7-9 角
「在野が官吏を襲う事があるのか?」
「官吏を襲うくらいなら壁村を襲う方が簡単だし、安全だと思うけど」
「その通りだよな。だったら、何であそこの在野共は嬉々として官吏を襲っている??」
在野妖怪の奇襲は成功していた。
装備の面では徴税官側が整っていたものの、それを活かす事なく倒されている。先陣を切った有角の妖怪が矛をうまく使って前衛を仕留めまくったというのも、奇襲成功の大きな要因だ。
「俺達に被害なし。徴税官ごとき余裕だぜ」
「徒人を確保したぞ。数は十三人。壁村二つからの徴税だ」
「よーし、お前等、偉い。当然、全員連れて帰る。落ちている武器もすべて拾えよ。鎧も死体から剥ぎ取れ。使えるもんはとにかく持ち帰る」
「へーい、姉御」
なかなかに手慣れている在野妖怪だ。官吏への襲撃も一度や二度ではないのだろう。奇襲開始から五分以内に制圧完了し、戦利品の回収に入っている。
「って、見ている間に村人が連れ去られている、御影君!」
妖怪同士が潰し合って減るのを静観していたが、在野の無駄のない動きに少々、出遅れた。荷台の村人達が道を外れた方向に運ばれようとしている。
ユウタロウをクゥの護衛として残して俺だけ先行するといういつものパーティー隊列を採用する。
音を立てずにエルフナイフを取り出した。『暗躍』しながら、在野妖怪へと一気に近づく。
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“『暗躍』、闇に生きる者のスキル。
気配を減少させて、発見確率を下げる事が可能。多少派手に動いても、何だ気のせいか、で済まされるかもしれない”
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「姉御、輸送用の妖魔も連れて帰――」
「後ろだッ、バカ野郎!!」
背中を向けていた妖怪から倒すつもりだったはずが、一体、聡い奴がいる。いくらカモフラ率の悪い日中とはいえ『暗躍』をカンで見破っている。更には俺の『速』にも対応してみせて、矛で突いてきやがった。
矛の串刺しを避けるため、緊急停止する。
「すまねえ、姉御。徴税官がまだ残っていたのか」
「そういう風には見えねぇな。……前言撤回だ。お前等、荷物は諦めて置いて逃げろ。だが、徒人だけは必ず持ち帰れ。時間は俺が稼ぐ」
「姉御だけが残るつもりですか!」
「俺を誰だと思っていやがる。お前等に心配されてたまるか、行け!」
何というか、こうも仲間想いな行動を見せられると、俺が悪者になった気分である。
村人達の救出に向かいたかったが、鋭利な穂先が許してくれない。一人残った妖怪はなかなかの手練れだ。
妖怪は人間に近い外見をしながら、側頭部より伸びる牛のような角という決定的な差を有している。角の色は黒く、鉄のように固そうだ。
矛を操る細身の体はしなやかさがあり、強靭さも秘めている。背丈は小さいのに威圧感を覚える。
目付きは闘牛のごとくギラギラとしており、牙のような歯もギラリと並んでいる。一定の迫力はある……のに、何だろう、この唐辛子が甘かったかのような違和感。
「良い動きしやがるな、仮面の。そこいらの妖怪にしちゃ、動けるじゃねぇか。それともこの州の兵士か?」
「俺は人間だぞ」
「そんな趣味の悪い仮面をつけた徒人がいるかよ」
失敬な。某密林通販で誰でも購入可能なベネチアンマスクだから、俺以外にも、パーティー会場かヴェネツィアに行けばきっと付けている人間がいる。
「いや、そういえばバカ親父が仮面について注意するように言っていた気がするが……完全に聞き流していて覚えてねぇ。仕方ねえから、オラ死ねっ!」
