6-10 誘引の策
羊力大仙が復活しないか、それなりに長く待ち続けていたからだろう。動かない俺をクゥ達三人が迎えに現れる。
「御影君、無事ー?」
「……いや、村人に犠牲が出た。今回の妖怪はかなり危険だった」
妖怪から目を離さず指で村人達が転がっている方向を示す。
「巻き込まれた村人ね。……御母様のご慈悲、『陽』により最後は安らかでありましたように」
クゥは黄昏世界独特の祈りと共に手を合わせていた。物のように無造作に転がったままなのは可哀相だと、一人一人丁寧に寝かせるべく彼女は近づいていく。埋葬は故人の壁村が行うだろうが、それまでの間、せめて顔に布くらいは被せてあげたい。
惨事を起こした羊力大仙は出血が完全に止まっても復活しなかった。流した血は渇いた大地に吸収されて消えていく。
『暗殺』は成功したと見なしていいのだろうか。妖怪を疑いだすとすべてが怪しく感じられる。
仮面の裏側の水面は揺れている。近くで誰かが死んだ事は分かるが、村人も死んでいるのでそれだけでは判断できない。
「経験値取得で判断できていたウィズ・アニッシュ・ワールドのイージー具合が懐かしい。どうしたものか」
「手がないのなら俺がやる。どけ」
五臓六腑に解体した後、深い穴を掘って放り込んで物理的に封印するしかない。こう思案しているだけの俺に代わりユウタロウが槍を構えた。上段の構えというにはオーバーアクションであり背中側に熊手形状の穂先がある。
どうするつもりかと思えば、ユウタロウは背中から火を噴いた。噴いた炎が槍に絡めとられて渦となる。十分に加熱されてハロゲンヒーターのごとく赤く染まった槍。二の腕に太く力を込めたユウタロウは、鍬で畑を耕すような一撃を羊力大仙の体に叩き込む。
槍から熱量がすべて伝達された妖怪の死体は燃え上がった。槍を伝って体内へと直接流し込まれたため内側からも燃えているようだ。
「ユウタロウの新技。いつの間に」
「燃やして駄目なら諦めろ」
「それもそうだな」
灰になっても復活するなら仮面の穴に沈める以外に方法は思い付かない。
ただ、今は無理だ。仮面を取り外そうと思っただけでも、無い痛みに頭が痛む。トラウマになるレベルの頭痛の所為で仮面が外せない。ヒマワリと戦った際には外せたというのに、俺の体は一体どうしてしまったというのか。
「群発頭痛かな。早く地球に戻って健康診断を受けないと」
「顔に穴がある人間の健康って何、パパ?」
黒曜に仮面を見てもらったものの外見上の変化はないらしい。黄昏世界に来てから頻繁に外していた悪影響にしても妙だ。頭痛の原因が分からない。
羊力大仙が燃え尽き、村人達の安置を終える頃には朝になっていた。山脈より赤く巨大な太陽が上昇して、気温が一気に上がる。
「羊力大仙は、在野妖怪とは違って実力があった。しかも、明らかに準備万端で俺を襲撃していた。この州の街の妖怪だとすれば、既に俺達は目をつけられている事になる。今後はそれを念頭に置いて動こう」
暑い時間帯に動くリスクはあるものの、襲われたばかりの場所に留まりたくはない。そろそろ出発だ。
「――あれ。そういえば、リウは?」
ここには俺達四人が揃っている。
逆に言うと、壁村の少年リウの傍には誰もいない。
リウと彼の想い人、ユンが二人で話し合っていた場所へと急行する。
昼間は妖魔さえ熱さを避けるため活動を避ける。そのため、生物はおらず嫌に静かだ。何故か二人の気配さえ感じられない。
焦らずとも、静かな理由は到着と共に判明する。
「リ……う、リウっ?!」
地面に円を縁取るように倒れていたのは少年と少女。
どうして倒れているかなど察するのは簡単なのに分からない。腹から血を流して倒れているのなら負傷しているのは間違いないのに何も分からない。凶器らしき血が付着した刃物が二本落ちているのに分からない。
「――到着遅し。すべて遅し。救世主職はなんと無様」
はっきりしている事は、少し遠くで妖怪が俺を嘲笑っているという事実だ。
見た覚えのある白シカ顔の妖怪だ。この州に到着して黒曜が倒した奴の血縁か、本人か。どちらでも構わない。妖怪がいつものように凶行に及んだだけの事。怒りはあっても驚きはない。
追う暇もなく白シカ妖怪は姿をかき消した。
追うつもりは最初からなく、倒れている二人に駆け寄る。
少女ユンの方は心肺停止している。血を流し過ぎているため、蘇生は不可能だろう。
少年リウの方は……まだ息がある。重症であるのは間違いないが、治療次第で助かるかもしれない。
「ユン、ユン……」
「クソッ、妖怪がどうして二人を」
「ユンを、助け……けほっ」
「喋らせないで! 御影君は傷口を抑え続けて!」
治療次第だ。だが、残念ながら俺達は治療薬を所持していない。黄昏世界の人間が怪我をしたり病気になったりした場合、自己治癒能力で治すか死ぬかの二択だけだ。壁村で薬が手に入る見込みはない。
重傷を治せるだけの治療手段がある場所は、黄昏世界の上位種族、妖怪の街だけだろう。
「妄想に近い。治療手段があったからといって助かる見込みも……いや、今は可能性にかけるしかない」
この州の妖怪の街を目指す理由ができてしまった。天竺を目指すだけであれば不要な寄り道を俺達は強いられる。
妖怪の街では州軍が防御を固めつつある。救世主職の襲来に備えるべし、こう州官長たる三大仙が命令を下したのである。
「無事に救世主職を招けて予定通り……と言いたいが、なんという、なんという悲劇か。末弟よ、末弟よ!」
「義弟の未練、義兄の苦悩、我も共感」
「分かるか、義弟よ。我等が秘術さえ破る救世主職がいる、こう末弟は我等に警告を残したのだ。なんと兄想いな奴よな。まったく、なんて、なぁ」
「必ずや救世主職を打倒。喰わん!」
街の中心にある城では二体の妖怪、虎力大仙、鹿力大仙が義弟を討った憎き救世主職に対して復讐心を燃やしていた。
自らのテリトリーたる街への誘引には成功している。後は妖術の限りを凝らした毒壺にて、救世主職に勝利する。それだけだ。




