7-6 召喚試行
太陽が山脈より全身を現して、朝が来た。
暑苦しい朝であるが、襲撃だらけだった夜を生き延びられたという証である。
気配を消して岩陰に潜んでいるものの、警戒しているだけでは意味がないような気がしている。昨夜は呼んでもいないのに妖怪が次から次へと集まって来たので、間違いなく位置情報がバレている。
気配を消すのは得意でも気配を探すのは不得意だ。追跡者がいたとしても発見は難しい。
あるいは、遠隔地を見通す魔法の水晶みたいな妖術を使われていた場合、正直お手上げである。
「黒八卦炉の宝玉のテストもかねて、頼んでみるか」
以前の街で、バッテリー切れを起こしたスマートフォンのように機能停止していた黒八卦炉の宝玉。それが今朝になって復活していた。何となくでしかないが、手に持った時の炎の噴出度合いでバッテリー残量が分かる感じだ。
この真っ黒い球を経由して皐月が現れたと聞いている。再び現れてくれるかは分からないものの、それを試すという意味でも今呼ぶべきだ。
「皐月にご登場を願おう。魔法使い職なら妖術へ対策を期待できる」
「望んだ相手を任意に呼び出す、なんて奇妙な謎の玉自体が期待できるの?」
「それもこれから試す」
前例はまだ一度のみ。本当に人を召喚できるのか確証を得ておきたい。
確実に召喚可能と分かれば、もしもの時の頼みの綱になる。さすがに世界樹と混世魔王のサンドアタック中に呼ぶ無茶苦茶はできないだろうが。
黒八卦炉の宝玉を管理しているクゥより受け取った。熱さも感触もない黒い炎が腕に絡みつく。
「そこそこ絡みついたら、願う感じで。……うん、そんな感じ」
「頼む、来てくれぇー」
レクチャーを受けて、玉に願う。
すると炎が上空へと昇って分岐した後、楕円となる。円の中央部分は色を失い、藍色に変わった。
世界を越えるという特性から連想されるものはスターゲートか、通り抜け〇―プか。とりあえず、仮称を炎のゲートにしておこう。
炎が強まると共に、炎のゲートの内側より人間の手が現れる。
「おっ、皐月が来てくれた――」
女性の細い手だ。
皐月が来てくれたと判断しかけたものの、顔まで見えた瞬間に訂正する。
「――って、皐月じゃない。ラベンダーかっ!」
「――うん、なんか、私でごめん。うん、天竜川最弱で、なんかごめん」
「別にそういう訳ではない。いや、久しぶり」
「聞いていたよりも元気そうで良かった。今回は火急の要件ではなさそうだったから、私かアイサが候補に挙がって、魔法使いを望んでいそうだったから私が選ばれたんだ」
世界を越えて登場した彼女は炎の魔法使いの皐月ではない。どうやら、確定ガチャではなかったようだが、彼女も俺が知っている魔法使いである。
土の魔法使い、ラベンダー。本名は上杉秋。
髪型はウルフヘア。一見すると男装が似合うタイプの女性なのだが、プロポーション的に難しいタイプでもある。
自己評価が低いのは相変わらず。属性が土なんて四天王最弱、と妙な事を呟いている。
紫色のノースリーブなタイトドレス、という魔法使い職にしては魅了度の高い服装も以前までと同じ。ただ、コウモリ羽のようなマントを追加装備しての登場である。
「レベルが低い人間ほど長く滞在できるかの実験も兼ねているんだ。レベルが低くても、優太郎先輩はさすがに辞退していたけど」
ラベンダーは何を言っているのだろう。ユウタロウならここにいるではないか。
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▼ラベンダー
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“●レベル:71”
“ステータス詳細
●力:19 守:34 速:31
●魔:329/329
●運:21”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●魔法使い固有スキル『魔・良成長』
●魔法使い固有スキル『三節呪文』
●魔法使い固有スキル『魔・回復速度上昇』
