2-1 現地民の彼女と二人旅
何故か俺についてきてしまった現地民のクゥを連れて、彼女の村から出発する。
「――仮面の男が、帰ってきた?!」
「男衆ッ。奴を捕えるぞー」
……まあ、即時Uターンして、恥を忍んで村に戻ったのだが。
碌な装備どころか食料も持参していないクゥのためだ。彼女の燃え落ちた家には灰と炭しか残っていなかったが、せめて、水ぐらいは確保しておきたい。というか、俺もいい加減、まともに水を飲まないと死ぬ。
民家に押し入って装備を接収、という手段は勇者《勇敢なる者》職の専売特許なので実行しない。石を投げてくる非情な村人とはいえ、貧民から物を奪う行為をしては盗賊職に就きかねない。
「よし、妖怪の死体は転がったままだな」
可哀相に頭を失ったサル妖怪や、胴体が切断されたトカゲ妖怪から瓢箪水筒を奪う。何かの干し肉が腰にぶら下がっていたが、嫌な感じがしたのでスルーした。
その他、脱ぎ捨てられていた外套や小物入れを脇に抱えたところでタイムアップ。長柄の農具を手に集まってきた村人から逃げるために、東西南北いずれかの壁へと跳躍して脱出する。
「妖怪の持ち物を奪うなんて、御影君って悪い徒人だ」
「人聞きの悪い。モンスターのドロップアイテムは、正当な討伐報酬だ」
最低限にも達していない装備しか回収できなかったが仕方がない。普段着と帽子のみのクゥへと、妖怪用の大きな外套を押し付けた。
そのまま村から離れる。幸いにも村人達は壁から追ってこない。
多少の同情心と後ろめたさにより同行を許しているクゥ。レベルは訊いていないが身体能力はそこいらの村人水準である。俺一人なら猛暑日だなと思いつつも可能な日中移動も、クゥを連れていると断念せざるを得ない。
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▼クゥ
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“●レベル:16”
“ステータス詳細
●力:3 ●守:4 ●速:3
●魔:10/16
●運:0
●陽:27”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●実績達成ボーナススキル『耐日射(小)』”
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「日中に出歩くなんて、御影君はどういう皮膚しているのよ。日差しの弱まる夕方と早朝に動くのが基本で、昼間は寝て過ごすのが普通じゃない」
「中途半端だな。完全に昼夜逆転して生活しない理由があるのか?」
「在野妖怪や妖魔に村の位置を掴ませないために、夜は静かに寝る時間なの」
夜行性という訳でもないらしい。早朝未明から昼前までと、夕方から夜までの短い期間がこの世界の人間の活動時間帯となっている。
そういう訳で村から離れて早々に、大岩の日陰で休んでいる。眠たかったのかクゥは横になってウトウトし始めた。
あらためてクゥを観察する。
外見は、どこにでもいる村娘にしてはレアリティが高く、金目という特異な特徴を所持している。異世界でも珍しい色合いであり、クゥ以外の村人では黒や茶色しか目撃した事はない。
内面は、出会って半日未満なのでまだ掴めていない。ただ、神経がかなり図太いのは確かだろう。家を燃やされて、生まれ育った村から出たばかりの人間が、平然と見知らぬ仮面の男の前で昼寝しようとしているのが証拠だ。
過酷な世界で生きる人間なのでバイタリティが豊富なのか。そういえば、時々、この世界の人間は突然冷静になる事がある。世界が違うのだ。神経の太さが違ってもおかしくはないのだろう。
「……御影君は逃げた徴税官を追うの?」
「まあ。天竺を探していたり、はぐれた仲間の捜索があったりするが、急ぎの仕事はない」
まだ眠っていなかったクゥが、横になったまま問いかけてくる。
生まれ育った村から出た事もない村娘にしては聡い。俺が妖怪を追うつもりなのだとバレてしまっている。
「追ってどうするの? もしかして、私の村のためとか?」
「どうだろうな。俺は別に、自分が救世主職らしい人間とは思っていない。辞めたいとさえ常々思っている」
迷惑をかけたクゥと彼女の村への贖罪のために、逃げた妖怪とその上役らしき地方官とやらをまとめて潰して、すべてをうやむやにする。結果的にはその通りとなるだろうが、単純に俺が気に入らないから殴りに行きたいだけなのだろう。
もっと本心を言えば、俺の利益のためだ。
騒ぎを起こせば逸れた仲間と合流できるのではないか。そんな浅はかな欲がある。
それに、どうもこの世界、人間よりも妖怪の方が色々と物知りである。元の世界に戻る方法か、その候補たる天竺についての情報を、地方官とやらが知っているかもしれない。
「その救世主職って何かな? 徒人の職業って村人職とか商人職だけだと思っていたけど。ちょっと、お姉さんに教えてよ」
「お姉さんって、歳は俺よりも下じゃないのか?」
「仮面で顔の分からない御影君の歳なんて分かりません。それに今は一人っ子だけど、昔はお姉さんをしていた事があるから、その名残。って私の事はともかく、救世主職ってのを教えてよ」
