6-17 救世主職を信じない
肉を噛み千切られて、傷口から血が噴き出している。生命力が失われていく。脳に届けられるべき酸素が届かず、あっという間にガス欠を起こした。
曖昧になっていく意識を保つのは難しい。自分でも分からない内に気絶しかける。
……そんな俺の意識を活性化させたのは、爆音やら地震やらという命を脅かす危機感だ。妖怪の街のすぐ傍で火山が盛り上がって噴火でも起こしたかのようだった。過酷なるかな黄昏世界。ついに火山まで噴火したのか。
「何事だッ!」
「義兄、義兄ッ。や、やりおった。救世主職の仲間が、やりおっ……グぉっ」
食べ物を雑に投げ捨てるように虎力大仙は俺を捨てる。どこからか現れた別の妖怪――鹿力大仙らしき妖怪だが、火達磨となっているため判別できそうにない――に駆け寄った。
白シカの顔の、目や口から火が噴き出ていた。もう長くは持たないだろう。
「義弟?! その炎は、何があったというのだ!」
「妖術“身外身の術”が、無理やり! 全分身体が破壊された。分身体の能力向上のために本体との繋がりを強くしていたのが仇となったが、何よりは常識外れな火力!」
「それ以上喋るんじゃない!」
「ご注意を! 此度の救世主職は何か異質な――」
重度の火傷により死亡した鹿力大仙の体を抱え込み、己の手に大火傷を負う事さえ厭わない程に必死ならば、食い物などに割り当てる心の余裕は存在しない。今が好機だ。
いや、俺も妖怪を笑う程に余裕がある訳ではないが。
体は動かせず、喰われた傷は深い。
ただ、最優先で対応するべきは体を縛り付ける影に刺された釘である。そして、釘をどうにかするという事は、釘を刺した犯人たるリウの説得が必要となる。
「救世主職は俺達を騙す嘘つきだ」
そのリウであるが、少年の目は俺を一切信用していなかった。
解せない反応である。
最初からリウが妖怪の手先だった、というのならば悲しいが納得できる。仮面の俺を信用できないというのであれば、別の理由で悲しいが納得しよう。だが、俺が他人を騙す嘘つきというのは納得できない。その評価は妖怪にこそ相応しい。
壁村ではリウの方から話しかけてきたと記憶している。当初から俺を嘘つきと思っていたと考えると、話しかけてきた事実と辻褄が合わない。そしてその後、リウに対して俺は不義理を働いてはいない。
言動、行動が極端に変化している。
どういう事だとリウに目で問いかける。
「そんな目で見てきても、何も答えない。白いシカ顔の妖怪に『救世主職は正直者だから信じていればユンと一緒に暮らせる』って言われたんだ。妖怪の言葉なんて嘘ばかりだから、救世主職の事は絶対に信じない」
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“『斉東野語』、信用などあるはずもない怪しげなる存在のスキル。
本スキル所持者の言葉を確実に信じさせない事が可能”
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暗示か妖術か。妖怪に何かされたと考えるべきなのだろう。俺を完全に信用していない。
リウは非友好的であるが、それでも、どうにか説得して釘を抜いてもらう。他に手がないのだ。
体を動かせず、声も出せず、ギリギリ目が動く程度でしかなく、スキルを発動できない状況で信用ゼロの相手の説得か。……どんなネゴシエーターなら実現可能な難易度なのだろう。
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▼御影
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“ステータス詳細
●運:130 → 260”
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“『一発逆転』、どん底よりの這い上がりを実現するスキル。
極限状態になればなるほど『運』が強化されていく。
スキル所持者がどれだけ正しく危機を認識、予感しているかが鍵でもある”
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『一発逆転』の発動はヒマワリ戦以来だな。あの時よりも上昇値が高いというのはヒマワリに申し訳がな……おいおい、スキルが発動するではないか。どういう事だ。
お馴染みの『暗影』や『暗澹』は使えない。『コントロールZ』も不可能だ。
一方で『一発逆転』は発動する。アクティブスキルは無理でもパッシブスキルは使用できるという事か。
であれば活路はある。俺の無駄に豊富なスキル群を駆使すれば、辺境の少年ごときの説得は簡単だ。
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“スキル詳細(使用可能抜粋)
●スキュラ固有スキル『耐毒』
●救世主固有スキル『丈夫な体』
●遭難者固有スキル『エンカウント率減少(人類)』
●人身御供固有スキル『味上昇』(非表示)
●人身御供固有スキル『捕食者寿命+10年』(非表示)
●実績達成ボーナススキル『エンカウント率上昇(強制)』
●実績達成ボーナススキル『正体不明(?)』
●実績達成ボーナススキル『一発逆転』
●実績達成ボーナススキル『ハーレむ』
●実績達成ボーナススキル『経験値泥棒』
●実績達成ボーナススキル『精神異常(親友)(強制)』”
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……つ、使えねぇ。説得に使えるスキルが一つもない。使いどころの限定具合はひよこ鑑定士と同格のスキルばかりで、どう解釈しようと意思疎通に使えない。
表情筋が動かず焦りを顔に出す事さえ不可能だ。汗を滴らせるのが関の山。
「俺は救世主職を信じない」
抵抗を諦めた訳でもないのに、従順な服役囚のごとく無抵抗に釘に縛られ続ける。そんな俺をリウは厳しい看守として監視し続けるのだ。
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▼御影
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“ステータス詳細
●運:260 → 300”
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「まったく動かないで、白々しいね。俺は救世主職を信じない。つまり――動いていないように見せて、実は激しく抵抗しているんだ」
……ん? 内心はその通りだが、リウ、かなり察しが良いな。
「俺は救世主職を信じない。俺が釘を刺してから動かなくなったフリをして抵抗している。……あれ? だったら、この釘を刺したままだと駄目なのかな??」
この少年は何を言っているのだ?
