1-4 壁村からの門出
状況を整理しよう。
四方を壁で囲まれた村――この世界の人々は壁村と呼ぶ――に突如、現れた妖怪。徴税官とも呼ばれる奴等の蛮行によって村人クゥの家が燃やされた。
家ごと燃やされかけた俺は正当防衛により妖怪を撃破。一時的に人質となったクゥも無傷で助けた。
こうした経緯を経た結果、俺は村人全員から非難囂々。妖怪を排除したのに怒られている。何故だ。
ちょっと前後の繋がりが見えてこないので、現地人たるクゥに問いかけてみる。
「……もしかして、俺、悪い事した?」
「善悪の話ではなくて。うーん、壁村の全員の命を危険にしちゃったのは事実かなぁ」
「具体的には、この村はどうなるんだ?」
勝手が違うのが異世界だ。同じ地球の中でだって、地域によっては頷くジェスチャーが否定を意味する。正しいと思った行動がこの世界では間違いだったのかもしれない。
「徴税官に逆らった壁村は、連帯責任で全員が懲罰対象。たぶん、皆殺しにされるんじゃないかな」
クゥのお陰で状況が理解でき、仮面を抱え込む。
村人達が怯えている理由がよく分かった。実によく……飼い慣らされてしまっている。
どおりで妖怪が横暴を働いているのに、俺以外の誰も動かなかったはずである。戯れで一人や二人殺されたとしても、クゥの家が燃やされて首をねじられたとしても、村が全滅するよりはよほどマシなのだ。弱者の生存戦略としては正しい。村人達は誰も悪くない。
俺が悪いとまでは思わない。やり方が悪かったとは思うので、謝罪はしておこう。
「すまない。逃げた妖怪にトドメを刺しておくべきだった」
「徴税官の上には地方官がいる。戻らなかった時点で、地方官に反乱が起きた事が知られてしまうから。口封じしたところで時間の問題でしょうね」
「あれで役人の端くれだったのか。上の程度も知れる」
一つ疑問が沸く。
あの妖怪共が役人だった事にではない。素行の悪い奴はどんな位にもいるものだ。そこは特に驚かない。
ただし、あの妖怪共が徴税官だとすれば、どうして金や食料以外に村人まで集めていたのかが不思議である。数えてみると丁度十人。村の一割の人口に等しい人数をどうして集める。
まるで税の代わりが――、
「――何を当たり前の事を。妖怪は徒人を食べるのよ。徒人税を支払えないのなら、壁村から首途される代わりに免税を乞う。普通の事じゃない」
――人間という事になってしまうではないか。
首途なる言葉の意味は正しく日本語訳されずに耳に届いていたが、畜産動物の出荷に近いニュアンスであると簡単に把握できた。
この世界の社会システムは妖怪優位に作られている。人間は壁村という小さな単位でのみ生活を許されており、家畜と化している。
俺は人間だから、人間が家畜となっている状況に嫌悪感を覚える。だから、この世界を悪く考えてしまう。
それでも、人間を家畜とするルールこそがこの世界の正しさだ。この世界では妖怪こそが世界を代表する種族であり、人類は動物と同じ。妖怪の生活を維持する法則こそが正しいルールとなる。
「私が首途されたら、免税で子供達は五年無事だったのにッ!」
「よくも壁村の未来を!」
だから、ルールを破った俺に対して、子を持つ村人が石を投げつける。
「出ていけっ!」
「お父さんとお母さんを困らせたな。このっ、このぉ!」
だから、子供達が石を投げつけてくる。
何も分かっていない余所者が自己判断で手を出すべきではなかったと深く反省する。仮面に石がぶつかるのを許容するのが罰なら、甘んじて受けよう。誤って傍にいたクゥへと飛んできた石だけは掴み取り、その場に捨てる。
俺は反省した。
反省した。
反省したので、村人達に対して謝罪しよう。
「知るか、そんな腐った事情ッ!!」
言ってやった。言ってしまった。
救世主職らしからぬ台詞だっただろうか。救世主職の自覚のない俺としては正しい言葉の選び方だったと自画自賛する。
俺が浅はかだったにしろ、襲ってきた妖怪が一番悪いのは明白だ。
襲われたから撃退した。それが俺の中の事実でありすべてだ。異世界人共の言い分をすべて受け止めていられるか。どうせ聞いてやっても、数年後には妖怪に食われて死ぬような奴等の話だぞ。
一斉に殺気立った村人共から逃げるべく、俺は荒野を目指す。
「こ、こんな村にいられるかっ。俺は出ていく!」
捨て台詞を残して颯爽と灼熱の大地に跳び出した。
オーガ妖怪が乗って逃げた妖魔の足跡が続いている方向目指して、さあ走りだそう。
「――うん。それじゃ、元気出して行こっか!」
……俺と同じように門から出てきたクゥが、何故か隣にいるのだが、はて。
首を九十度近く曲げながら、奇妙な行動を取る村娘の顔を見る。
「家もない。未来もない。だったら、死ぬ前に壁村の外を見に行くのもオツじゃない」
「言っていて悲しくなるが、俺と一緒にいるとハプニングが多くて危険だぞ」
「そうそう、アナタを家に入れた所為で家が燃えたからね」
クゥは完全に反論を封じてきた。ごもっともな話である。
それでも、見ず知らずの女を連れていく事に難色を示していると――、
「――私はアナタの言い分、間違っていないと思うよ。私にも妖怪を一発殴らせてよ」
――細い腕をグルグル回してクゥは好戦的な言葉を返してきた。虚勢であるのは明らかであるのだが、彼女の行動の否定は俺の行動の否定にも繋がる。家畜のような生き方を嫌悪した俺が、家畜であるのを止めようとするクゥの邪魔をどうしてできるだろうか。
同行について納得した訳ではないが、溜息を付いて諦める以外に手段がない。
「……ねぇねぇ。これから一緒に行動するのだから、そろそろアナタの名前を教えて」
クゥに強請るように訊ねられて、ようやく気付く。まだ自己紹介をしていなかった。
「俺は御影だ」
「私はクゥ。よろしく、御影君」
こうして、金色の瞳の村人クゥと一緒に行動を開始した。
近場の別の村まで連れて行ってすぐに終わる関係だろう、こう俺は思っていました。