7-3 二秒前から本気を出す
「こうして対面するのは久しいな、救世主職」
「お前等は確か……」
「兄ジャは金角魔王」
「そうさな。そして、弟は銀角魔王」
金角銀角の兄弟妖怪。妖怪の中でのネームバリューは一、二を争う奴等であり、この黄昏世界に西遊記の要素が混じっていると知れた切っ掛けでもある。感謝は特にしていないが。
人間を妖術の的にして遊んでいたので討伐を試みたのだが、逃げられた相手だ。
「紛らわしく魔王と名乗りやがって」
「職業の魔王と、高位の妖怪の尊称たる魔王を一緒にしてもらっては困るな、救世主職」
『魔王殺し』が効かなかったというのもあるが、黒曜と二人で逃がしている。実力はかなりのもの。妖術を多用してきた三大仙よりも上かもしれない。
「気をつけろ、クゥ、ユウタロウ! この兄弟は名前を呼んで、返事をした相手を吸い込む瓢箪を使うぞ」
「……あのねぇ、御影君」
「名前を呼んだ相手を吸い込む奴の前で、名前を呼んだぞ、お前」
「くくっ。マヌケな救世主職だ。これは少し慎重に行動し過ぎたらしい。宝貝の改造は完璧ではないが、マヌケが他の妖怪に狩られる前に狩ってしまおうぞ、弟よ」
「そうだな、兄ジャ!」
金の刺繍鎧の金角が瓢箪を取り出す、と俺達パーティーに向けてきた。
金角銀角の名前と同様に有名なのは、兄弟妖怪が使う宝貝である。
「仮面の男の仲間。《お前達の名前は、クゥとユウタロウだな?》」
==========
“宝貝『羊脂玉浄瓶・改』。
名前を呼び、返事をした相手を瓢箪へと吸い込む。吸い込んだ先は黄泉の世界に繋がっているとされているが、脱出できた者がいないため謎。底が知れないため、千人でも一気に吸い込める。
迂闊に返事をさせるために、一種の幻惑効果も兄弟妖怪によって追加されている。他にも、今回の救世主用に機能が追加されている。
瓢箪型をしているが、外見はカスタマイズされている。類似の宝貝の『紫金紅葫蘆』と見分けさせないための工夫らしい”
==========
異質な言語で語りかけられたはずだというのに、耳ではなく脳が直接理解して返事をしてしまう。そう仕向ける効果が瓢箪にはある。
蓋を取られて、底の見えない真っ黒い内側を向けられる。嫌な気配がする黒さであり、俺の顔の穴と似ている気がした。
「似ているというよりも、瓜二つ! ユウタロウ、クゥッ!! 返事をするな」
名前を呼んだ相手を強制的に黒い海に送るという意味では顔の穴の上位互換。
類似の攻撃としては、山羊魔王が使った八節魔法があるが、広範囲無差別という意味では向こうが上、対象を選択できるという意味では瓢箪が上だろう。
現世から強制退場させる恐るべき宝貝が仲間達へと襲いかかった。
風が吹いて、二人の体が瓢箪へと吸い込まれてい――。
「――んん?」
「――まあ、俺はユウタロウではないからな」
――あれ、どうして二人共無事なんだよ。おかしいな、このパーティー。
「救世主職ッ! お前のパーティーはどうなっている。全員が全員、偽名か!」
「そうなのか、お前達?」
「疑うなんて失礼な。父さん母さんに貰った素敵な名前なのに」
「お前が勝手に言っているだけだ」
「ええいっ、色物共の集まりだったか」
宝貝を不発させる金角。さすがに俺達全員が名前を偽っているはずがないので、不良品なのだろう。黒い海と接続するなんてそう簡単ではない。
先手に失敗した金角を討つべく、ナイフを装備して接近し始めた。
この辺りの行動は事前にパーティー内で打ち合わせ済みだ。何かあっても最悪、『暗影』で逃げられる俺が突撃して妖怪の手の内を確認する。ユウタロウはクゥを護衛し、クゥは何かあれば如意棒で遠距離攻撃を行う。
「兄ジャ。ここは俺に任せろ」
弟の銀角がカバーに入っているが、奴が持っているのは役立たずの瓢箪のみ。黒曜も俺の本名を知らないため、妖怪共にも本名は伝わっていない。安全なはずである。
「仮面の救世主。《お前の名前は御影だな?》」
やはり安全だ。俺が瓢箪に吸い込まれる事はな……いッ?!