妖怪の仕業で、リウが混乱状態にあるのは間違いない。正常な判断能力はなく、俺の行動すべてに不信感を覚えるように仕向けられている。
憎むべき所業であるが、妖怪は致命的なミスを犯していたらしい。弱い村の人間だからとアバウトに、解釈に困る命令を与えてしまったのだろう。
俺が動かない事にまで過大に不信感を覚えたリウが、自分で刺した釘を握って抜くべきか悩んでいる。
「釘は俺が刺したものだし、妖怪がそうしろって言ったけど。でも、救世主職が動かないフリをしているのなら抜くべき?? ……妖怪も信用できないし、ちょっとだけ抜いてみるか」
ハンマーではなく手で刺した程度の釘だ。揺さぶれば簡単に外れていく。
釘が外された瞬間、スキルの束縛が解除された。
「おいッ、徒人の小僧。勝手をするな!」
虎力大仙は気付いた様子であるが、妖怪が動くよりも俺のスキル発動の方が早い。再び、釘を刺されては今度こそ詰みなのでリウの動きを封じる。
「『既知スキル習得』発動。対象は死霊使い職の『グレイブ・ストライク』」
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“『グレイブ・ストライク』、墓場に存在する物品を呼び寄せて投擲する罰当たりスキル。
墓地の物に限定した召喚と投擲が可能。基本的に投げつけるだけ”
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召喚したのは約四十キロの……地面に埋められたばかりの少女の死体。
リウの想い人のユンである。いくら魂の入っていない肉の塊とはいえ、埋葬したはずの死体を召喚するなど罰当たりである。
いや、死者の魂を無理やり海の底より引き上げる行為と比較すれば、大した冒涜ではない。
「『既知スキル習得』連続発動、『動け死体』! ユン、お前がリウをどうにかしろ!」
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“『動け死体(?)』、死霊を使う魂の冒涜者の悪行。
死者の魂を幽世より帰還させ、死体に戻し、生きる屍として蘇らせる。大前提として生前の体が必要である。
蘇ったところでただのゾンビであり、理性はない……というのがこのスキル本来の仕様。
黒い海に沈んだ死者の復活は、妖怪は当然のこと、管理神にも行えない奇跡の領域にある。長年研究されたものの、黄昏世界の文明レベルでは個人を特定できず、誰かの悪霊を詰めたキョンシーを作り出す妖術が限界だった”
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黒い海の浅瀬で発見した悪霊を引き上げて死体に詰め込むくらい、俺には容易い。ワザワザ死体を用意してスキルを使ったが、仮面を外せば死体なしでも同様の事ができる。
死後硬直した体を軋ませながら動いたユンはリウへと組みつく。
「……リウ。……リウ」
「ユン、なのか?!」
「……リウ。……どうして、私を裏切ったの? 私を愛していると言いつつ、殺そうとしたの?」
「ち、違う! 救世主職に騙されたユンが俺を刺してきて、仕方なく!」
「……違うッ。リウの言葉は嘘だから! 信用させてリウも皆と同じように他の壁村の徒人を殺すつもりだってッ」
悪霊らしく錯乱したユンはリウを絞め殺しかねない勢いであるが、今は保留だ。先に虎力大仙を始末する。
「キョンシー使いだったとは、トチ狂った救世主職めが! まだ体は動かせまい。これ以上抵抗される前に喰い殺す!」
「俺に死霊使いの素養があると気付いておきながら、死体に背中を向けてよかったのか?」
「なに? まさか?! 義弟をッ」
焼け死んだ鹿力大仙を『動け死体』で操作して、虎力大仙の体を拘束させる。
動きを封じた妖怪の首を、『マジックハンド』で掴み取ったエルフナイフで一閃して飛ばした。




