

 けれども、真偽を確かめる方法が俺にはある。

 救世主職の『既知スキル習得』スキルを使い、妖精職の『読心魔眼』スキルを利用する方法を既に編み出している。蟲星では決め手となったくらいの黄金コンボだ。


==========

“『既知スキル習得(A級以下)』、スキルは体で覚えるスキル。

 他人の固有スキルをラーニングできる。スキルを使用しているところを見るだけでも覚えられなくもないが、学習できるかどうかは適性次第。観察回数を重ねれば確実なものの根気がいる。

 一方で、攻撃スキルについては体で受けると覚えが早い。等級の高いスキルほど致命傷を負い易いので、即死しないように気を付けよう”


“取得条件。

 人類の危機となりえる魔王を討伐し、救世主職に就いた初回特権なので強力。これだけサービスしているのでが非でも世界を救って欲しい”

==========

“『読心魔眼』、心を見通す妖なる魔眼スキル。


 元々は発音器官を必要としない妖精が持つコミュニケーションスキル。相手の瞳の奥に焦点を合わせる事で心の声を聞く事が可能になる。

 感情の希薄な純正のモンスターや、モンスターのような狂人的思考の持ち主には通用しないので注意”

==========


 俺を見下ろすトラの目の奥を凝視する。

 すると、きっと見えてくる妖怪の邪悪な心の声。



『――人間・・を食べた事はない――』



 ……地方官の言葉は嘘ではなかった。それが『読心魔眼』スキルの結果だった。

 ただ、どうにもせない。仮面の後ろ側が妙にザワついており、虎人の言い分を鵜呑みにできない。

 だが、それでは『読心魔眼』で読んだ虎人の心の中がデタラメという事になってしまう。そんな事態は始めてだ。

 もっと確実に、虎人が良い妖怪なのか、人喰い妖怪なのかを確かめたい。


「誤解を解いてやる。お前が世界を救う救世主職らしくお優しい解決を望むなら、武器を仕舞しまってついて来い」


 俺が悩んでいる間に、虎人は二階の奥へと引っ込んでいく。無防備な背中を見せているのも無実の者らしい堂々とした動きだろう。

 仕方なくエルフナイフを『暗器』で格納し直す。虎人を追って話を聞くしかない。


「クゥ。行こう」

「わ、分かった。かなり怖いけど行く」


 ……ふと、クゥの声を聞いて妙案を思い付く。

 ビクビクしているクゥが背中に引っ付いているのは好都合だった。彼女にだけ聞こえる声量で用件を伝える事ができる。



「この館にいる間だけ、クゥの名前は皐月さつきという事にしてくれ」

「……はぃ?」



 妖怪の館にいるという恐怖を忘れて、クゥの頭の上に疑問符が浮かんでいる。


「異世界に住む魔法少女……もとい魔法使い職という設定で。名前をかれたら皐月と答えてくれ。演技するのはそう難しくない。名前以外を訊かれたら、燃やすわよ、だけで返事をすればいい」

「いや、ちょっと待って。妙な罪悪感というか、肖像権というか」

「ただし、館の中ではできるだけ堂々としてくれ。妖怪を威嚇いかくするつもりで」


 普通に考えて、ただの村娘が救世主に同行しているはずがない。

 だから、クゥは救世主職のパーティーメンバーたる魔法使い職である。虎人にそのように嘘を付けば、クゥの演技が大根だったとしても信じてくれるだろう。

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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
 ◆コミックポルカ様にて連載中の「魔法少女を助けたい」 第一巻発売中!!◆  
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 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


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