6-14 三大仙 虎力大仙1
加速度病――いわゆる乗り物酔い――の発症により到着の遅れていたクゥが援軍として現れた。
村人たった一人で戦局に影響があるのか、というのが本心であるが、怪しげな黒い炎を纏ってクゥは覚醒している。どんな感じに覚醒しているかというと、百メートルも伸ばし、重心のすこぶる悪い如意棒を軽々と振っている。
ヒマワリ戦で一輪を潰した功績は、まぐれだった訳ではないようだ。
「どうしたんだ、クゥ! 変なミミズでも食ったのか?」
「おりゃーーっ!」
「駄目だ。遠くて聞こえていないぞ、あいつ」
分身体が相手とはいえ、村娘が多数の妖怪を軽く圧倒している。如意棒の性能だけでは説明がつかない。
黒い炎が明らかに怪しい。そもそも、あんな炎を噴出するような村娘はいない。
「あの力はッ、黒八卦炉の宝珠! 何たる罰当たり。恐れ多い! 救世主職めの仲間が使うなど恥を知れ!」
鹿力大仙の半数がクゥに向けて移動を開始した。俺とユウタロウもクゥを守るために後退する。
「それはそうと、クゥ。一緒にいたはずの黒曜はどこにいるんだ??」
「御影君の偽娘なら一人で街に向かったけど」
俺の本体の援護へと向かった、のだろうか。判断が早過ぎるしクゥを置いていったのはマイナスであるが、街に向かってくれたのは助かる。怪我人を抱えて自由に動けず、俺も苦労している事だろう。
「その黒いの、熱くないのか?」
「全然?」
クゥが纏う黒い炎は腰の巾着袋が出火元である。
近付いても熱を感じない。服も燃えていないので普通の炎ではないのだろう。黒い炎から連想されるものは黒八卦炉と呼ばれた異様な悪霊であるが、この炎からは悪霊的な要素は感じられない。『魔』の気配が異様に高密度に感じられはする。
そういえば、クゥが黒八卦炉より黒い球体を回収していたような。所有者に力を授ける系のパワーアップアイテムだったのだろうか。
「俺の本体と黒曜が戻って来るまで遅滞戦闘を続けるぞ」
クゥの参戦で戦場は一時的に拮抗したものの、敵は倒しても倒しても起き上がる鹿力大仙。如意棒で吹き飛ばしても時間をかけて立ち上がっている。街からも続々と増援が現れ続けている。
分身体の増援を上回るだけの瞬間火力が俺達にはない。
包囲されるまでの時間を稼ぐのが精一杯だった。
妖怪兵の気配を読みながら通路を進む。遭遇を避けながら移動を続けていられる。
「……誘導されているな」
街の外へと向かおうとすると妖怪兵が多く集まっていた。最初は俺を逃がさないようにしているのだから当然だと考えていたのだが、よくよく考えてみると、特定方向ばかり手薄だった。
誘導に気が付いた時にはもう遅い。街の奥まで移動させられており、来た道は妖怪兵が封鎖している。
追い込まれた先はトンネルのような細い通路。長い道を歩き続けて、ふと、一気に視界が広がる。
円形の広場。
石畳が敷かれ、周囲には壁が聳える。
そして、広場の中央では……トラ顔の妖怪が腕組みしながら俺を待っている。この世界、トラ顔の奴が多いな。
トラ顔妖怪には上位の妖怪の風格があった。『魔』の気配はレベル100オーバーのそれだ。
「来いよ、救世主職。もう逃げられない事は理解しているだろうよ?」
呼ばれたので進むと、入って来たはずの道が無くなり壁になっていた。妖術による幻覚だとすれば芸が細かい。
リウを背負ったまま妖怪に近付こうとすると、妖怪が親切に止めてくる。
「これから殺し合うんだ。自由に動けないだろ、荷物は置けよ」
「人質にされると自由に動けないからな」
「安心しろ、そいつは人質にしない。御母様に誓ってやる」
妖怪の言葉を信用した訳ではない。ただ、他人を背負ったまま戦える相手でもなさそうだ。なるべく妖怪から遠い場所でリウを下ろして、エルフナイフも取り出しておく。
