7-1 方角変更
「――心躍る事とは、すなわち救世主職狩りなり。我が宝貝『酒池肉林』の餌食となるがいい!」
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“宝貝『酒池肉林』。
酒を撒いた場所に、肉で出来た異形の植物を生やす。
肉は喰わないと減らない大食漢宴会仕様。ただし、新鮮で活きが良くて凶暴なため、逆に襲われて喰われる事になるので注意が必要”
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突然現れたフライング・妖怪と、十中八九ソイツが作り出したと思しき皮膚がなく、肉が剥き出しの触手共に襲撃を受けている。
枯れ木も山の賑わいというが、荒野に触手の賑わいという言葉が黄昏世界にはあるのだろうか。
「無いから、そんなグロい言葉!」
「クネクネ動いているのだから好物だろ。早く片付けろ、クゥ」
「完全栄養食のミミズを触手と同列に扱ってくれないでくれるッ、御影君」
「口よりも手を動かせ。囲まれるぞ!」
触手共はナイフで枝を切ってもすぐに生えて復活する。根本から切った場合は、二つに分離して数を増やす。実に分かり易い難敵である。
対処困難な魔法や妖術は術者本人を狙え、というセオリーを実行したいところであるが、フライング・妖怪は赤い晴天の空、約千メートル付近に浮かんだまま降りてこない。安全な場所から高みの見物を決め込むらしい。
「ロケットジャベリンで撃墜するんだ、ユウタロウ」
「私も如意棒を“伸ばす”!」
ユウタロウが炎で加速させた槍をフライング・妖怪に向けて投擲する。
クゥも如意棒を伸ばして上空に届かせる。
「無駄無駄。見てから避けるなど余裕余裕。安全な距離を確保しているゆえ、目を瞑っていても避けられる。救世主職パーティーの攻撃方法は白骨夫人が開示していた通りのようで。ならば予定通り、攻撃は肉林に任せ、私は安全高度で勝利を待つのみなり」
千メートル上空まで到達するのに十秒。槍も如意棒も簡単に避けられてしまう。
「ああ、もうっ! 逃げるな!」
わらわらと集まる触手が逃げ道を塞ぐ。触手共は、口を狙って先っぽを伸ばす攻撃手段を好むらしい。おそらく窒息狙いであり、『守』を無視して相手を効率的に始末するために編み出された攻撃だ。恐ろしい。見てくれが悪過ぎて、男としてそんな最後は絶対に避けなければ。
「クゥ、もう一度、如意棒を伸ばせ」
「また避けられるだけじゃない?!」
「ただ伸ばすだけなら同じ結果になるだろうが、その前に――」
村人パラメーターのクゥは筋肉で如意棒を扱えない。重量の増した如意棒を腕で最終誘導して、回避するフライング・妖怪を打ち落とす芸当は不可能だ。
だから、フライング・妖怪に気付かれないように如意棒を伸ばすしかない。
「さあ、肉林の餌食になるといい。宴で最後を迎えられるのであれば、これ以上ない幸せで――んん??」
俺が指示した通りに如意棒を操作したクゥは、フライング・妖怪の眉間を如意棒で貫いた。
「――“針よりも細くなってから伸びて”、如意棒」
貫かれた時点では、まだ息があったかもしれないフライング・妖怪。
「今だ、太くしろ!」
「御影君って極悪! “太くなって”、如意棒!」
だが、見えないくらいに細かった如意棒を膨張させた瞬間に、頭部を内部より粉砕されたフライング・妖怪は確実に絶命した。
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“レベルアップ詳細
●――レベルが1あがりました”
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▼クゥ
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“●レベル:36”
“ステータス詳細
●力:8 ●守:6 ●速:5
●魔:34/36
●運:0
●陽:40”
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妖怪の襲撃から逃れて、今昼の野営地で一息つく。
「ね、ねぇ。本当に今日のご飯をコレにするの?」
「……妖怪の襲撃自体はいつもの事だが、今日の奴は明らかに俺達を知っていた。知って狙ってきたな」
「妖怪共の間で情報が伝達されていると見なすべきだ。あのエルフが捕まったのであれば別段、不思議はない」
巨石の影に腰を下ろして、三人で向き合う。
野営となれば火起こしが定番であるが、黄昏世界で火を起こす事は稀である。調理のために熱を必要とするのであれば、日向にある石を使えば足りる。
「本当に食べちゃうの?」
「特にお前は妖怪にとって美味そうに見えるらしいからな」
「止めてくれよ、ユウタロウ。妖怪が悪食なだけだ」
「……これからの旅は難度が確実に増す。それでも、どこにあるかも分からない妖怪の都を目指すのか?」
比較的、平面の多い石を選んでコンロにする。肉が焼ける良い匂いがすぐに立ち昇った。
野営地の外の炎天下では、長期保存用に干物も作っている。
「ああ、目指す。……目的地がコロコロと変わってしまい、危険にも付き合わせてしまい、クゥには悪いと思っている。嫌ならすぐにでも故郷に送り届けるから遠慮なく言ってくれ」
「遠慮するなと言うのなら、今日の食材について考えない?」
「俺に悪いと思わないのか」
「ユウタロウは俺と一蓮托生だ。親友だからな」
「……ふん。他人と間違えておいて、何が親友だ」
西を目指していた俺達であるが、黒曜が奪われた日より正反対の東へと進路を変えている。不確かな情報を頼りに西を目指していた頃よりも強い目的意識で、黒曜を助け出すために東を目指している。
黒曜の体を奪った妖怪は都に来い、と俺を誘っていた。
確実に罠なのだが、目指す以外の道はない。それも含めて妖怪の罠である。
「だが、このままではいつか詰む。妖怪共にお前の戦法を研究され尽くされて、対処不能に陥る。……そうならないためには、妖怪の想像を上回る成長が必要だ」
「ぎゃあぁ、焼いているのに動いている。私の想像を上回る動き!」
「成長か、簡単に言ってくれる。レベル100になると、ちょっとした程度で変化は起きないんだぞ」
「成長しなければ敗退するだけだ。経験値取得は仕方がないにしろ……お前、この世界に来てからいくつスキルを習得した? 実績達成するだけの挑戦をしていないだろ」
ユウタロウは親友だけあって、遠慮なく鋭利に痛い所を突いてくる。実績達成ボーナススキルは、スキルを所有していない状態でスキルと同等の結果を得た者のみが習得する。
つまりは挑戦が必要なのだ。俺は黄昏世界に来てから、命をかけるだけの挑戦を達成できていない。
言葉少なくなった俺と、俺に何も言わなくなったユウタロウが、口寂しさを紛らわすために飯へと箸を伸ばす。
「――不味いッ」
「――犬の餌にも劣る味だ」
「料理を任せておいて、それがお前達の感想かッ!!」
昼に眠って、夜の移動のために備える。暑い黄昏世界で旅を行うならば、生活リズムは昼夜逆転するものだ。
御影とクゥの二人が横になっており、ユウタロウは見張りなので荒野側を向いて座っている。
遭難者職らしく外での睡眠に慣れている御影は完全に眠っているが、クゥはまだ寝つけていない。妖怪の襲撃で疲れているのだろう。
「……胃がムカついて眠れない」
クゥは恨めしく隣の御影を睨んだ。
「…………あれ、御影君って、こんなに良い感じの顔立ちしていたっけ?」