●魔法使い固有スキル『四節呪文』
●魔法使い固有スキル『五節呪文』
●魔導師固有スキル『魔・消費半減』
●魔導師固有スキル『術研究速度上昇』
●実績達成ボーナススキル『エンカウント率低下』
●実績達成ボーナススキル『土魔法皆伝』
●実績達成ボーナススキル『呪文一節省略』
●実績達成ボーナススキル『土属性モンスター生成』
●実績達成ボーナススキル『野宿』
●実績達成ボーナススキル『成金』
●実績達成ボーナススキル『破産』
●実績達成ボーナススキル『一発逆転』
×実績達成ボーナススキル『不運なる宿命』(非表示)(中断)
●実績達成ボーナススキル『精霊魔法学習』
●実績達成ボーナススキル『異世界渡りの禁術』
●実績達成ボーナススキル『悪魔の発声法』”
“職業詳細
●魔導師(Dランク)”
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ラベンダーが黄昏世界にいられる推定時間は十分以上、一時間未満という予測らしい。
「皐月が十分くらいだったから、レベルの低い私ならもう少し長く滞在できるかも」
「それでもたったの一時間か、余裕がある訳ではないな。こちらの状況について、詳細をメモで渡せればよかったんだが、この世界、紙がないから」
口頭ではうまく伝えられない事もある。できれば書いたものを渡したかったが、妖怪共も紙をほとんど使っていないので、紙の入手先がない。
用意できるとすれば竹か皮になってしまう。あるものを利用するしかない。
「そう思って、スマートフォンを持ってきたから。日記アプリもインストール済み」
「おお、助かる」
「ただし、通話機能は封じている。下手に使うと盗聴される可能性が高いってエキドナ様が」
「えっ、エキドナ?? いるの、そっち?」
「今は地球の管理神している。御利益のある方の管理神様」
ラベンダーが手渡してくれたスマートフォンは機内モードが切れない状態になっていた。オフラインでのメモ、写真や動画の撮影、だけであれば差し支えはない。
次に誰かを召喚した際にスマートフォンを渡し返す事で、黄昏世界の詳細を向こう側に伝達できるという訳だ。
「今回、私の目的は滞在時間の計測とスマートフォン、それにもう一つあるのだけど、御影の用事を先にすませよう。魔法使いを所望した理由は何かな?」
天竜川魔法使いの中では、火力で一歩劣るのがラベンダーであり、本人もそちら方面に自信はない。
ただし、火力以外についてはむしろ一歩秀でる。火力投射装置ではなく、真の意味での魔法使いがラベンダーである。今回現れてくれたのが彼女で良かった。
魔法以上に妙な効果を発する妖術にも、ラベンダーならば対応できる。
「妖怪共が正確に俺達の位置を特定している。妖術が使われていないか確かめてくれないか?」
「……ああ、なるほど。確かに付けられている。――串刺、尖石陣」
軽く二節の呪文を唱えたラベンダーは、指を鳴らした。
すると、周囲の物陰、数か所の地面より円錐形状の石が伸び上がる。石の尖端はネズミやトカゲといった小動物、より小さい羽虫も正確に貫き、天へと掲げた。
「使い魔を複数付けられていたから潰しておくよ。人探し系への妨害は、移動中に進めようか。――創造、構築、土精力車」
更に詠唱したラベンダーは、その場にある土を材料にしたゴーレムを製造する。
ゴーレム生成はラベンダーの十八番であるが……今回、製造されたゴーレムは客車を引いていた。屋根付き、長椅子付きの客車。ユウタロウ込みの四人でもスペースは十分だ。
徒歩移動かユウタロウ移動がメインだった黄昏世界に、魔法による文明開化が訪れた。
「移動しながら追跡への対抗呪文を使ってみるから。さあ、乗って」
「黄昏世界で歩かず移動できるなんて」
「喜んでもらえたのなら、ゴーレムに『魔』を多少備蓄させてから戻るようにしておくよ。私がいなくても二、三日は使えるはずだから」
ラベンダーが頼もしい。言ったら魔法で何でも解決してくれる勢いである。




