7-10 触れ合う二人
抗議されても、切ってしまったものは仕方がない。というか、人をペシャンコにするパンチをしてくる奴が角くらいでいちいち言うな。
「絶対許さねえ! 俺、お前、殺す!!」
頭に血を昇らせたアドレナリン増し増しの攻撃ほど、空振りさせた時の隙は大きい。反撃するには絶好の機会……と言いたいが、俺もエルフナイフを折られている。互いに無手であれば、怪力の女妖怪の方に分がある。
女妖怪は俺を逃がさないように組みついてくる。重機のごときパワーがあるので、首を絞められなくても腰を締められただけで歯磨き粉チューブのような死に方をしてしまうだろう。
「親しくもない男に抱きついてくるな、痴女め。ささやかなのが当たってくるぞ」
「どこがささやかだ。し、シネッーー」
絞られる前に対処しよう。
俺に抱き着き逃がさないつもりだったのだろうが、それは女妖怪に対しても当てはまる。近距離にある女妖怪の影へと向けて、『暗器』で取り出した釘を指の振りだけで投げつけた。
影が釘によって地面に縫いつけられて止まる。
影が止まれば、本体たる女妖怪の体もつられて停止する。
「宝貝『鑽心釘』とか言ったか。三大仙からの鹵獲品で、影縫いの妖術が付与されている釘だ」
あまり良い思い出のない釘であるが、村人のリウでも使えたくらいに扱いは簡単な宝貝を利用しない手はない。
影を釘に縫われた女妖怪は俺の腰に両腕を回した密着状態で固まった。ナイフも刺さらない岩みたいな体をしている割には、抱かれ心地はちょっと暑苦しいくらいで悪くはない。
「寝る前に投擲練習をしていた結果が出た」
「ねぇ、御影君。抱き着かれてから釘を刺す必要はあった?」
「やはりまだ練習が足りないからな。危険だが、妖怪を接近させるしかなかった」
クゥとユウタロウの二人が、いつの間にか背後に現れている。攫われた村人達を追跡してくれていたようだが、途中で逃げられたらしい。
となれば、この女妖怪は貴重な捕虜である。
村人達の行方をじっくり丁寧に聞き出さねばなるまい。
「さあ、お前達のアジトの場所を教えるんだ。妖怪に黙秘権はないぞ」
捕らえた女妖怪の口は固い。孤立無援となって俺達三人に囲まれて尋問を受けているというのに、精神的にタフな奴だ。
「黙っていても状況は変わらないぞ。いや、むしろ、立場は悪くなる。少しでも心証を良くしておかなければ、お前は助命さえ請えない。生殺与奪は俺達の手の内だ。くくくっ」
たっぷりと脅迫を込めた口調で教えてやっているというのに、女妖怪は一言も喋らない。在野妖怪は自己保身を一番に考える生き物のはずだが、こいつは仲間を売らない、なかなかに殊勝な奴だ。その心意気に免じて、お前の取り調べはより丁寧にしてやろうではないか。ぐふぇふぇ。
「どこまで耐えられるか楽しみだが、村人達の救出も急ぐ必要があるのが悩ましい」
「……ねぇ、御影君。その釘を刺したままだと喋る事もできないんじゃ」
「おおっ、忘れていた」
「それと、抱き着かれたままなの、止めたら?」
喋る事さえできないのだから、抱き着き状態も継続している。近場で見ると木を素手で素材にする筋肉クラフターと原木の画なのだが、遠くから見た場合は遠距離恋愛中の男女の久しぶりの抱擁に見えなくもない。
仕方がないので影に刺した釘を抜くようにクゥに頼む。俺は抱えられていて手が地面に届かないので。
「ゆっくりだぞ。ゆっくり抜い――」
「――腐れ野郎、死ねオラァッ」
「――抜くの中止ッ。ぐふぇ、ノー・ウェスト!」
カミツキガメの熱いベーゼのように女妖怪は腕を絞めた。そろそろ一サイズ小さいズボンでは済まなくなっている。
俺を見上げる顔は角もあって鬼のようだ。釘を刺したままでなければ危険だ。けれども、それだと供述させられない。
「困ったぞ。こいつどうしようか」
「面倒な事にしたのは御影君でしょうに」
「ふん、無防備な内に始末する」
「いや、ユウタロウ。始末したら村人を探せないだろう」
急がなければならない。村人の安全もそうだが、自然が俺を呼ぶまでに解決しなければならない。いくら暑くても、摂取した水がすべて汗になる訳ではないのである。
釘を刺した状態で女妖怪と意思疎通できる方法が必要だ。
いちおう、『既知スキル習得』経由で使用できる『読心魔眼』であれば心を読める。が、妖怪は心の中さえ偽れるので、読んだままを信じる事はできない。何が嘘で何が真実か、慎重な判断が大切だ。
「『既知スキル習得』発動。対象は妖精職の『読心魔眼』」
上目遣いに睨むという器用な女妖怪の目に注目する。すると見えてくるのは心の声。
『――死ね、てめぇッ――』
柄の悪い心の声が見えてくるな。スキルは問題なく使用できているので、俺から話しかけて意思疎通してみる。
「降伏して大人しく手を離せ」
『――死ね、てめぇッ――』
「今なら捕虜として扱ってやる」
『――死ね、てめぇッ――』
本当にスキルは問題なく使えているのだろうか。同じ心の声しかリピートしていない。
「村人を連れ去った場所を教えろ」
『――馬鹿が、誰が教えるか。ここから東に行った先にある山が合流地点だと絶対言うか――』
「……んー?」
妖怪の嘘、だとは思われる。ただ、妖怪の嘘にしては稚拙だ。在野の妖怪だからだろうか。
「東に行った先にある山?」
『――てめぇっ、どうして東を見る。そっちじゃねぇ――』
「山か。山ねぇ」
『――そっち見んじゃねぇ! この州で助けた徒人を移動させるために、一か所に集めてんだよ。妖怪に知られたらマズいだろうが――』
とある山を囲むように、妖術で気配を消した州軍正式装備の妖怪が集まっている。
「――州兵、配置につきました。賊共は袋に入ったネズミも同然です」
「愚かな在野共よ。官吏に逆らいやがった無能にはお似合いの死に方をさせてやろうぞ」
「奪われた徒人はどうしますか? それなりの数がいますが」
当たり前の事を聞く、と州兵を率いる州司馬は疑問形で答える。
「どうあれ、徒人も逃げたのであろう。ならば、皆殺しが適切であろうて。一人として逃がすでないぞ」




