6-19 答え合わせ
黒曜を突き飛ばして不気味な笑い声より逃れる。
脇腹はやはり刺されていた。刺さったままのナイフに手をかけて、一瞬止まる。抜いた方が良いのか、血が吹き出さないように刺したままの方が良いのか悩んだものの、動くのに邪魔なので結局抜いた。
「クソッ、妖怪が。うまく黒曜に化けやがったな」
「化けた? 化けたねぇ……。本人に裏切られたとは思わない?」
「黒曜に刺された事もあるが、それはそれとして、黒曜が俺を裏切るものか」
三大仙は全員の死亡を確認している。つまり、目の前にいるのは未確認の妖怪となる。
偽者と分かっていても本物と見間違えるレベルで黒曜に『擬態(怪)』している。ここまで外見を真似られるとなれば妖怪以外にありえない。
妖怪の街に来る最中に黒曜とは別れている。それを見られていたに違いない。
「間抜けな、ぱぱァ。けはは、せっかく、混世魔王から助けてあげたのに、酷い勘違い」
……今、なんと言った?
混世魔王から助けた? 勘違い? まさか、もっと前から化けていた??
信じる訳にはいかない。だが、もしそうだとすれば……いつからだ。いつから、妖怪は黒曜に化けていた。
「いつからだって? この街に来る時、ちがーう。徒人の少年が傷を負った時、ちがーう。県を超える前、ちがーう。混世魔王に襲われて、まるでタイミングを見計らっていたかのように私が助けに現れた時、せいかいー。けはははははははっ!!」
血が引き過ぎて、出血が一時的に止まる。ゾワりと悪寒が全身を駆け巡る。
まったく、気付かなかった。気付けなかった。気付けるはずがなかった。話し方や息遣いは黒曜そのものであり、俺達のみが知る情報にも齟齬はなかったはずである。そもそも、黒曜は『暗殺』や『暗影』スキルを使っていたはずだ。妖怪がスキルまで真似できるという話は聞いていない。
「だ、騙されるかっ。嘘に決まっている!」
「けはははははははっ!!」
「笑って誤魔化せると思うなッ」
「けはははははははっ!! 『既知スキル習得』発動、対象はエキドナの『怪物的誘惑』」
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“『怪物的誘惑』、恋愛感情の強要により精神を支配するスキル。
体臭に恋愛感情を誘発させるフェロモンを混ぜて、周囲に拡散させる。フェロモンの効果対象は性別を問わない。
効果範囲と強制力では『魅了』を完全に上回る。ただし、対象を選べず無差別に誘惑してしまうため、使用には注意が必要である”
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偽黒曜の甘い臭いを吸った途端、脈拍が高まる癖に意識はぼんやりとしていく。ただ、このステータス異常状態には覚えがあり、反射的に精神系全般の対抗スキルたる『破産』スキルを発動させた。
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“『破産』、両手から消え去った資産に泣くスキル。
取り返しのつかないレバレッジにより、資産を失った際に患う精神崩壊。精神が破壊され尽くされているため、魔法やスキルによる精神攻撃を無効化できる。
垂れた顔になるのはスキルの仕様ではない”
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「ぱぱァは間抜けなのに、面倒なスキルばかり覚えている、あーあ、面倒」
「救世主職のスキルを使った?! しかも、エキドナのスキルを」
『既知スキル習得』を使ったように見せかけているだけの可能性もあるが、エキドナという単語が黄昏世界で発音されたのは事実だ。少なくとも別世界の事を妖怪に知られてしまっている。他人に化けるのであれば記憶くらい不法参照できると考えるべきだ。
スキルまで使われてしまい、合流したはずの黒曜が最初から偽者だったという虚言を否定できなくなった。
脇腹を刺された事など些細に感じる程、追い詰められている。
追撃の駄目押しで、偽黒曜はナイフを構えて……外套を止める紐を切り落とす。
「現実を直視したらどう、ぱぱァ。もう、答えは分かっているのに気付かないフリをする時間は、お、わ、り」
偽黒曜は服の紐も一本一本丁寧に切っていき、褐色の肌の面積を増やしていった。鎖骨が見え、胸がはだけ、乳房を晒す。
「ぱぱァ、ほら、綺麗な体でしょう。まるで創造神が鑑賞して楽しむためだけに生み出された鑑賞物みたい。これが偽者であるはずがない。この体は本物」
「よせ。それ以上、言うな」
「とっても綺麗でしょう。救世主職は殺せと言われているけど、前の体はもうヨボヨボで腐ってきていたから、丁度いい」
「言うなッ」
「触りたい? でもダメぇ。もう私のものだから」
自分で自分の体をまさぐり頬を赤らめている偽黒曜は、決定的な言葉を吐く。
「そう、この女は私のもの。とっても綺麗だったから、私の妖術で体ごと奪ってやったんだ。けははははっ!!」
黒曜は……俺と合流するまでの間に、妖怪に敗れていた。救世主職としてのキャリアも実力も上である黒曜が、負けていた。
「この女だけで体は十分だから、ぱぱァは喰うつもりだったのに。すっかり騙されているから寝込みを襲えば簡単だと思えば、隙を見せないオークがいるし。だったらと三大仙に協力してあげたのに、だらしがない。結局、仮面を使わせないまま倒されたから計画、狂っちゃった」
いや、仮面は温存していた訳ではない。外そうとするとトラウマ級の頭痛がするので使えなかっただけだ。俺の神秘性にして最強の攻撃手段を封じられているのだが、今回に限っては良い方向に働いたようだ。
「素直に返せと言っても当然無駄か」
「もっちろーん」
「なら、黒曜の体を人質にでもするか」
「嫌よ。この綺麗な体が傷付くかもしれない危険な事なんて。私以外に触らせずに大事に使ってあげるの。それに、人質よりも、もっと良い使い道がある」
指先から腕にかけて舌で舐めるくらいに妖怪は黒曜の体を気に入っている。危険な状態であるが、体を損壊されるよりマシと思う他ない。体さえ無事なら、いつか取り返せるはずだ。
「取り返したいわよね。だから、ぱぱァは私を追いかけるしかない。西ではなく、都がある東を目指すしかなくなる」
妖怪が黒曜の体で俺を笑う。人が嫌がる方法など無限に思い付くと言いたげだ。
「ぱぱァの事は、御母様はもちろん、灼熱宮殿にいる皆に知らせてあげるから。きっと、旅路はより厳しいものになる。そうして、消耗し切ったぱぱァを私が喰べてあげる! どう? 良い考えだと思わない?」
黄昏世界、チュートリアル終了のお知らせ~




