7-12 妖怪じゃない
意識が吹っ飛んでいた気がする。ドラマの画面転換のごとく、突然景色が変化している。赤い空の光景から埃っぽい地面への変化だ。
まるで妙な女妖怪にホールドされた状態で動けず、空を飛んだ後に顔面から硬い地面にぶつかったかのようだ。眼球の奥がチカチカしている。すべての物理エネルギーを首の骨だけで受け止めた結果がこの程度なのだから、『守』130はやはり常人離れした数値である。これを突破してくる奴等が怪物なのである。
顔を上げて周囲を見る。
「どけェッ、ボケ州兵ごときが汚ねぇ手で触んな!」
ヤンキーな女妖怪が暴れまくっていた。州兵と思しき鎧を着込んだ妖怪の顔を殴っては飛ばし、胴を蹴っては飛ばしている。武装した相手にも果敢、というか武器ごときどうしたという自信に満ちた攻勢だ。
女妖怪は特に、在野妖怪を捕えている州兵を優先して襲っている。
いや、捕らわれている者の多くが妖怪であるが……人間としか思えない者も中にはいる。妖怪と人間が同一のグループにいる。ライオンとガゼルが混ざって群れを成していたとすれば、俺と同じ違和感を覚えたに違いない。
「姉御が、姉御が帰って来たっ」
「姉御がいれば形勢逆転だ。村人を守るのに集中しよう」
在野妖怪は後方にいる村人を囲んで、州兵から守るように動いている。
女妖怪を含む在野妖怪グループは本当に人間を守っているというのか。この行動も含めて演技という可能性さえ疑うべきなのが妖怪であるが……。
「州兵の質も落ちた……というのもあるが、そこの女。お前、ただの在野妖怪ではないな。雑鬼とは思えん怪力よ」
女妖怪一人に大混乱している州兵部隊。ただ、混乱しているだけという訳もなく、指揮官と思しき妖怪が増援を率いて現れる。
「都落ちの妖怪か? あるいはどこぞの州の上級妖怪か。灼熱宮殿の悲劇以降は、地方であれば何をしても良いと思い上がった考えの輩が多くて困る」
「都だぁ? あんな退廃した異常性癖共と一緒にすんな!」
「では、どこかの上級妖怪ではないと?」
援軍を合わせて州兵の数は百程度。軍隊が動いてその程度という感じであるが、黄昏世界の人口を加味すれば、むしろかなりの動員数だ。
「俺はただの在野妖怪、紅孩児だ」
「ふむ。上級妖怪やその縁者であれば殺すのも面倒となる、されど、本人がそう言うのであればな、クク。遠慮する必要など元々なかったが、憂いなく宝貝を使わせてもらおうぞ」
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“宝貝『平均分配田分』。
戦域の陣営ごとにパラメーターを全員で分配し平均化させる。
ある近代的な精神に目覚めた農家が田を子供全員に対し、平等に相続させた事が書かれた記録を宝貝にした物。なお、収穫量も平等に分配された結果、子供全員が食えなくなって廃業している”
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州軍指揮官は珍しい紙の本を取り出して、勿体なくもページを一枚破いた。
その瞬間、網膜に浮かび上がったのは……更新された己のパラメーターである。
「徒人を盗む不届き者を罰するとなれば、それを利用した宝貝を用意するというもの」
「力が、抜けていく?!」
「上級妖怪であろうと無能な徒人と在野を三十も抱えていれば、平均化された能力は凡庸な妖怪と変わるまい。対して州軍の個々の能力はほぼ同等。平均化されたとしてもさして問題にはならん」
これまで州兵の剣や槍を気にしていなかった女妖怪が、攻撃を避け始めた。
いや、避けてはいるが機敏とは言い難い。複数人からの攻撃を回避できるような軽快さはなく、少しずつダメージを負っている。
肌でエルフナイフを弾く女妖怪が、州兵ごときの武器で傷ついている。先の州兵指揮官の行動が原因で間違いない。
「上級妖怪といえどたった一人が、装備を有する州軍を相手にできると思い上がったものだ。全隊、包囲を縮めて総攻撃だ。皆殺しにせよ!」
州兵全体が動き始めた。
