7-5 パンじゃ……
山の頂上より転がり落ちるドラム缶みたいな、ミシンで使うボビンというか。妙で巨大な物体を呆然と眺める俺達。
妖怪が蔓延る世界であっても、いや、妖怪が蔓延る世界だからこそ、その工業的なデザインは異質である。
「混世魔王まで到着か。妖怪共と世界樹との挟み撃ちとなれば、さすがのお前もここまでだ。……結局、お前は俺を思い出せず終いか」
「えっ、あれが混世魔王なのか。いやいや、巨大になっているが、あれってどう見てもパンジャ――」
「混世魔王で間違いない。人類に対する怨嗟の炎が見えるだろう」
「失敗兵器が魔王??」
『――笑ったなッ。失敗作と我を笑ったか! 人類ごときが!!』
==========
“『人類断罪権』、罪深き人類を断罪するスキル。
本スキル所持者に対し、現在進行形で不当な罪を犯している人の類が知覚範囲に存在する場合、『力』を一割×人数分、強化する”
“取得条件。
人類に復讐する権利を有する者のDランクスキル”
==========
==========
▼車輪の混世魔王 偽名、修蛇
==========
“●レベル:???”
“ステータス詳細
●力:10000 → 11000
●守:1
●速:89”
==========
山の急勾配を重力に従って転げ落ちるだけだった謎の車輪が、その輪より等間隔に火花を発して加速し始めた。ロケットの推進力で無理やり車輪を回している。無理やり感がある推進だが、大質量の速度は確かに増していた。
馬鹿みたいな速度で巨大質量が向かってくる。それだけでも脅威であるが、回っている二つの大車輪を接続する野太いシャフトが意味深だ。
仮にシャフトの中身に大量の火薬が詰まっていたなら、目標に衝突した瞬間に大爆発を起こすだろう。自爆型の魔王。それが車輪の混世魔王の正体だ。
『最終加速。これにて、人類に復讐を達成せん!!』
「こっちに転がって来るっ?! ほら、緊急脱出装置の役目を達成しないと、ユウタロウ君」
「今やっている。急かすな!」
ユウタロウに乗っての飛行が間に合ったとしても、背後より迫る世界樹の女がそれを阻む。地中より飛び出る巨大根を手の平のように広げて、俺達を握り潰すべく接近中だ。
前門の混世魔王、後門の世界樹。
俺達は追い詰められたのだ。
「伏せて耳と口を塞ぐんだっ、二人共。パンジャ……混世魔王は当たらない!」
==========
“『フォーティテュード作戦』、失敗前提、いや、失敗を目的とした作戦が元となったスキル。
本スキル所持者の行動は――失敗する”
==========
山を完全に降りた車輪の混世魔王は、勢いそのままに俺達へと直進する……つもりだったのだろうが、途中にあった岩に車輪が乗って巨体を跳ね上げた。
ピンボールみたいに上手く空を跳ぶ。黄昏世界でなくても異質かつ巨大なドラム缶は、俺達さえも跳び越える。
予測される着弾地点は、背後より接近中だった世界樹の女だ。
「――はっ?」
『――爆散!!』
理解の追いついていない世界樹の女に直撃した車輪の混世魔王は、衝突と同時に内包する全爆発力を解放した。
周囲の色と音が一掃される。
世界とはこんなにも淡泊だっただろうか、という疑問さえ掻き消えた。
伏せていたというのに体が衝撃波に浮く。レスラーの体格を有するユウタロウに支えられていなければフライアウェイだ。
視界が戻ると同時に背後を確認した。聴覚は耳鳴りがして使い物にならず、脳は揺さぶられて酩酊していたが、敵集団の結末を早く知りたい。
「マジか。キノコ雲とクレーターしか見えないぞ」
戦術核に匹敵する爆発の痕跡を目撃しては、戦慄する事しかできない。
世界樹の根は根こそぎどこかに消えてしまって残っていない。もう少し奥には妖怪集団もいたと思うが、おそらく全滅してしまっている。
動く者のいないクレーター。
生きている者も当然いない。
「……いや、いちおう、混世魔王は『正体不明』だからな。正体を暴いていない状態では死ねないか」
自爆した張本人の混世魔王も粉々になったはずである。が、それでも、正体の分からない謎の魔王は、煙の向こう側で今も回転している。死という避けようのない出来事さえも、『正体不明』のベールによって隠された結果だ。
