6-13 三大仙 鹿力大仙3
妖しい液体を保存した小瓶。
色の付いた粉末を包んだ紙。
升目のような収納棚には植物の根や妖魔の干物。漢方薬のようなものだろうか。臭いが強い物が多いのも特徴である。
「薬だよな。きっと」
薬を発見できたのは上出来だ。けれども、重症に効く薬なのかまでは分からない。
ラベルの付けられた薬もあるが、文字の多くが擦れてしまっている。そもそも、黄昏世界語で書かれているためまったく読めないが。
“――反――薬の失敗作――――御母の勅――叶わ――”
それでも候補を選ぶなら、一番高級そうな白磁の器に収められている薬だろう。ハチミツのような粘性ある液体が入っているが、妙に黒い。飲み薬なのか塗り薬なのかさえ分からない。
薬も使い方が悪ければ毒となる。
傷口に胃薬を塗っても意味がない。
「確かめるには、こうするだけだ」
背中のリウを慎重に下ろしてから、『暗器』で収納していたエルフナイフを取り出す。
ナイフの刃を自分の手の甲に近付けると、浅く斬って傷をつけた。
「やばっ、想定よりも深く斬ってドバドバ血と痛みが」
ナイフをしまって薬を手に取る。
注ぎ易くなっている白磁器の口を傾けて、出来たばかりの手の傷へと中身の液体を垂らす。最悪、液体が薬ではなく毒物だったとしても『耐毒』スキルを有する俺なら耐えられる。
「無事に効いてくれますように」
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“霊薬『扶桑樹の葉、効果増強薬(失敗作)』、死者を蘇らせる薬を目指して調合された劇物。
奇跡の力を有する特別な葉を煮込み、濃縮した薬。奇跡の力で瀕死の傷さえ瞬時に治す。
ただし下手に濃縮されて効能が強化されているためか、使用者は無数の針で体の内外を刺されるような地獄の苦しみを受けて、最終的に悶死する。
なお、あくまで回復過剰効果による苦痛であるため、『耐毒』の範囲外”
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……嫌な予感がしたので、いちおう保険はかけておいた。俺の行動全般に対して殺傷能力を除外する補助スキル、『非殺傷攻撃』を使用しながら薬を傷口に垂らしている。
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“『非殺傷攻撃』、攻撃の威力を抑えるスキル。
本スキル所持者が行う攻撃であれば、致命的な一撃であっても完全な無害化が可能となる。
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万全を期した治験を敢行した結果は……大成功。ナイフの斬り傷が泡立つと、見る見るうちに消えていく。かなりの効能で、主様の『奇跡の葉』と同じくらいの回復効果がある。
期待できそうな薬を発見できたので、さっそくリウの傷口に垂らす。臓器にもダメージを負い、青白い顔をしている少年の命は限界だったが、ギリギリのところで治療が間に合う。
「くッ……ユン、ユン……」
腹の穴が埋まる瞬間、呻いて意識を取り戻したリウ。けれども、すぐに脱力してしまう。体力切れだろう。
眠ってくれたお陰で、名前を呼んでいるユンについて報告せずに済んだ、こう思ってしまい仮面を自分で小突く。
「……早く帰ろう」
どうにか、目的を達成できた。
これ以上、妖怪の街に留まる必要はない。妖怪共の殲滅は好きな時にすればいい。リウを連れて街の外へと脱出して、囮役のユウタロウ共々、今は撤退するとしよう。
「賊が街に侵入しているはずだ! 探し出せッ!!」
これから逃げるという段階で妖怪共に侵入を気付かれてしまった。部屋の外を兵士達が慌ただしく駆け回っている。
「ユウタロウめ、作戦がバレたな」
俺一人だけなら強行突破してみせる。だが、リウを背負った状態で無理はできない。隠れながら脱出できそうな出口を探すしかないが、正直、自信はない。