女妖怪一人に支えられていた在野妖怪グループは狭く一か所に固まっており、狩られる寸前。女妖怪も追い詰められてもはや逆転の目はない。
「州兵共ごときに俺がっ。クソ親父からもっと宝具をガメておけば……」
「欲を出して捕えようとするなよ。殺してからであれば、喰っても構わん」
じりじりと詰められる包囲。
州兵指揮官はトドメの号令を出すべく手を挙げて――、
「――おい、俺の『運』が三分の一になったのはお前の所為か? 他のパラメーターもちょっと減ったぞ」
「いきなり誰だッ、ぐギャッ?!」
――『暗影』で接近した俺に真正面から心臓を刺されて、そのまま倒れた。
パラメーターが減っている分だけ刺し辛かった気がするものの、相手が州兵の平均くらいな感じの『守』しかなかった所為で簡単に刺さった気もする。
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▼御影
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“ステータス詳細
●力:280 → 184
●守:130 → 104
●速:437 → 198
●魔:122/122 → 100/100
●運:130 → 43”
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なお、使った武器はエルフナイフではない。あれはもう曲がって折れて使い物にならない。
代用の武器として使用したのは、その辺に落ちていた角である。魔界で遭難した時にはモンスターの骨という粗末品を武器にしていた。多少の形の悪さや短さには慣れたものだ。
「この角、持ち手を加工すれば刺突武器として使えるぞ」
「仮面野郎ッ! まだ生きていやがったか。というか、それ、俺の角だろうが。返せよッ」
ナイフは使い慣れた俺のメインウェポンだ。
とはいえ、接近戦しか行えないナイフ系の武器に拘りはない。黒八卦炉の宝玉で次に誰かを呼んだ時には、優太郎に飛び道具を用意するように頼むとするか。
「あれ、ユウタロウは黄昏世界にいるのに優太郎に頼もうとするなんて、オカシイな」
「聞けよてめぇッ。お前は俺がぶっ殺す!」
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“宝貝『平均分配田分』。
戦域の陣営ごとにパラメーターを全員で分配し平均化させる。
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女妖怪グループは味方ではないが、村人達を守っているグループでもある。とりあえず手助けするとしよう。
俺が敵陣内部で州兵を倒しまくり、背後から遅れて現れたクゥとユウタロウが追い打ちする。結果、州兵部隊は多くの損害を出して山より撤退していった。
「わ、私。何か強い! レベルアップのチャンス!」
妙に強くなっているクゥが如意棒で下山中の州兵をバタバタ倒していたので、無事に逃げ切れた州兵は三分の一にも満たない。
州兵はいなくなった。
残るは在野妖怪グループである。
「州軍の次はてめぇの番だ、仮面野郎」
「村人を守っている奴等と戦う理由はないのだが」
「妖怪の言う事が信じられるか!」
「その言葉がブーメランだったなら、今頃お前の口に刺さっているぞ」
さて、どうしたものか。
仮面を外せば俺が人間だと信じてもらえる――はず――。が、強烈な頭痛が怖いのでしたくない。
ならば、パーティーメンバーの別の奴を紹介すればどうだろうか。
「ほら、普通の大学生のユウタロウだぞ。妖怪じゃない」
「どう見ても妖怪だろうがッ」
「ふん、俺は魔族だ」
ちょっと筋量が多過ぎたか。
では、次は華奢な方のパーティーメンバーたるクゥを紹介する。
「ほら、普通の村娘のクゥだぞ。妖怪じゃない」
「どう見ても妖怪……妖怪じゃないだとッ?!」
「どうでもいいけど、私っていつまで村娘に属するの?」
互いに誤解していた部分がある。まずはその誤解を解こう。




