6-12 三大仙 鹿力大仙2
向かってきた妖怪の分身体の剣を避ける。
ナイフで反撃しようとしたのを、ユウタロウが制してきた。俺が動く前に、槍の薙ぎ払いで近づいた分身体を数匹まとめて倒している。倒された分身体が色々散っていて絵面が悪い。
「ふんっ。詐欺師の考える手段は似通うものだな。……お前はあまり動くな。背中に荷物もある」
「悪いっ」
前に出たユウタロウが別方向より近づいた分身体を蹴って飛ばし、殴って飛ばし、槍で叩き飛ばし、と獅子奮迅の勢いだ。俺は後方に下がって邪魔にならないように努める。
ユウタロウが強いというのもあるが、分身体の妖怪のパラメーターが低いというのも一方的な戦いになっている理由だろう。
妖術の『分身』が忍者職の『分身』と同じとは限らない。ただ、妖術でも本体と同じパラメーターの分身体を作れたり、際限なく作れたりできるとは思えない。分身体を作るのにも維持するのにも相応の『魔』を消費するはずである。
ユウタロウも『分身』の弱点については分かっている――というか、ついさっき教えたばかり――ので、パラメーター差で圧倒する方針のようだ。
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“『分身』、己のコピーを生成するスキル。
『魔』の最大値の一割を分け与えて、スキル所持者の一割のスペックの分身を作り出す”
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鹿力大仙の場合は分身体から更に分身させているので、コピー劣化が激しいはずだ。
「コピー劣化か。VHSを思い出すが、あれはダビング劣化か。コピーからコピーするとどんどん映像が劣化したよな、ユウタロウ」
「……何の話だ?」
「いや、だから、VHS。ビデオだって」
「……知らん」
「待て、俺達も子供の頃ならギリギリ使っていた世代のはずだろ。俺と同じ年齢なら知っているはずだ! なぁっ!」
「ごちゃごちゃ五月蠅い」
数はともかく質が悪い。ユウタロウの撃破速度が分身体の増殖速度を上回っている今の内に、本体を始末する。
「やれ、ユウタロウ! ロケットジャベリンだ!」
「俺の技を勝手に命名するな」
ユウタロウは槍の投擲モーションに入っていた。狙いは、正門の近くにいる鹿力大仙の本体だ。
太腕によるリリースタイミングは完璧であり、爆発的な速度で槍は地面と平行に飛んでいく。また、原理不明であるが槍の後ろからは炎が吹いており、リリース後も加速。鹿力大仙の胴体に刺さっただけでは止まらず穿っていた。
槍は妖怪の体を貫通した後も飛行を続けて、翼もないのにユウタロウの手へと戻って来る。
「ユウタロウ。ナイスコントロール」
「手ごたえが無さ過ぎる。……アレも分身体だ」
分身できる妖術を使える妖怪が、ワザワザ姿を現してから分身する必要がない。事前に数を揃えておき、本体はもっと安全な位置で分身体に指示を送る。それが最も安全である。
そう俺達が気付くのを待っていたかのように、無人だったはずの城壁の上に白シカ顔の妖怪が現れた。百体近くが並んで俺達を見下ろしている。正門からも同じ顔の妖怪が列を成して歩いてくる。
「愚鈍なる救世主職。私達に勝利する可能性は皆無」
「劣化コピー品を大量生産したところで、俺の親友たるユウタロウに勝てると思っているのか?」
「誰がお前の親友だ」
「ブタ妖怪は強い。よく躾けられている。されどッ!」
正門から現れた分身体の列は特別な行動を取らない。愚直に近づいてきて、先頭がユウタロウとぶつかる。
ユウタロウは槍を横に振って排除しようとしたのだろう。が、分身体は体勢を崩しながらも致命傷を避けている。
「むッ」
「準備万全と宣言した通り! 街で丁寧に作り上げた分身体は特別性ゆえ。私の五割ほどでしかなくとも、質としては十分」
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▼鹿力大仙、分身体
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“ステータス詳細
●力:85
●守:90
●速:100
●魔:30/30”
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最初の分身体と比較して明らかにパラメーターが高い。妖術の『分身』はスペックダウンの低下を調整、改善しているらしかった。
一対一ならユウタロウの優位は変わらない。ただ、多数が同時に攻撃してくるのであれば話は変わってくる。分身体の手数に圧されて、ユウタロウが攻勢に出られなくなる。槍を横に構えて防御する時間が伸びてしまう。
足を止めたユウタロウ。
ユウタロウの足に、倒していたはずの鹿力大仙の分身体がしがみつく。槍で引き裂かれていた体が、時が戻るかのごとく復元しているようだった。
「羊力大仙と同じように、斬った体が治っているッ」
「言い忘れを一つ。分身体も妖術“覆水は盆に返る。水は循環する”は適用範囲。クフフ!」
「ユウタロウ! 逃げろ。城壁の奴等が詠唱しているぞ」
数を用意した分身体を巻き込む事に躊躇はなかった。
城壁の上の分身体共は完成させた三節呪文相当の妖術を一斉に放つ。鉄柱や岩、雷や火球といった様々な属性の攻撃に晒されたユウタロウの体は、砂煙の向こう側で見えなくなっていく。
俺の足元にも流れ弾が飛んできて、衝撃に体が浮いた。
背負っていた人物も浮いてしまい、不覚にも落としてしまう。外套を頭から被っていたため、何が起きたのか分からず尻から落ちた。
「――痛てぇっ」
「これは、何事?!」
落ちた衝撃により外套が脱げて仮面の男、つまり俺の顔が現れてしまう。
俺が二人。種明かしすれば、背負っていた人物は俺の分身体である。
ちなみに、俺も分身体である。
妖怪の街の裏側から密かに侵入を果たした本物の俺は、街で最も豪華な建物にいる。
「ユウタロウと『分身』二体が時間を稼いでいる間に、治療に使えそうなアイテムを探さないと」
街の外から連鎖的な爆音が響いてくる。囮が派手に暴れている証拠だろう。『魔』の二割を消費した甲斐があるというものだ。
背中のリウの息が荒くなっている。俺も焦り呼吸が早くなっていく。
妖怪の街に病院があるかは分からない。けれども妖怪とて体が傷付く。治療手段があって然るべきだ。医学ではなく、妖術か宝貝のように非現実的な手段がある事を望む。
ただ、この州の妖怪らしき羊力大仙は傷が自動回復するような医者いらずだ。それが気がかりではある。治療手段の用意が不要と判断されているかもしれない。
「兵士の巡回が多い。外で暴れているから仕方がないが……おっとっ」
曲がり角の向こう側から妖怪兵が現れようとしていた。姿を隠すべく、その辺りの物置部屋で身を隠す。
埃を被った荷物が多い。クシャミをしないように気を付けなければならない。
「随分と使われていないようだ。引き出しと小瓶が多い部屋で、まるで薬局みたいな……ん?」
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▼御影
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“ステータス詳細
●運:130”
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最近、疑念も多いが、俺の『運』は人類最高峰である。




