7-4 黄昏世界だよ、敵集合
過去に戻った時間をすべて総計しても二十秒以内の出来事だったというのに、濃密が過ぎた。息が苦しい。心臓が痛い。体は無事でも精神的な疲労に臓器が追いつかない。
「はぁ、はぁ、クソ。突然現れて、何だったんだよ、アイツ」
「御影君が私を蹴った件について」
「レーザー切断死よりもマシだろ。無茶を、するな」
「あー、うん、ごめん」
妖怪の一種だったのだろう。機影は遠くなっており確かめられない。
何かの実績達成をしたので得るものはあった、というには状況が悪い。戦っている敵がいるというのに『魔』を消費し過ぎた。
「太乙真人め、人形をよこして邪魔をしてくれた。どうする、兄ジャ」
「いや、弟よ。人形めは救世主職の反撃で手痛く追い返されている。良い気味ではないか。……しかし、邪魔は人形だけではなさそうだ」
金角銀角にとっては攻め時であるが……何故か、兄弟は攻めてこない。むしろ、少しずつ後退していた。
「俺達兄弟は巻き込まれるつもりはないゆえ後退する。無理だとは思うが、救世主職は無事に生き残って、次こそ俺達に狩られるがよい」
どういう意図の発言だろうか。問う暇なく、兄弟妖怪は消えていく。
嫌な予感しかしないので俺達も撤退しようとしたのだが、全方向より隠す事もなく『魔』が近づきつつあった。
「ひゃははっ。情報通り、三人組がいるぜ。本物の救世主職なら、狩って官吏に昇格だ!」
「救世主職は俺達の獲物だ、邪魔をするな!」
「ブタの妖怪と徒人の女もいるな。奴等も当然喰うんだよな」
雑多な装備の在野妖怪共が百体近く、丘を越えて現れる。大して強そうではないので、足止めに利用されているのだろう。
「先を越されたかと焦ったものですが、僥倖、僥倖。まだ救世主職は顕在と」
「白骨夫人め。誰彼構わず情報を流したな」
「しまった。州兵を連れてきた分、到着が遅れたか」
在野妖怪とは別に、上級妖怪らしき奴等も集まってきている。アイドルの地方ロケを嗅ぎ付けたファンでもないというのに、続々と数を増している。地響きが形成される数の妖怪が周辺にいるようだ。
「お前がアイドルだと。せいぜいが魔獣寄せの餌だろうに」
「そうなるとユウタロウも付け合わせ扱いだぞ。……とりあえず、逃げよう。ユウタロウに捕まるぞ、クゥ」
背中から火を噴いて加速可能な一般大学生たるユウタロウは、もしもの時の緊急脱出装置である。このために温存しておいたので、しっかりと働いてもらいたい。
クゥと俺を肩に乗せて、ユウタロウは背の燃焼を開始する。
「突破し易そうな方向は、在野妖怪しかいない西側だ。が、まあ、罠だろう。上級妖怪共が集まっている東側を抜けて敵中突破だ」
「……ちょっと、ごめん。地響きなんだけど、どんどん真下に近付いてきていない?」
「小娘の言う通りだ。震源自体が接近しているから地震ではないな。どことなく既視感がある揺れ方だが、俺はどこで経験した?? 魔界でか?」
小動物と同じなのか、クゥは危険の接近に聡いらしい。妖怪共が集まる地響きだとしか思っていなかった振動が、不自然に強まっている。
「地下生物の襲撃か?」
「いや、この類似性は、地下茎の異常成長?! 馬鹿なっ、ありえないが……今すぐに上に飛ぶぞッ! 振り落とされたくなければ捕まれ!!」
ユウタロウは燃焼エネルギーの多くを、高度を稼ぐために使用した。巨漢と男女二人の黒い影が赤い夜空に弧を描く
俺達が飛んだ直後だった。
地面が広範囲に崩壊を開始。畳み返しのごとく地盤が跳ね上がった後に崩れて、憐れな妖怪共が多数飲み込まれていく。
土煙の向こう側を凝視する。と、大地を破壊した犯人と思しき太くて長い、大蛇のごとき異様を発見する。
「クゥ、サンドワームだぞ。だから、一番に察知できたのか」
「ミミズ専門家みたいに言わないでッ。食べるのが専門よ」
「あれがサンドワームであるものか! あれはッ、植物の根だ!!」
ユウタロウは馬鹿な事を言う。植物の根が動物のように蠢いて地下より現れる事はない。
現れるだけならまだしも、根の先を妖怪の体に突き刺して体液のすべてを吸い尽くすような真似を植物はしない。
「なッ、何だ、あれ。あんなの、まるで主様の根みたいな……」
「俺も信じたくはないが、根による地面からの急襲は主様の常套手段だ!」
海底ケーブル並の巨大根と比較すれば、妖怪共に襲いかかっているのはひげ根でしかない。ただ、槍や剣に相当する鋭さを有したひげ根が見渡す限りの地面より現れて襲撃してくるのだ。空へと逃げ延びていなければ、今頃、俺達も妖怪と同じように全身、串刺しになっていた。
空を飛んでなお、根は血を求めて追いかけてくる程に獰猛だった。
下から伸びる根を、ユウタロウの槍を借りて刈り取る。
「いや、そんな馬鹿な。主様は、もういない。俺が『暗殺』したんだぞッ」