とはいえ、さすがに無傷とはいかないらしい。中央シャフトからは黒煙をもうもうと吹きつつ、車輪は油の切れた玩具のようなぎこちない動きを見せていた。
『……次こそは、次こそは復讐するべき人類に大爆発を』
混世魔王はそのまま撤退するらしい。
敵戦線が崩壊しているので、俺達にとっても撤退の好機である。
「かなりのダメージが入ったはずだが、主様と同じならすぐに扶桑樹は復活する。そろそろ、逃げられるだろ、ユウタロウ」
「ふん。方向は東でいいんだな」
俺とクゥ――静かだと思えば失神中――を乗せたユウタロウがブースターを起動して急速移動を開始した。
地平線の向こう側に隠れるまで爆心地を監視していたが、世界樹が復活した兆候は最後まで目視できなかった。
――黄昏世界 東の最果て、扶桑島にて
黄昏世界のどこよりも早く太陽が照る細長い島、名を扶桑という。
その島は植生が壊滅している黄昏世界において、唯一、植物に富んでいると言われている。事実、単一種のみであるが異常繁栄している。小さな鉢植えに植えられた園芸植物のごとく、島の端から端まで根が狭苦しく茂っている。
「いつもの灼熱宮殿への出席、神様へのご挨拶にしては長かったですね」
その植物の名は扶桑樹。島の中心に聳える世界で最も巨大な木、幹が二つに分かれて螺旋となった世界樹である。
根はすべて世界樹のものだ。強過ぎる日光により枝の多くは枯れてしまって枯れ木のようだが……街を潰せるサイズの根が地中より現れて動いている。生きているようだ。
世界の安定成長を願って創造神が自ら植える植物が世界樹である。膨大な回復力を蓄積する巨体は、多少の環境変化で倒壊するものではない。
いや、黄昏世界は世界樹にとっても過酷である。ゆえに、根は栄養を求めて島の隅々まで伸びているし、島に住んでいた他の動植物はすべて養分として吸われて絶滅してしまった。
「目を離してあげていたのに、たった数里しか前進できていない奴が、うるさいのよッ」
動く巨大根が、八つ当たり気味に振られる。
根が破壊せんとする先は、不気味な事に扶桑樹ではない植物のコロニー、花が咲き乱れる平原である。血のように赤くて毒々しい色合いの花園を潰すために、根は振られた。
……ただし、花園に到達する寸前に根は硬直する。紫に変色、細く枯れ、早送りされた動画のごとく分解されていく異常現象が起きる。
世界の植物たる世界樹が枯らされたのだ。明らかな異常現象である。
「――世界樹を滅ぼさんがために救世主職となり、この荒廃した世界にやってきた私を前に余裕ですね。扶桑樹」
赤い花の正体は、彼岸花だ。
儚い印象の花である。たった一本の茎に、細かな花弁が並ぶだけ。彼岸という名前も哀愁を誘う。
そんな花が世界樹を枯らしたという。
「半世紀、拮抗するのが限界の救世主職ごときが、粋がるわね」
「今日は前進できました。それは私の花と拮抗する貴女が、不用心に島外でダメージを負ったからです。月に召喚されし我々が決戦を挑んだ日より半世紀、長いものですね。私以外の救世主職は敗北したと思っていましたが……島の外では何か変化がありましたでしょうか?」
「黙れッ!!」
赤い花園の中央に佇む黒衣の少女に見透かされた。
五十年も前に負けた勢力の残党ごときに見透かされた事に怒る扶桑樹は、根を増やして花園を破壊しようとする。が、すべて枯らされて散っていく。
==========
▼扶桑樹
==========
“ステータス詳細
●HP:11822810374 → 11702707374/1099511627775(毒状態により回復効果激減、『HP』割合スリップダメージ継続)”
==========
「私が毒殺したい世界樹は貴女と比較すれば若木です。けれども、悲劇を理由に平凡に狂った女と比較すれば、より狡猾な存在です。貴女ごときに時間をかけてはいられないのです」
「エデンの東に幽閉されている小娘が挑発できるか、この扶桑樹を!」
「……まだ島の外で誰かが黄昏世界の滅びに抵抗しているのであれば、ここで私が貴方と戦い続ける意味は、まだあるのでしょうか」
扶桑樹を挑発しながらも、黒衣の少女の瞳は虚ろに見えた。
「私……毒花の魔法使い、ヒガンバナの戦いに、意味は残されているのでしょうか」




