7-2 陽《SUN》
太陽が山脈に半分沈んで気温が下がるのを待って、東への旅を進める。
何もない荒野を黙々と歩く時間は、慣れれば暇なものである。在野妖怪に遭遇したいという意味ではないが、何もしないでいるのも勿体ない。
なので、聞こうと思いながらも後回しにし続けていた事柄をクゥに訊ねてみる。
「御母様ってそもそも何なんだ?」
「……唐突ね。しかも、今更??」
クゥの言う通りである。いちおう、俺なりに黄昏世界に本気で関わる覚悟を決めたのだと察してもらえると嬉しい。
妖怪や妖術と比較すれば優先度は低く、文化的な方面の単語だと考えて今まで知ったかぶりをしていた。が、知るは一時の恥だ。そろそろ詳細を確認しておきたい。
「信仰の対象だというのは分かる。太陽を御母様って呼んでいる感じなのも、理由は分からないが知っている」
御母様イコール神様なのだろう。
ただ、黄昏世界の人間のみならず妖怪も御母様なる存在に畏敬の念を覚えている、という所に妙な感じがしないでもない。陣営が違えば別の神様を信仰しそうなものだ。いや、地球でも同じ神様を信じている者同士が争うなど珍しくもないのだが。
「御母様はね、私達をいつも見守ってくれている有難い存在なのよ」
「確かに太陽がずっと空にある妙な世界だよな、ここ」
「こら、指差さない。慈悲深い御母様が見守ってくださっているから、過酷な世界でも私達は暮らしていける。物を指すみたいな事はしない」
太陽信仰か。世界各地に存在する概念であり、日本にもアマテラスオオミカミがいる。
妖術が実在する世界なので、神様のご利益だってあるのかもしれない。けれども、ご利益の前に日光をもう少し加減してもらうように願ってはどうだろう。黄昏世界は暑過ぎる。
「御母様に何かをしてもらおうなんて不敬になる。御母様は空でいつも輝いてくださるだけで有難いお方なの」
どんなド田舎に暮らしていれば、御母様に無関心でいられるのかという感じの白い目を向けられてしまった。村娘でさえこうなのだから、黄昏世界における御母様の信仰度合いはかなり高い。
「まあ、ご利益が一切ない訳でもないけど」
いや、村人さえも信仰し続ける現金な理由もあるらしい。
「ほら、パラメーターに『陽』があるじゃない。過酷な世界でも自暴自棄にならないように、世界に住む皆に精神安定をもたらす『陽』を御母様が授けてくださっているって」
「……何だ、それは??」
「何だそれはって、何よ、当たり前に対してその反応」
俺の知らないパラメーター『陽』存在する? パラメーターは『力』『守』『速』『魔』『運』の五種のみのはずだが。
他の人もそのはず。確認のためにユウタロウに視線を向けて訊ねる。と、首を左右に振られ、『陽』など知るかと回答されてしまった。
クゥから詳しく聞き出すと、『陽』は他のパラメーターと大きく異なる性質を有していた。
まず、回数制であり、消費した分を回復する手段はない。レベルアップにより回数が加算されるだけらしい。
そして使った際には、死の恐怖さえ鈍化させる程に強い精神安定効果を発揮する。
「聞く限りは、使ってはいけないタイプの薬みたいな」
「ご利益を薬みたいだなんて馬鹿言わないで。……まあ、一度頼ると何度も頼りたくなる。そうやって頼り過ぎちゃって、回数の無くなった徒人や妖怪が耐えられなくなって発狂した、って話は聞くけど」
「依存症があるのかよ」
「結局は個人の心の持ちよう。私はここぞという時にしか使うつもりがないから」
基本的に『陽』は使用しないで温存する。病気やケガで苦しい時や、妖魔や妖怪に襲われてパニックになりかけた時に緊急で使う。
妖怪に襲われているのに急に落ち着いたり、麻酔なしで体を切開されても耐えられたり。時々、村人達が妙に我慢強くなる理由がはっきりした。色々と特殊な黄昏世界であるが、パラメーターにまで独特な要素が存在したらしい。
「黄昏世界は色々と変わっている」
「正直、私も異世界っていうのがいまいち分かっていないけど、御影君やユウタロウ君の故郷には御母様がいないの?」
「神様ならいる」
神様は神話や伝承には必ずと言えるくらいに存在する。
職業として土地神や管理神に就いている神格も俺は知っている。
御母様は……神話の中の神様ではなかろうか。何せ、太陽である。人間どころか惑星と比較しても巨大である。神様とは本来そういうスケールの異なる存在なのだろうが、核融合している恒星が意思を持つものだろうか。
仮に意思を持ったとして、恒星がわざわざ周囲を公転している小さな惑星の、その更に表面に住んでいる微生物を気にかけるものだろうか。
「仮に御母様が意思のある恒星、神格だった場合――」
直径約一三九万二〇〇〇キロメートル。地球の約一〇九倍。俺の知っている太陽のスペックでさえそれだけの巨大さを誇る。黄昏世界の太陽はより大きいかもしれない。
「――まさに神様だ。小さな人間は畏れ崇める事しかできないな」
風車に挑戦しただけでも笑われるのが世の中だ。恒星に挑戦するなど、馬鹿馬鹿しくて笑い声さえ陽光によって渇いてしまう。
宇宙の大きさを想像してゾっとしても仕方がない。そもそも、俺の敵は妖怪であって御母様ではないのだ。
太陽の昇る方角を目指すなどという大雑把な旅をしている俺達を、妖怪共は毎回見失う事なく襲撃してくる。勤勉な奴等である。
「――まったく、白骨夫人は余計な事をしてくれた。そうだろ、兄ジャ」
「――そうさな、弟よ。救世主職を発見したのは俺達兄弟だというのに、頭部の所有権を御母様に願うなどと厚かましい」
今日現れたのは二人組の妖怪だ。
鎧に金色と銀色の刺繍をそれぞれ施しており、顔はキツネ。更に瓢箪を持っているという特徴に既視感があった。