「どうしようもなくなった事案の解決を強制される不遇職」
「意味不明だけど、なんだか可哀相……。苦労しているね、御影君」
クゥは質問を続けて実に積極的だ。妖怪に対して従順な村人の受動的な態度とはどこか違う。クゥは好奇心が強く、他人に距離感を感じないタイプの人間なのだろうか。
「妖怪と戦える徒人がいるなんて初めて知った。救世主職ってそういう職業なんだ。妖怪が敵視するのも当然ね」
「いや、救世主職だから妖怪と戦うって訳でもないはずだ」
「でも、強いから妖怪に歯向かえたのよね?」
「否定はできないな」
一瞬、否定しかけたものの、かつての夜の寒さを思い出す。
初めて主様を見た時に何もできなかった苦い思い出は忘れていない。ただの人間が強い相手に挑むためには勇気以上に、崖際な状況と自己納得が必要だ。数値化されたレベルやパラメーターなどは実に分かり易く自分を納得させられる。
「まあ、そうよね。強い徒人だから動ける。強くないと動けない」
「否定したいな」
「ちなみにどれだけ強いの?」
「レベル100。村に現れたぐらいの妖怪なら百体ぐらい軽く倒せる」
「またまたー。それは流石に嘘だって。無垢な村娘だからってからかうものじゃないなー」
完全に冗談だと受け止められてしまった。本当だと言っても信じてもらえず、そのまま眠ってしまうクゥ。
強くなければ横暴に反抗してはならない、などという間違った認識を持たれたままなのは遺憾だ。レベル100を嘘だと思われるのも微妙な気持ちになる。
まあ、眠ったクゥをワザワザ起こす程ではない。眠りはしないが、俺も横になって休む。
妖怪が持っていた瓢箪の蓋を外して、中の水を口に含む。
「ふう、一週間ぶりの水だな」
意外に冷たかった水が乾いていた体に染み込んでいく。七日前に襲撃を受けてからこれまでずっと飲まず食わずだった体が生き返る。
普通の人間は、水無しでは三日で死ぬと言われているが、そこはレベル100の体だ。それとも救世主職のスキルの効果か。荒野を彷徨って衰弱はしても死にはしなかった。
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“『丈夫な体』、救世主が病気や寿命ぐらいで死んでいられないスキル。
救世主職として戦うために寿命がなくなる。病気や疲労といった肉体的な不利に対しても耐性がかなり強まる。
パラメーターには反映されない方面での肉体強化であるが、地味に効果が高い”
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喉が潤うと共に停止していた『魔』の自然回復が再開する。気にしなくとも回復するものと思っていた『魔』であるが、飢餓状態では停止するものだったらしい。
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▼御影
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“ステータス詳細
●魔:0/122 → 1/122”
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大きな太陽が山脈側に傾き、空が最も紅色に染まる夕方になってから動き始める。が、さっそく問題が発生する。荒野の砂塵が妖怪の逃走経路をかなり目立たなくしていたのだ。追跡スキルのない俺ではもう追えそうもない。
「クゥは地方官とやらの居場所を知っているか?」
「まさか! 知るはずがないよ。だって壁村からほとんど出た事がない」
「訊いた俺が馬鹿だった」
「でも、別の壁村に行けば誰かが知っているかも」
俺が七日間横断した荒野にはクゥの村以外なかった。この世界に来てから発見した壁村の数も限られる。広い大地に対して数が少ないのは、人が生きていくには厳しい風土だからだろう。
「え? この平原だけでも三十は壁村があるって聞いているけど??」
「またまたー。それは流石に嘘だって。この世界に疎い救世主職だからってからかうものじゃないなー」
クゥの口調を真似ながら否定してやったが、そんなはずはない、と言って彼女は主張を変えようとしない。何もない平原で壁村の壁は目立つ。七日も歩いていればもっと発見できる。村の外を知らない娘の主張よりも、フィールドワークした俺の主張の方が説得力がある。
そうかな、とまだ言うクゥを連れて、徴税官が逃げた方角を進む。
……二時間。
俺達の目の前には壁に囲まれた村があった。
「嘘だァ!?」
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“『エンカウント率減少(人類)』、遭難した人間の不遇を明確化したスキル。
人類とエンカウントし辛くなるスキル。
魔族や獣とは普通に触れ合えるので、きっと寂しくない”
“取得条件。
僻地にて迷子となり、遭難者職に覚醒する”
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