強烈な突風が体を押す。瓢箪の小さな穴から吹く暴風が返事をしなかった俺を排除にかかった。
体が浮かび上がってどこまで飛ばされるか分からない。
「ちぃっ、『暗影』発動」
突風から逃れるために『暗影』を使用した。地上に復帰した後も靴が荒地に線を引く。
「相手を吸い込む瓢箪の機能を反転させて、相手を吹き飛ばすようにしたのか!」
「『銀の法』たる俺には宝貝の改良ごとき容易い」
「そうさな、お前は頼りになる弟よ」
「『金の宝』たる兄ジャの宝貝があってこそよ」
吸い込めれば一撃必殺となるが、吹き飛ばす攻撃も十分に面倒だ。返事を不要とする吹き飛ばしの方が使い易い。まず接近しなければならない俺への対策としては十分だ。
それでも瓢箪だけなら戦いようはあるが、金角の奴、別の宝貝らしきロープを取り出したぞ。
「宝貝、『幌金縄』。仮面の救世主職を捕えよ」
==========
“宝貝『幌金縄』。
指定した相手を捕える黒と金の螺旋模様の縄型の宝貝。
縄は自動追尾し、五百メートルは伸縮する。単純な機能しか持たないが使い勝手は良い”
==========
金角の手元から伸びる縄が俺へと向かってくる。それなりの速度であるが、それなりでしかない。回避は容易なものの、鬱陶しくいつまでも付きまとう。
「《返事をしたらどうだ、御影?》」
何より、縄ばかりに気を取られていられない事情もある。着地の寸前を狙い、瓢箪の先を向けて問いかけてくる銀角。
突風に飛ばされた先で地面に叩きつけられる。脳震盪を起こして倒れていたいのに、縄が追いついてきたのでバネのように立ち上がって慌てて逃げた。
接近戦は諦めるしかない。『暗影』の連続使用で強引に詰め寄る手段は残されているが、金角が更に別の宝貝を使用しようとしており、やっていられないな。
「お前っ、どれだけ宝貝を持っている?!」
「『金の宝』だからな。すべて御母様より恩賜されたものばかり。俺達兄弟が愛されている証拠よ」
二対一のため、そもそも手数で負けている。
ユウタロウも前線に投入するか。
……いや、思い切って後退するか。倒せるのであれば倒しておきたい妖怪であるが、今倒しておかなければならない相手でもない。瓢箪対策を考えてから再戦してもいい。
「クゥ、如意棒で奴等を牽制してくれ。逃げるぞ」
「待って、御影君。空から別の妖怪が来ているっぽいのだけど!」
「はァっ?!」
クゥが指差したのは東の空だ。赤褐色の夜空であり、正直、俺には何も見えていない。
だが、何かが高速で飛んでおり、俺達の上をあっという間に通り過ぎたのは確かなのだろう。ジェットエンジンのような爆音混じりの衝撃波が、少し遅れて全身へと届く。鼓膜が痛い。
『――ターゲットを目視。戦闘モードへ移行。ターゲットに対して外部接続光学兵装、識別名、宝貝『火尖槍』によるレーザー射撃を開始する』
一端、通り過ぎた高速飛行体が大空を旋回している。
ダークカラーによる迷彩が施されている。姿ははっきりと見えないのだが……ステルス形状の機首が真っ直ぐに向けられた気がした。
『――指向完了。チャージ完了。発射まで……三、二、一、照射』
「御影君ッ?」
叫ぶクゥが両腕を広げて俺の前に立ったが……意味がなかった。クゥの体を紙のごとく貫通し、俺の体も楽々と貫通した赤い熱線が、二つの心臓を焼き潰す。
「ッ?! こ、『コントロールZ』発動。二秒前ッ!!」
==========
“『コントロールZ』、少しだけ時間を戻してピンチを乗り切れるかもしれないスキル。
『魔』を1消費して、時間をコンマ一秒戻す”
==========
“ステータス詳細
●魔:113/122 → 93/122”
==========
――二秒前の過去に戻った俺は、心臓を燃やされる幻視痛を堪えながら動いた。両腕を広げるクゥを押し倒して地面に伏せる。
二秒後。心臓があった高さを、赤いレーザー光が通り過ぎていった。
『――ターゲットの直前動作に変化。『コントロールZ』による改変と推察。……当機も『コントロールZ』を使用して照準を補正。三秒前に遡行し、再射撃――』
==========
▼???