刈っただけでは安心できない。根は死んでおらず、切り口から再生して槍の穂先に巻き付いてこようとしてくるはず。そのいやらしい攻撃手段を予想できたのは、以前に天竜が巻き付かれていた光景を見ていたからだ。
ユウタロウを加速させて、即時回復、即時成長する根からどうにか逃げ延びる。
「――あら、察しが良い。もう少しで絡みつけたのに」
嫌に耳へと届く、女の声。
ズタズタになった大地の中心部。蛇の巣のように根が動く最も危険な地帯で、長身の美麗な女が俺達に手を伸ばしている。
背中をすべて晒したオリエンタルドレスの女だった。獰猛なる根の中で形を保っているから、嫌に目立って仕方がない。
「お初にお目にかかるわよねぇ、仮面の救世主職、御影。私の名は、次代のためのゆりかご、湯谷の乳母、天の寝所、生命の木。色々言われていたけれど、最もよく言われる名前は……扶桑樹」
人間に見えるだけの女が、して欲しくもないのに自己紹介してくる。
「扶桑樹では分からない? 黄昏世界の世界樹と言えば理解してくれて?」
嫌な話を聞いてしまった。世界樹が黄昏世界にもあるなどと、聞きたくなかった。
「ちょっとねぇ、気に食わない噂を聞いたから、忙しい中、はるばるエデンの東より遠征したのだけど。別世界とはいえ徒人ごときが世界樹を一本、切り落としたというのは……嘘なのよねぇ? ねぇッ!」
「また世界樹が敵かよッ?!」
==========
▼扶桑樹
==========
“●レベル:101”
“ステータス詳細
●HP:11822810374/1099511627775(毒状態)
●力:141 ●守:100 ●速:1
●魔:4651/65535
●運:0
●陽:5”
“スキル詳細
●植物固有スキル『増殖』
●世界樹固有スキル『奇跡の力(残り百万回以上)』
●世界樹固有スキル『隠しステータス表示(HP)』
×世界樹固有スキル『世界を育むゆりかご』(無効化)
●妖怪固有スキル『擬態(怪)』
●妖怪固有スキル『妖術』
●妖怪固有スキル『嘘成功率上昇』
●妖怪固有スキル『魔回復(嘘成功)』
●妖怪固有スキル『斉東野語』”
“職業詳細
●世界樹(Cランク)
●妖怪(Aランク)”
==========
扶桑樹が、歯を露出させた表情で空を飛ぶ俺へと問いかけてくる。と、同時に、巨大な根を上空目掛けて伸ばした。
「主様の同類が現れるとは、因果だな」
「ユウタロウ、飛べ。もっと遠くへ!」
「これ以上は持続できん。一度、着地するぞ」
世界樹と戦う事など人生でもう二度とないと思っていたくらいなので、対策など一切考えられない。そもそも、主様はどうにか精神的にハメ殺せただけだ。まともに戦った場合は圧倒的な回復力と増殖能力の前に瞬殺されてしまう。
逃げなければならないというのに、ユウタロウ・ブースターは地上に下りてから再び点火し直さなければならないという。使えない男め。地面にハードランディングした瞬間、明後日の方向へと飛ばされたクゥをキャッチして転がる。
何もない荒野でラスボス級とエンカウントしてしまった。俺の天命は尽きたらしい。『運』パラメーターなどフレーバーだ。
「――いや、最悪というものに底はないらしい」
背中をぼぅっと赤く光らせたユウタロウは、難敵たる扶桑樹ではなく、その向こう側の南を睨んでいた。
山の峰がある。それだけだ。
……けれども、天然自然の背景に異物が映り込む。
山と比較すると馬鹿でかい。炎を纏った車輪? あるいはドラム缶? のようなモノだ。山肌を一気に駆け下りようとしている。
笑うな。
笑うな。
笑うな。笑うな。笑うな。
笑うな。笑うな。笑うな。笑うな。笑うな。笑うな。笑うな。笑うな。笑うな。笑うな。笑うな。笑うな。笑うな。笑うな。笑うな。笑うな。笑うな。笑うな。笑うな。笑うな。笑うな――。
失敗したのはお前達が愚かだった所為だ。失敗を前提として笑われるためだけに作り上げたのであれば、お前達が笑われるべきだ。真に笑われるべき失敗作の名は、人類。
人類は失敗作だ。
人類は報復を許容するべきである。
我が身が受けし苦痛は爆炎と嘲笑。愚かな物を作り上げた人類の馬鹿笑いに、炸裂する一トンの炎。
憎き人類に同じ苦痛を味わわせるまで、我が炎、決して消えず。
我が名は――。
曲がれば則ち、全し。我に失敗作の烙印を焼きつけた人類よ。我と同じく失敗作の烙印を大爆発により焼き付けられて死ぬが良い。
==========
▼車輪の混世魔王 偽名、修蛇
==========
“●レベル:???”
“ステータス詳細
●力:??? 守:??? 速:???
●魔:???/???
●運:???”
●人類復讐者固有スキル『人類萎縮権』
●人類復讐者固有スキル『人類断罪権』
●実績達成スキル『正体不明』(混世魔王オーバーコート中)
●実績達成スキル『おえらい????????』
●実績達成スキル『?????????作戦』”
“職業詳細
●人類復讐者(Dランク)”
==========




