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黄昏の私はもう救われない  作者: クンスト
第六章 西への旅
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6-8 三大仙 羊力大仙2

 人間の体は酷くもろい。料理では低い温度となる百度の油で熱せられただけでも命をたもてない。

 俺の体を這い上がろうとしたまま力尽きていく村人達。

 俺にしがみついたまま硬直していく村人達。

 タンパク質が変化し白濁した彼等の目は何を告げたいのか。熱さから逃れたい一心で他人の体を這い上がっていた人間が言いたい事などそう多くはないだろうが。


「なんと、此度こたびの救世主職は見殺したぞっ。上に跳んで救出しないとは、まったくもって薄情な」


 油から顔だけ出した羊力大仙ようりきたいせんが、空を指差しながら俺を非難する。

 妖術の鉄壁に囲まれているが、頭上には壁がない。確かに俺の脚力なら助走せず十メートルくらい跳び越えられるので、村人全員をかかえて油地獄から脱出できたかもしれない。

 ……一か所だけの脱出路など、分かり易い罠だが。

 村人よりも熱に強そうな妖魔の赤ネズミはまだ生きて暴れていた。その内の一匹を、登っていた村人が落ちてフリーな左手で掴んで確保すると、壁を越えるように投げる。

 油地獄から飛んでいき、鉄壁の向こう側へと生還を果たそうとする赤ネズミ。

 油に濡れた赤い体毛が、鉄壁から発せられた雷に撃たれて四散しなければ、きっと生還できただろう。


「妖怪らしい罠だ。殺したいくらいに、いやらしい罠ばかり使って」

「おっと、気付いておったぞっ。ツマらん」

「ツマらないか。安心しろ、お前にとって面白くない事態はこれからだ」


 顔も精神も下品な妖怪に殺意を抱く。すぐに心臓にナイフを突き立ててやりたかったが、俺の体を掴んだままの村人の死体が外れない。無理やり動けば外せるだろうが、その場合は体を損壊させてしまうので少し躊躇ちゅうちょしていた。

 それに、ナイフを使うのも面倒だった。

 死体がしがみついている異常な現状は、仮面を取り外して人間性を失うに足る状況だ。さっさと仮面を取り払って、残忍な妖怪を残忍な方法で始末してしまおう。

 皮膚との癒着ゆちゃくゆるんだベネチアンマスクに手をかける。



“――禁則なり、禁則なり”



 マスクを少し剥がした瞬間だった。脳髄に五寸釘でも打ち込まれたかのような激痛が頭蓋骨の内側を駆け巡る。

 耐えられない苦痛に膝をつく。これまで体をしぼられたり首を斬られたりと苦痛を色々と体験しているが、それらとも別種の耐えがたさがある。頭が痛いだけなのに心臓も悲鳴を上げ、全身がビクビクと痙攣し始める。


“――禁則なり。禁則なり。天のことわりに従うべし。汝のソレは禁則なり、許しを得てはいない。苦痛という罰則にて禁則を守らせるが、緊箍きんこの役割なり”


 頭の中をドライバーでかき回されているかのような頭痛だ。

 脳みそをすりおろし器で潰されているような頭痛がする。

 体を掴んでいる他人の死体など気にしていられるレベルの痛みではない。無理やり引きはがし、両手で頭を抱える。そんな事では耐えられず、油の中でのたうち回った。



“――禁則なり。禁則なり。禁を守るべし。行動をあらためよ”



 頭痛に混じって無感情な声が聞こえた気がしたものの、そんな空耳を聞いていられる余裕はなかった。

 眉間まゆあいを深くゆがめながら深呼吸する。気付いた時には、誰も俺の体を掴んでいなかった。油ですべってとれたのだと思う事にする。


「ぜーぜー。お前、何かしたか」

「勝手にくるしんでおかしな救世主職ぞ。罠かと思って手出しできなかったのはこちらぞ。何でもかんでも妖怪の仕業しわざと思うな。世界がこうなったのも、救世主職の失態ぞ」


 妖怪の仕業でなければ、どうして今まで普通に外せた仮面を外そうとした途端に頭痛が襲う。ただ、妖術や呪術ごときが仮面を封じられるとは正直思えないが。

 ともかく、異常事態だ。仮面を外せないとなると俺はただのアサシン職。地球にやってきた魔王を返り討ちにできるくらいの凡庸ぼんような人間である。

 地の利は妖怪側にある。この状況を己の力のみで突破しなければならない。



「そろそろ仕上げるとしようぞ。釜を加熱。今日は豪勢に救世主職の唐揚げだ!」



 煮立つ油の勢いが上がる。常人以上の『守』がある俺でも耐えられない熱さまで上昇していく。

 油も胸の高さまで深まった。浮き始めた体をつま先立ちになって支える。


「泳ぐのは苦手だ。足場を作って近づく。『既知スキル習得』発動。対象は死霊使い職の『グレイブ・ストライク』」


==========

“『グレイブ・ストライク』、墓場に存在する物品を呼び寄せて投擲するばち当たりスキル。


 墓地の物に限定した召還と投擲が可能。基本的に投げつけるだけ。召喚できない物としては実体のないゴーストや魂の入っている動く死体など”

==========


「召喚物は墓石を八! 連続射出ッ」


 羊力大仙ようりきたいせんとの直線上、等間隔に墓石を投擲。油の水面の下にある大地に突き刺す。ばち当たりな足場の完成だ。

 熱い飛沫しぶきの中を駆け抜ける。摩擦の低い墓石を足の指でしっかりとらえながら走る。


「最短距離。突き刺され!」

「甘い甘い。妖術使いは近接戦闘に弱いなど古典にも載っている分かりきった事実。対策は様々あるが、今回用意した手段はこれぞ」


 前へと突き出したエルフナイフの先にあった羊力大仙ようりきたいせんの体が、急上昇した。ナイフは油の中からせり出してきた何かとぶつかり、曲面によりらされていく。

 野太く丸みを帯びたソレにはびっしりと青い鱗が詰まっており、刃物さえ通さない生態的なスケールアーマーとして機能している。

 油の中に隠れていた長い体を鞭のようにしならせて、ソレは反撃してきた。回避しようとした肝心な時に足を滑らせたが、かえってそれが良かったのか、俺の鼻先を長い体は素通りしていく。

 冷や汗、というか、単純に油が熱い。ダラダラと汗を流しながら後退する。

 羊力大仙ようりきたいせんの下から現れたものの十メートル近い全体像を確認して、ちょっと場違い過ぎる正体にあきれた声を出してしまった。



「海でもない癖に、シーサーペントは馬鹿げているぞ!」

「我が妖術で使役した純粋なる竜種ぞ。いかな救世主職とはいえ、この灼熱の環境で体が揚げ上がる前に勝てるか。ぜひ、試してみてはどうか?」



 油の海に突如出現した巨大海蛇シーサーペント似の怪物。その頭に騎乗する羊力大仙ようりきたいせんの命令で油を泳ぎ、体をくねらせて、俺へと尾を伸ばしてくる。

 ナイフで迎え撃ったが、どうにも足場が安定しない。

 尾っぽの先を受け止め切れずに体を打たれた。

村人達(揚)(1週間以上も放置されたから、揚がっちゃったよ。。。)

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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
 ◆コミカライズ「魔法少女を助けたい」 1~4巻発売中!!◆   
 ◆画像クリックで移動できます◆ 
 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない


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