8-3 擬態VS.鑑定
桃源との協力により、妖怪の内情を妖怪から直に知れる機会が得られた。これはかなりのメリットであるが、実は他にも大きなメリットが存在する。
それは、安心して休む事のできる拠点の確保だ。
衣食住の中でも住については基本的過ぎて普段ありがたみを感じる事はない。が、異世界を放浪していると大切さが良く分かる。
紅孩児より貸し与えられた家は壁村によくある質素な小屋だというのに、涼しいというだけで体の休まり方が全然違う。妖怪にいつ襲われるか分からない緊張がないというのも大きいのだろう。『魔』の回復量が明らかに増していた。
「……紅孩児は行ったか」
「協力したばかりで悪い顔ね、御影君」
「手の内をすべて見せないってだけだ。じっくり試したい事もある。クゥ、黒八卦炉の宝玉を」
クゥが大事に管理している黒い炎の球体を受け取る。もちろん、地球から仲間を呼び出すためだ。
安全な場所で呼び出す相手は、戦闘能力ではなく調査能力を優先する。
「さて、来てくれるかな」
心の内にて、黒き宝玉に願いを伝えた。
黒き炎が輪を成し、炎のゲートを生じて次元通路を地球に接続。呼び人を黄昏世界へと招来する。
「おっ、現れた現れた。久しぶ――」
「シュコー、シュコー」
髑髏のごときガスマスクの呼吸音が炎のゲートを越えて響く。
間違って死神でも召喚してしまったのか。こう不安を覚えてみたものの、ガスマスクと共にコンバットナイフとハンドガンが現れたために不安が倍化する。
「妖怪?!」
「敵か!」
臨戦態勢を取るパーティーメンバーの二名を他所に、炎のゲートより現れた人物は背負っていた長柄武器、というか長い銃身がつっかえた所為で……盛大に転んだ。
「キャっ、バレットM82A1が引っかかっちゃった」
可愛らしい声で、可愛くないアンチマテリアルライフルの名前が発音されている。
転んでずれたガスマスクからは小顔が窺える。人間族用というか米軍仕様っぽい欧米サイズは彼女の頭にフィットしない。横から突き出た耳が邪魔している、という事はないと思うが。
「……アイサ、どうしてガスマスクを?」
「ペストマスクの発展型って聞いていたけど違ったかな。せっかく、凶鳥が僕を頼ってくれたのだから、完全装備で出向かないと」
炎のゲートより現れたのは死神ではなく、俺が願った通りエルフの少女、アイサで間違いなかったようだ。
ウィズ・アニッシュ・ワールドで出逢った誰よりも心優しき少女。記憶を失いカルマ値がマイナス降下中だった俺を、人間でいられるように支えてくれた大切な子である。
森の種族の特徴通りの金髪と長耳。種族の平均よりも背が低く小柄。イタズラも知らない無垢な妖精のごとくカワイイというのがアイサの特徴である。
ただし、今のアイサに森の種族らしさはほとんどない。長弓を持っていない代わりに長銃身の銃を背負っているのはどういう事か。
というか、明らかに重量過多だ。現代兵装を装備できるだけ装備したという感じになっており、タクティカルベストをベースに物騒なクリスマスツリーのように過剰に武器が吊るされてしまっている。手榴弾だけならまだしも、ショットガンやらロケットランチャーやらミニガンやらをすべて一人で持つのはアイサの『力』では無理があった。
「敵はどこ、凶鳥!」
「いや、戦いのために呼んだ訳じゃないから、危ない武器は先に返しちゃって。というか、どこの基地から盗ってきたんだ」
「そ、そんなーっ。せめて凶鳥が使って」
武器の補給はありがたいものの、ショットガンやミニガンはあまり趣味ではない。
記憶武装という悪例もある。妖怪に奪われても事だ。大型火器はすべて返却。ハンドガンとマガジンだけを受け取り、炎のゲートに押し込んでおく。
アンチマテリアルライフルも不必要だったのだが、アイサが最後まで渋ったので彼女が背負ったままである。
「桃源は安全な場所だから大丈夫なのに」
「またまたー。凶鳥がいう安全な場所って魔王が留守にしているだけの魔王城が最低ラインのはずでしょう」
魔王とは何匹も戦っていても魔王城に入った例はないのだが。ダンジョンならあるけれども。
「……凶鳥に寄りつく部外者を撃つ武器は残しておかないとね」
ん、可愛い声で可愛くない単語が聞こえたかもしれないが、何か言ったかな。
アイサを呼んだのは実験のためである。