二十を超える攻撃妖術に晒されたユウタロウは、煙が晴れた後も原形を留めて立っていた。肩を上下に動かして呼吸をしているので生きてもいる。
ただし、無傷とはいかない。頭や心臓といった重要部位は守ったようだが他は血だらけだ。片腕は完全に動いていないようでダラりと伸ばしてしまっている。
「大丈夫か……いや、大丈夫じゃないな、ユウタロウ!」
「見たままだ。ふん、だが、妖怪の分身体も大きく減った。急造品だからか妖術を使った奴等は『魔』の枯渇で消滅している」
街の城壁の上から妖術を放った鹿力大仙の分身体はすべて、体を透過させて消えていく。数を揃えるために個々に分け与えている『魔』を制限しているのだろう。三節の妖術を二、三も唱えれば体を維持できなくなって消える儚い存在だ。
城門から現れて接近してきた分身体も、妖術の余波を受けて前衛は崩壊だ。
ユウタロウも傷付いている。だが、敵も戦力が激減している。
「後は俺に任せろ。あの数なら分身体の俺でも倒せるはずだ」
「そうだぞ、ユウタロウ。お前は十分に働いたと本体に伝えよう」
「二人いると二倍の煩わしさがあるな、お前」
ダメージを負っても槍を手放さず正面を睨んでいるユウタロウ。分身体の俺達は一緒に進み出てユウタロウを庇い、妖怪に向けてエルフナイフを構える。
所詮はパラメーター一割の分身体な俺達であるが、敵の妖怪も分身体であるのならば恐れるに足らない。コピーはコピーが相手になろうではないか。
「クフフ。クフフフ」
少なくなった鹿力大仙は、余裕の表情を崩さず、俺二人を見ながらニヤけている。不審者そのものだ。
「此度の救世主職は多芸。されど、分身もたかが二体が限界か?」
「お前も数を揃えるのに苦労したはず。そろそろ在庫切れだろ」
「在庫、在庫か。クフフ」
どうして笑うのかを問うよりも先に街の中から新手が現れた。同じ白シカ顔。鹿力大仙の分身体である。
小癪にもまだ在庫を残していたのか。こういった感想は途切れない足跡によって搔き消されていく。妖怪の顔に余裕が満ちるのとは正反対に、俺の顔には緊張が満ちていく。
分身体の数が、多過ぎる。
ユウタロウが対峙していた総数の倍、いや、三倍近くが街から現れている。城壁の上にも多数が補充されている。
たった三人相手に軍隊規模の妖怪を動員するのか。
「救世主職を討伐するための正攻法。それは消耗戦。力があろうと救世主職は一人。様々な方法で消耗させていき、動けなくなったところを確実に仕留める」
救世主職の能力にも依存する作戦とは思われるが、堅実な策である事は認めよう。基本的に俺は数に弱い。
「だが、残念だったな。俺は一人ではない」
「そうだ、俺にはユウタロウがいる」
「つい先ほどの任せろと言ったお前はどこに消えた。分身体なら、華々しく散って見せろ」
怪我人でも戦わざるを得ない状況となりユウタロウも率先して参戦するが、まあ、ユウタロウは逃げるべきだろう。
見えている数だけなら協力する事で倒せるかもしれない。だが、鹿力大仙が用意している分身体はもっと多いかもしれない。というか、間違いなく用意している。
「お前の本体が街にいる。作戦はバレているだろうが、少しでもこちらに引き付ける必要があるだろう」
ユウタロウは撤退を選ばない。近づく鹿力大仙を槍で攻撃し始めた。
俺二人もできるだけの事をするために戦い始めたものの、分身体を消耗品として投じる妖怪の戦い方に苦戦した結果、早々に俺一人を失う。ナイフで斬っても死なない妖怪に体を羽交い絞めにされたところを、ユウタロウの時と同じく妖術の支援攻撃で吹き飛ばされた。
「俺がやられようとも、第二、第三の俺が――ッ」
「俺ぇぇぇえッ!!」
せめて城壁の上の奴等の動きを封じなければ、敵戦力の引き付け程度もできそうにない。
たとえば、長い棒で横に薙ぎ払って一掃する感じに倒してしまいたい。
「――“ちょっと大きくなりつつ、伸びて”、如意棒!」
そうそう、今、後方から伸びてきた赤い棒が城壁の上の奴等を薙ぎ払った感じに。
「御影君、遅くなったっ!」