トラ顔妖怪から五メートルの距離まで近づいて、足を止めた。ナイフの間合いで考えると遠いが、色々なスキルの射程内なので不都合はない。
「オレは三大仙が長兄、虎力大仙という」
「……それはご丁寧に。で?」
「いや、名前くらい教えろよ、救世主職。挨拶は基本だろうが」
「名前をキーに発動する宝貝があるから警戒するのは当然だ。お前等、妖怪共の所為で苦労している」
「苦労するのは当然だろ。この世界が破滅に向かったのは救世主職が世界を救えなかったのが原因だ。世界が黄昏てしまったのはお前と同じ救世主職が失敗した所為だ。同業の失態の所為だと諦めな」
黄昏世界の異常は食人妖怪の跋扈もだが、それ以前に、巨大な太陽が地表を焼く環境こそが地球、ウィズ・アニッシュ・ワールドとの大きな差異だろう。仮に妖怪が存在しなかったとしても、過酷な気候だけで人間は十分に滅びる。
黄昏世界が最初から乾いた世界だったとは思えない。旅をしている間、所々で枯れた植物を目撃している。つまり、過去には植物豊富だった時代があったのだ。それが、どうして今のように激変してしまったのか。
救世主職の失態が原因。こう虎力大仙なる妖怪は言うが、気候変動の解決まで救世主の職務だというのか。SDGsでどうにかできるレベルを超えてしまっている。
気候の悪化が自然現象ではなく、人間や妖怪による人為的なものであれば別だろうが。
「この世界の過去に何があった?」
「今更な話だ。それとも、まさか、妖怪の言葉を信じるのか? 救世主職」
それもそうである。妖怪の言葉は何も信じられない。
「過去はさておき。仮面で顔を隠した妙な救世主職、お前は珍味だな。美味そうな体臭がしているぜ」
「気色悪い妖怪。趣味が悪い」
「そんな臭いをさせているお前が悪い。兄弟でお前の体を分け合って喰う」
長い舌を伸ばしてから、じっくりと唾を飲み込む音を立てている。気持ち悪くて肌が粟立つ。
これ以上の会話は無用と判断した俺は、間合いに詰めるべく走り出して……躓いた訳でもないのに派手にこけた。
思いもよらない事態に混乱しつつも立ち上がろうとして、失敗する。
妙だ。腕や足が動かない訳ではない。ただ、思ったように動いてくれないだけである。
「ここは敵陣のど真ん中だぜ。術が事前に行使されている、と思わなかったのか?」
右手を床について立ち上がろうとしているのに、何故か左手が動く。右の足を踏ん張ったはずなのに、左の足が強張り動きを邪魔する。
糸の絡まったマリオネットとてもう少しまともに動くというのに、俺の体は言う事を聞かない。
「妖術“神経混線、左右反転”は左の手足と右の手足の神経命令を入れ替える。たったそれだけの術だが、どんなレベルの奴にも刺さるのがこの術の長所だ」
ドヤ顔で妖術の性質を明かしてくる虎力大仙。
――そう言えば俺が信じてしまうとでも思っているのか。馬鹿馬鹿しい、誰が信じるものか。違和感だらけの体の動きは妖術が原因ではない。別に要因があるはずだ。
「とはいえ、どんな優秀な妖術も単独で用いては必ず反撃してくるのがお前達、救世主職だからな。末弟、羊力大仙の失敗に学んだ。糸口を与えん。妖怪固有スキル『斉東野語』の使いどころはここだ。救世主職、お前は妖術“神経混線、左右反転”の効果を決して信じない」
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“『斉東野語』、信用などあるはずもない怪しげなる存在のスキル。
本スキル所持者の言葉を確実に信じさせない事が可能。
同じ対象に対しては、二度と本スキルを使用できなくなるため、使いどころが大切である”
“取得条件。
妖怪として不信用を買い続けて、Aランクに達する”
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