彼女の義眼に宿りし『鑑定』スキルで『擬態(怪)』スキルを破れるかを試したかったのである。ランクで考えれば『鑑定』に軍配が上がるはずなのだが、一概にそうとも言えないのがスキルというものでもある。
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“『鑑定』、世を見透かしてしまった世捨て人が取得するツマらないスキル。
『魔』を1消費する事で様々な物体の鑑定が可能となる。
対象が生物であれば、レベル、スキルといった個人ステータスを中心に様々な個人情報を確認できる。熟練度により、市役所で取り寄せなければならない戸籍さえも確認できる。
対象が物体の場合、一般常識レベルの情報や価値であれば瞬時に確認できる。より細かな情報の取得についてはスキル所持者の熟練度、知能指数等が関係してくる。
世界の秘密にさえ辿り着く可能性を秘めた最高位スキルでありながら、隠者職のSランクスキルであるため何かに活用された例はない”
“《追記》
発動に目視を必要とするのだが、本スキル所持者は風や地磁気まで見始めている気がする。
義眼アイテムだからという特殊性も影響しているかもしれないが、少なくとも、見えないはずの言葉をスマホ検索するみたいに調べる使い方は普通できない”
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「どうだ、アイサ。擬態中の俺が隠れている場所が分かるか?」
一度、外に出てもらい、部屋に戻ってきたアイサの片目が宝石のように輝く。
アイサの目線が動きながら室内を鑑定していく。土壁になりきり、ぴったりと張りつきながら擬態する俺を視線が通り過ぎ……る事なく、停止した。
「そこの壁かな」
ばれた途端に擬態が解かれた。これで連続三敗である。
「物に化けるパターンは『鑑定』の圧勝か」
「そこに隠れているって分かっていれば、という条件付きだけど。見え辛くはなっているのは確かだし」
『鑑定』での探索は本来の使い方ではない。『魔』の消費を考えると当然ではある。擬態系のスキルを使用していなかったとしても、ダンボールが満載の倉庫の中でスニーキング中の潜入者を発見するには不向きなのである。
アイサから義眼を借りれば化けた妖怪を発見できる、という単純な方法は使えない。
残念、とばかりは言い切れない。妖怪に鑑定持ちがいたとしても俺の擬態を百パーセント暴けるとは限らない。こう前向きに考えるべきだろう。
それに実験でスキルの特性も知る事ができた。『擬態(怪)』にはクールタイムが存在し、見破られた時には長くなる。擬態を看破しても、即時、別の物に擬態されてしまう事はないと分かって安心だ。
「そうだ、アイサ――」
……ふと、思いつきで『擬態(怪)』を使いながら嘘をついてみる。
『擬態(怪)』は姿を化ける以上に、嘘をバレ難くする機能がより厄介なのである。『鑑定』に見えない嘘を判定する能力はないので、アイサも騙されるのみとなるだろうが、いちおうの確認をしてみる。
「アイサ、知っているか? 〇アリスは水中呼吸のマテリアで生き返らせる事ができるんだ」
「嘘を言っても駄目だよ、凶鳥」
一瞬で看破されただと。あ、ありえない。俺がかつて数年探し求めた裏技を一瞬で。馬鹿な。
クールタイムが明けると共に、再度の嘘を実行する。
「太陽系の中心は太陽って知っていたか、アイサ?」
「地動説に対する天動説……っていう引っ掛けだね。駄目だよ、凶鳥。僕を騙そうとしても。太陽も太陽系全体の重力の中心を回っているから、太陽が中心っていうのは間違いだよ」
俺への信頼がハニートースト並みにぶ厚いのがアイサだというのに、瞬時に嘘を見破ってくる。一体、どうなっている。
俺の知らない間にアイサは疑い深いエルフになっていたのかもしれない。
今度は嘘の逆で、真実を伝えて引っ掛けてみるか。
「フレンチキスって濃厚なキスって意味だから、使う時には気をつけないと駄目だぞ」
「そうなんだ。こんな感じ?」
――はっ。物陰に連れ込まれている間にクールタイムが終わっていた、だとっ。
デザートを食した後のように舌で唇を少し舐めたアイサは、してやったり、という表情だ。
「駄目だよ、凶鳥。僕はもう凶鳥に騙されて、安全な場所に一人で送られるつもりはないから。今度は最後まで一緒に戦うからね」