大雑把な大振りに見えてかなり素早い。武芸を嗜んでいる奴特有の無駄を削ぎ落した動きである。
妖術や宝貝を好む妖怪にしてはパラメーターも普通に高い。矛の間合いに入ったまま避け続けるのは無理そうなので、後方に跳んで逃げる。
「逃げんなッ」
「うお?!」
未練なく投擲された矛が頬を掠めた。
矛を投げた本人も遅れて跳んできたかと思うと、問答無用で殴ってくるから驚きである。
カウンター狙いでエルフナイフをかざした。が、妖怪の胴に刃先は刺さらず岩に当たったかのような感触が手元に伝わってくる。と、押されるがままに刃がひん曲がる。
「ちょっ。一品ものなんだぞッ、『暗影』!」
回避のためというよりもナイフが完全破壊されるのを嫌って空間跳躍したのだが……駄目だ、大きく曲がって手遅れだ。黒曜より譲り受け、黄昏世界に来てから愛用し続けていたマイウェポン。約三か月弱の付き合いでした。
馬鹿みたいな強度の妖怪は俺が立っていた場所を殴って空振りして、地面を殴っている。間違いなく手を痛めるであろう一撃は、手ではなく大地を砕いていた。
「いつの間に背後に。虫かよ、てめぇ」
「待て待て待て。いろいろツッコミたいが、とりあえず一つ。武器を使う必要ないだろ、お前! 殴るなり掴むなりすれば、ほとんどの妖怪がミンチだ!」
「ああっ? 返り肉片を洗うのがいちいち面倒だろうが」
在野で遭遇するにしては凶悪が過ぎる。こいつの『力』と『守』、俺を超えていないだろうか。そんな簡単にレベル100の人間のパラメーターを上回らないで欲しい。
妖怪は人を騙す生き物であるが、こいつのようにフィールドエンカウント詐欺もしてくるのか。雑魚モンスターに擬態しているが実は強敵。なるほど、有効な作戦だな。
……そういえば、蟲星の中にもそんな奴がいて、皐月が酷い目にあったような、そうでもないような。『既知スキル習得』で使えるスキルが増えた気がするなぁ。
それはそれとして、戦闘中のイレギュラー。こいつはどうしよう。
「……女っぽいから効くか」
妖怪の性別はあまり気にした事がなく、これまで遭遇した妖怪はほぼ男性型。
ただし、この妖怪は珍しく女性型だ。骨格やチューブトップという服装、姉御と他の妖怪から言われていた事よりの推察なので、実は女装という可能性もなくはないが。
「次でグズグズにきめてやっからよ。大人しく死ね」
今は女だと仮定しよう。乱暴な言葉遣いを男女かかわらず使う黄昏世界のジェンダーレスは進んでいる。
再び殴りかかってくる女妖怪に向けて、異性特効スキルたる『吊橋効果(極)』を発動させる。
ただ、スキルを工夫なく使っても――黒曜を通じて広く宣伝されているであろう俺のスキルが――妖怪共に効くとは思えない。別の手段も用意しつつ、大きく曲がって役立たずになったエルフナイフを牽制のためだけに振るった。
「『吊橋効果(極)』発動!」
「そんな曲がった短剣でどうするって、俺の角で完全に折ってやって……はっ?」
まるで、『吊橋効果(極)』のチャームが普通に決まり、パラメーターが激減したかのごとく動きが鈍くなる女妖怪。
そして、特にどこを狙った訳でもない曲がったナイフは、丁度、近づいてきた女妖怪の角と衝突して、相討ちとなって互いに折れていく。
右の角を半分未満に新調した女妖怪は動きを止める。ぎこちなく頭を動かし、角の長さの視認を試みようとしている。頭を動かせば角も動くので見えるはずもない。ただし、足元に転がっている角の切れ端は消えも隠れもしていない。
「おま、おまっ! 何してくれてんだッ。この角、どうパ……バカ親父に説明するんだよ!!」
動揺する女妖怪は角を拾って、俺を非難してきた。が、非難の方向性が生死をかけたものとはやや異なるような。




