6-11 三大仙 鹿力大仙1
重傷のリウを背負った俺を先頭に、パーティーメンバーは荒野を走っていた。
リウの傷は深い。強過ぎる日差しの中、揺れる背で運んでいるだけでも死んでしまいそうだ。が、急いで運ばなければ長く生きられる状態でもない。命を削らせてでも運ぶ必要があった。
「本当に妖怪の街に行けば助けられるのか、黒曜?」
「可能性があるとすれば妖怪の街だけってだけだ、確証は何一つない。……パパはそれでも妖怪の街を目指すのか」
並走している黒曜がパーティーメンバーの中で一番、黄昏世界に詳しい。合流するまで一人で各地を巡っていた経験を信じるしかない――現地民のパーティーメンバーもいるが、村の外を知らない娘は頼りにならない。
知り合ったばかりの少年を助けられるかもしれない。そんなあやふやな可能性のためだけに妖怪共の居城を攻める。何たるハイリスク、ローリターンか。仮に助けられたとして、リウには想い人が既に死んでいるという事実を突きつけなければならない。助けた結果、後追い自殺されるという未来さえありえた。
本当に妖怪の街に向かうのが正解か。
リウを諦めて、天竺に直行するのが正解ではないか。
「――妖怪の街に向かう。結果を考えるのは後にする」
正解ばかり気にしていられない。そもそも、天竺も存在自体が眉唾な場所であり、正解とは限らない。
だから、今は背中で苦しんでいる少年のために動くとしよう。
「酔う。酔っちゃうから、ちょっと速度を加減して。このファッション義娘、御影君よりも揺れて気持ちが、うっぷ」
「村娘。俺の背中で吐く寸前、その首を絞めてやるからな!」
ちなみに、俺がリウを運んでいるため、『速』の低いクゥは黒曜に背負われて胃酸を逆流させかけていた。俺が前に運んだ際にも苦しんでいたのを思い出す。乗り物のない世界の人間だからか、乗り物酔いにかなり弱いようである。
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“ステータスが更新されました
ステータス更新詳細
●実績達成ボーナススキル『乗り物酔い(強制)』を取得しました”
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“『乗り物酔い(強制)』、他人に運ばれるのが不得意な者のスキル。
スキル所持者が他力によって運ばれる最中、ステータス異常『乗り物酔い』状態となり、行動に支障が出る”
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▼クゥ
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“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●実績達成ボーナススキル『耐日射(小)』
●実績達成ボーナススキル『調理(環形動物門貧毛綱限定)』
●実績達成ボーナススキル『乗り物酔い(強制)』”
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「うっぷ……うッ」
「おい、馬鹿。止めッ、止めろぉォ!」
諸事情により、クゥおよび黒曜の到着が遅れる事になった。リウを運ぶ俺とユウタロウのみが先行し、妖怪の街を視認可能な数キロ手前まで到達する。
「意外に早く到着した。街もそう大きくはない。前の州よりもここの州は小さいらしい」
混世魔王の引き起こした火災でほとんど焼失していたので、前回の街が実際はどういう感じだったのかは不明だ。が、塔を中心にした開けた街だったと思われる。
一方、俺達が今見ている街は壁村と同じように周囲が壁で囲まれている。壁村と同じようにと表現したが作りは堅牢かつ豪勢。壁は分厚く、上の部分には通路と瓦の屋根が存在した。
城郭都市なのだろうか。妖怪の敵が存在しない世界では飾りみたいなものだろう。