==========
“●レベル:128”
“ステータス詳細
●力:193 ●守:458 ●速:931
●魔:64/64 → 34/64
●運:0”
==========
――クゥと共に伏せた俺は、心臓があった高さを見上げていた。謎の高速飛行体からの攻撃がその位置を通り過ぎていくものだと考えていたからだ。
けれども、レーザー光は俺の上を通り過ぎてはくれない。
伏せた俺達を薙ぐようにレーザー光が通り過ぎていったからである。
俺は上半身と下半身が分離している致命傷を負った。が、クゥはより位置が悪かった。俺の下では、顔を上下に切断された女が横たわっている。
「がハッ、クソがァあッ、『コントロールZ』七秒前ッ!!」
==========
“ステータス詳細
●魔:93/122 → 23/122”
==========
痛がって時間を無駄にしている暇はなかった。俺の『魔』で戻せる時間の間に『コントロールZ』を発動。そのまま即時、行動する。
俺だけが致命傷を負っていたのであれば良かったというのに、毎回、クゥを即死させるレーザー光に腹が立って仕方がなかったのだ。
『――指向完了。チャージ完了。発射まで……三、二――』
「御影く――」
「――そこを、どいていろォッ、クゥ!!」
「ぐげっ。酷い! あ、足蹴にされた?!」
盾になろうとしたクゥだけを倒して、俺は片手を心臓の前に構える。
『――一、発射――』
「『暗器』格納ッ!!」
非物体を『暗器』で格納しようと試みた事はかつてない。できると思っての行動ではない。やってやるという気持ちのみで動いていた。
赤いレーザー光を手の平で受け止める。正確には、手に生じた異空間に格納していく。
レーザーの持続射撃時間は二秒もなかっただろう。それ以上続いていたなら、スキルが途切れて心臓を撃ち抜かれていた。
「『暗器』解放ッ!!」
格納したばかりのレーザー光を送り主へと返送する。
光速飛行体の機首のやや下に命中したのか。ダークカラーの機影より爆炎が上がった。
『――光学反射特性?! 事前情報になし。ダメージコントロールを実施。全損した宝貝『火尖槍』をパージ。『コントロールZ』による遡行は『魔』の残量より断念。ダメージ超過により戦闘区域より離脱する――』
ただ、撃墜にはいたらなかった。
謎の高速飛行体は謎のまま飛び去っていく。
==========
“ステータスが更新されました
ステータス更新詳細
●実績達成ボーナススキル『レーザー・リフレクター』を取得しました”
==========
“『レーザー・リフレクター』、熱や光を反射するスキル。
熱や光を百パーセントの効率で反射可能。
強力な防御性能を誇るが、物理弾頭に対しては一切影響しない”
“実績達成条件。
カウンター不可能なレーザー光を完璧に捕え、反射する”
==========




