7-11 稀有な妖怪
妖怪が人間を助ける、か。
これまで聞いた嘘の中では一番真っ赤だ。騙される人間はまずいない。
黄昏世界における妖怪と人間の関係は食物連鎖の上層と下層というだけでなく、嗜虐者と愛玩動物の関係だ。食欲も趣味も満たしてくれる下等動物をワザワザ助けて、食欲も趣味さえも自制する理由がない。
信じはしない。
信じる必要性もない。
だが……どうして、この妖怪は嘘にならない嘘をつく。それだけが酷く気になる。
「妖怪が人間を助ける? ありえない。理由がない」
『――気に入らねえんだよ! 妖怪に成り下がっただけの上の世代の奴等が、俺達に押し付けやがって。誰が従うかよ』
反骨心の火が女妖怪の目に灯っていた。
体を自由に動かせないから、血流を増やして目の毛細血管を破っている。
『――妖怪に成り下がってまで維持しようとした世界が、こんな終わりかけの世界かよ! ふざけんじゃねえ、馬鹿オヤジ共。誰がこんなのを望んだ。俺はこんなの認めねえっ』
ギラギラとした目付きである。これが嘘をついている者の目だとすれば、妖怪の嘘を見破るなど俺には不可能だ。
騙されているという疑いは尽きない。これまでも散々、騙されている。
だが、女妖怪の言葉が真実だった場合は……という懸念は残ってしまう。希少な妖怪である。敵対は避けたいので、選択は間違えられない。
「とはいえ、どうやって妖怪を信じたものか」
「まさか、信じるつもり? 相手は妖怪なのに。都合が良過ぎると私は思うけど。妖怪は誰だって敵なのだし、いつもみたいに討伐するべきだと思う。……ユウタロウ君? ユウタロウ君はそういう概念で例外??」
クゥは否定的だ。妖怪に支配される側であり、家族を妖怪に喰われている者としては当然の拒絶である。
特に何かがある訳でもない場所で遭遇したというご都合主義も、女妖怪を疑う要素だろう。俺を見失った妖怪が進路の候補に罠――罠にしても迂遠であるが、それがむしろ妖怪の趣味に合う――を張っていたと考えて危険を避けるのが、慎重な人間の考え方だ。
俺の考え方は、もう少し楽観主義的だ。出遭う者すべてが悪意に満ちた敵と考える生き方は、安全であっても息が苦しい。
「いや、短気は起こさず、本当に人間を助けているかを調べる。どうあれ、村人を追跡するからな。もちろん、村人の安全が分かるまでこいつはこのままにする。それでいいだろう、クゥ」
「それなら、まぁ。……あれ、それって御影君が抱き着かれたままなのを継続するって意味?」
「この体勢を維持したままどうやって移動するか。それが問題だ」
「ええい、まどろっこしいぞ」
ユウタロウが息荒く近づいてきて鍬のように槍を振りかぶる。まさか、女妖怪を始末するつもりかと一瞬勘違いしたが、槍は俺達の足元へと突き刺さった。
梃子の原理で俺達ごと地面が浮く。浮いた地面の下にユウタロウは手を突っ込むと、俺達を持ち上げる。女妖怪の影に釘を刺したままにするためなのだろうが、脳筋な解決法である。
その辺に転がっていた台車を乱暴に足で起こしたユウタロウは、俺と女妖怪を放った。
『――組み付いていた所為で見えなかったが、仮面の男以外にもブタの妖怪がいた。クソ妖怪共め!』
「痛てぇ、ユウタロウ。もう少し、丁寧に扱ってくれ」
「運ばれるだけの荷物が喋るな」
目指すは女妖怪が助けた人間を集めているという東の山だ。
クゥが台車に乗ると、ユウタロウが台車を押す位置でアフターバーナーを点火した。木材が大地によって削れられる嫌な音を響かせながらも、高速に移動する。
山が近づくと明らかに異変があった。
「ユウタロウ。この台車、大丈夫なのか!? 破片が飛び散っていないか!?」
……いや、そっちの方も気になるが、別の異変だ。
百人近い気配が山の麓に集まっていたのだ。壁村にしては『魔』の量が多い個体が多い。
自由に動けるクゥに前方を確かめてもらう。目が良くていつも一番に敵を発見してくれるので何が起きているのか分かるはずだ。
「ぐえぇーっ、酔ったぁぁ」
役立たずな村娘めが。
とりあえず、確認のためにユウタロウブースターに停止を指示する。
「台車が完全に分解するぞ。小娘は俺が掴んでおく。お前は……まあ、飛んでも自力でどうにかなるだろう」
「おいッ、ユウタロウ!」
ユウタロウに押されて荒野を疾走していた台車であるが、無理やり押されていただけあって相当のダメージが蓄積していた。
真っ二つに割れた台車から空中へとリリースされていく俺。俺を掴んでいた女妖怪も一蓮托生で空を飛ぶ――影で縫われた地面もまだくっついている。
回転も加わり、ライフル弾のようにクルクルと回った。
落下予想地点は、件の気配が集まっている中心部だ。
山狩りにあった在野妖怪の一団は、土地勘ある州軍の誘導に易々と引っかかる。下山した先で待ち構えていた州軍本隊とぶつかった。
戦闘は小規模にとどまる。戦闘要員がそもそも少なかったらしく、全員が捕えられている。
「おい、妖怪に徒人も混じっていたぞ。どおりで弱ぇと思ったぜ」
「マジかよ。妖怪と徒人が一緒に戦っていたってか。笑い話にしかならねぇ」
踏みつけられた格好で制圧された在野妖怪。
州兵に外套を剥ぎ取られた者の一部は在野妖怪ではなく徒人だった。徒人と妖怪が一緒に行動し、州兵と戦いさえする。同僚に話したところで誰も信じない異常事態に、州兵共は馬鹿笑いだ。
「どういう奴等だ??」
「さあな、どうせ始末するから気にしても仕方がねえけどな。ただ、その前に……ちょっと摘み食いしてから殺すぞ」
「州兵ごとき、姉御が帰ってくれば。うッ」
「ちょっと黙っていろよ。舌を抜いて味見してやるから」
「ううッーー」
窮地に陥った在野妖怪一行。皆殺しされる一行だ。口を無理やり開かされて、舌を引き抜かれる程度の拷問で妖怪が終わらせてくれるはずがない。
……ただし、然しもの妖怪共も加速させた後、回転も加えて脳天より地面に叩きつける系の拷問は考えつかなかったようだ。
遠くより飛来してきた仮面の男が土地に激突して、ぐったりと停止する。そんな拷問を目撃した州兵は全員、昔のOSごとく思考のために停止した。
仮面の男と一緒に飛んできた女妖怪の方は、舌を抜こうとしていた妖怪の背中に激突したのでまだ衝撃は少なかった――なお、角を背中に刺されたためクッションとなった妖怪は死亡。
「く、クソが。首が痛てぇ。仮面野郎は絶対に許さ……体が動く? 術が解けたのか!」
「姉御ぉ、姉御が戻って来たぞっ!」
首の骨を鳴らして調子を確かめていた女妖怪は周囲を見渡して、すぐに状況を把握したらしい。まだ思考中だった州兵に掴みかかってそのまま投げ飛ばしている。
「州兵ごときが汚ねぇ手で、俺の仲間を触るな!」