「見える範囲に兵隊はいない。壁の上に見張りもいない。余裕で侵入できる」
「本当にそう思うか? お前が来るのを察知していないと妖怪共に期待するのは間違いだぞ」
ユウタロウの指摘は尤もだ。妖怪は粗暴かつ悪辣だが、馬鹿ではない。意味ありげに顔を見せた白シカ妖怪が俺達の接近を報告していないはずはない。
となれば、無警戒な街の様子は罠と考えるべきか。
「妖怪ばかりに策を使われるのは癪だな。――よし、こういう手段ではどうだ?」
ズル賢さでは人間も負けていない。オレオレ詐欺や標準型攻撃メールを発明したのは妖怪ではなく人間だ。他者を騙す事くらい人間たる俺にもできる。
作戦をユウタロウに耳打ち――させるために無駄にマッチョな体を屈めさせ――した後、さっそく実行に移す。
妖怪の街の正門とそこに通じる整備された大通りの前に、俺とユウタロウは堂々と現れる。背負ったリウは強い日射から守るために頭から外套を被せていた。
「妖怪がせっかく用意した策も、敵が堂々と現れたのであれば全部無駄だ!」
潜入や奇襲の機会を捨てた事になるが、最初からそんなものはなかったと割り切ったのだ。声も隠さず大声で話している。
「関係者出て来い。白シカ野郎がいるはずだ!」
特に利用者がいないのに開いている正門に向けて呼びかけていると、望んだ通り、白シカ顔の妖怪が武装した兵士を連れて現れた。
「呆れるとはこの事。初手より思考停止の行動。救世主職は愚か」
「やっぱりいたか、妖怪」
「いや、それも仕方がない。既に我々の準備は万全」
準備万全と言いながら、率いている兵士はたかだか三十。武装しているとはいえ、一般的な妖怪は大した脅威ではない。
だからこそ、白シカ妖怪の行動には注意が必要だ。兵士に頼らない方法で俺達を攻略しようとしている。
「私の名は鹿力大仙。義弟、羊力大仙の無念を晴らす」
「俺を油まみれにしてきた妖怪の兄貴か。あの趣味も性格も悪かった弟の兄貴は、どんな手品を見せてくれるんだ?」
鹿力大仙と名乗った白シカ妖怪は、後頭部から生える白い髪を摘むと数本引き抜いた。そして、何のためかは不明であるが噛んでいる。呪術的な工程と思われるが、せっかく抜いた髪の毛を未練なく捨てて風に漂わせている。
「――我が身より削ろう、我が身を作り替えよう、万物に変化せん、依り代となりし我より再現せよ、複製されしは我なれば。妖術“身外身の術”、急急如律令」
憎い敵の毛なんて、ただばっちいだけ、では終わらない。
鹿力大仙の詠唱完了と共に、漂う髪の毛が急激に膨張して手足が伸びていく。
白い髪の毛だった物から現れたのは……鹿力大仙。体だけではなく服も複製されてしまっている。外見だけでは判別できない精巧さを有する偽物が三体現れた。
「……いや、驚かないぞ。『分身』スキル程度、忍者職だって使える。それに数が少し増えたところで――」
「――我が身より削ろう、我が身を作り替えよう、万物に変化せん、依り代となりし我より再現せよ、複製されしは我なれば。妖術“身外身の術”、急急如律令」
「――我が身より削ろう、我が身を作り替えよう、万物に変化せん、依り代となりし我より再現せよ、複製されしは我なれば。妖術“身外身の術”、急急如律令」
「――我が身より削ろう、我が身を作り替えよう、万物に変化せん、依り代となりし我より再現せよ、複製されしは我なれば。妖術“身外身の術”、急急如律令」
「――増えたところで……あれっ」
偽物三体が己の髪を毟ってから噛んで、大気に流す。妖術の完成と共に偽物が更に増えて、本体合わせて合計数は十体だ。
「妖術完成まで約二十秒。一分で三回増殖する計算か。あっという間に百体を超える」
「計算している場合じゃないぞ、ユウタロウ!」
十体全員が妖術を詠唱するのではなく、俺達を妨害するために半数が武器を手に動き出している。
一番奥の鹿力大仙は安全地帯で挑発する視線を俺に向けていた。
「救世主職。我が術にて貴様を打倒!」




