6-15 三大仙 虎力大仙2
体をうまく動かせない原因は何だ。妖術はありえない。妖怪の言葉は絶対に信用しない。
では、麻痺毒か。いや、『耐毒』スキルを突破する程の毒が散布されているのに、虎力大仙が自由に動けているのは妙だろう。
原因が分からない。
原因が分からず醜態を晒す俺を、トラ顔が見下ろしてくる。
「無様だな、救世主職。どれだけパラメーターが高くても、動けなければ煮るのも焼くのも俺の自由だ」
「その通り。まったく手も足もでないな……『暗影』発動ッ」
だが、体が動かなくてもスキルで移動できる。
影を纏って転移する。移動先は垂直方向だ。自由に動かない腕は下手に動かさず、ナイフを握る事のみを専念させて下向きホールド。安易に俺を見下ろす位置にいる妖怪の脳天を自由落下で狙った。
隙を突いた一撃により、妖怪は致命的なダメージを……一歩後退して避ける。
「そのスキルは義弟から報告を受けている。スキルは使いどころを考えるべきだったな!」
スキルを使うように誘導されてしまった。虎力大仙、トラの顔をしている癖にパワー系ではなくインテリ系だ。
いや、やはりパワー系でもあるのか。
虎力大仙は落下中の俺の首を掴み取ると、気道を絞めながら上方へと掲げる。抵抗しようとする動きさえ下手くそで意味を成さない。
「万策尽きたな、救世主職」
「ま、まだッ。『暗澹』発動!」
『暗澹』スキルで自分を中心に暗闇を発生させる。
攻撃性能は皆無であるが視界を奪える。闇に乗じて敵を襲うためのスキルであるが、窮地を脱するのにも効果的だ。特に黄昏世界の住民には有効である。
「御母様のご加護がッ、『陽』がッ、消え?!」
沈まない巨大太陽に照らされる世界だからだろうか。これまでの経験則から『暗澹』を必要以上に恐れると分かっており、勝算があった。
「燃え尽きる世界で生きなければならないなどと!! 貴女様のご加護なくどうして耐えられましょうッ!! なにとぞ、お慈悲を!! お慈悲を!! ぐォッ」
ラッキーパンチならぬラッキーキックが妖怪の顎を打つ。喉を絞めていた手が離れて床に落ちた。
頭は自由に動かせるのでリウの方向へと視線を向ける。既に撤退を決め込んでおり、『暗影』を使ってリウの所まで移動した。
少年の服をどうにか掴むと、壁に『マジックハンド』を伸ばすイメージを作る。『暗影』を使って逃げられれば良かったのだが、他人を掴んだり掴まれたりした状態では発動できないスキルなので頼れない。
逃げられないかもしれないが、せめて時間を稼ぐ。しばらく経てば体が動くようになると信じて、今は逃げの一択だ。
「『既知スキル習得』発動、対象はオパピニア職の――?!」
体が自由に動かせない。
そんなのは分かっている、と言いたくなるが状況が大きく異なる。指一本どころか口さえ、それどころかスキルさえも発動できないのだ。呼吸にさえ支障があってかなり息苦しい。
状況が悪化した原因は? 動かせない眼球で調べられる範囲にある異変は……釘である。気絶していたはずのリウが何故か体を起こしており、その手で隠し持っていた釘を床に突き立てている。
「――俺とユンの幸せのために、俺達を騙した救世主職を倒さないと」
病み上がりのリウの虚ろな声が聞こえる。顔は角度的に見えない。
俺の視界に入っているのは、俺の影を貫いている釘だけ。呪縛された影が物体のように引っ張られている光景だ。
「ユンが俺を刺してくるなんて、ユンが俺を愛してくれていないなんて。ありえない。救世主職がユンに何か言ったんだ。そうでしょう?」
何を言っている、と問いかける事さえできないのが今の俺の状況だ。
「よくやったな、徒人。義弟の言いつけ通りに影縫いの呪術を施した宝貝『鑽心釘』を救世主職の影に突き刺した」
「……これで、ユンを生き返してくれるのですよね」
「ああ、もちろんだ。妖怪は救世主職と違い嘘をつかない」
勿体振った足取りで近づいてきた虎力大仙が、動けない俺を両手で持ち上げる。
「救世主職。妖術やスキルばかり気にしていただろ。だが、そう気を落とすなよ。前の救世主職も、結局、徒人を使った騙し討ちが致命傷になったからな。お前ばかりが愚かだったという事にはならない」
妖怪の勝ち誇った顔が真正面から俺を見てくる。と、大きく口を開き、牙を見せた後、肩口に噛みついてきた。
痛覚よりも先に鮮血がダメージ具合を知らせてくる。遠慮なく肉が噛み千切られて、乱暴に食い破られた鎖骨やら筋肉やらが視界の端に映り込む。
「おおっ、これは想像以上に、うめぇっ! 喜べよ、前の救世主職よりもお前は味で優れているぞ!!」
激痛の悲鳴が口から出ていかないため、脳内で無茶苦茶に響き渡る。
「俺の見立て通り、お前は珍味だ!」
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“ステータスが更新されました(非表示)
ステータス更新詳細
●人身御供(初心者)(非表示) → (Dランク)(非表示)
●人身御供固有スキル『捕食者寿命+10年』(非表示)を取得しました””
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“『捕食者寿命+10年』、生贄なれば寿命が伸びる程度の栄養価があるべきというスキル。
本スキル所持者を捕食した相手の寿命を10年延長する。味も少し魅力度が増す。
二口目以降は効果が重複しないので、味を楽しもう”
“取得条件。
人身御供をDランクにする”
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「体が活性化する! お前は素晴らしい食べ物だぞ、救世主職!」
虎力大仙が嬉しがっている声など聞いている余裕はない。
街の外には同じ白シカ顔の妖怪が数千体。この世界の人口規模ではかなりの数になる。まあ、よく耐えられたと誇るべきか。
背中を合わせるクゥとユウタロウは顕在であるが、二人ともスタミナが尽きている。
「はぁ、はぁ。クゥ、ユウタロウ。まだ戦えるか? ちなみに、俺は『魔』の残量的にそろそろ消える」
「私達、頑張った。うん、頑張った。最後に分身御影君が頑張ってくれるらしいから、逃げましょう。ユウタロウ君」
「逃げるタイミングを見失った。もう遅い」
数に押し切られたというのもあるが、倒しても倒しても立ち上がる所為で勝ち筋を得られなかったというのが正しい。如意棒ではノックバックさせるだけ。ユウタロウの炎で焼却すれば復活しないと途中で気付いたものの、増援や分身で増える数に対抗できる程ではなかった。
かなりの時間粘ったのに、結局、俺の本体は現れない。危機に陥っていると想像できるが、俺達の方も危機的状況のためどうする事もできない。
焦る事なく、歩きながら包囲を縮める妖怪集団。
俺達三人に対抗手段は無かった。




