6-7 三大仙 羊力大仙1
赤いネズミの使う妖術の威力は、某炎の魔法使いの魔法に大きく劣る。平凡な魔法使い職が使う三節魔法程度という評価だ。断熱材入りの壁をバーナーで炙っても火事にならないように、レベル100の体が燃える事はない。
……ドブネズミサイズの小動物が人体を炭にする火力の炎を発生させるのだから、村人にとっては十分な脅威である。
「妖魔がこっちに来たぞ」
「逃げろ、燃やされちまうッ」
「バラバラに逃げるから、助け辛いだろ!」
妙な感じだ。壁村付近に村人が逃げまどわなければならない脅威度の妖魔が多数現れている。偶然、群れが移動してきたのかもしれない。が、現れる直前まで気配を感じ取れなかった。完全に気配を消して機会を窺っていたかのようで腑に落ちない。
赤いネズミを『非殺傷攻撃』なしで蹴り飛ばしながら考える。
「ただの不運か。『運』130の俺が?」
最近、村娘とのジャンケン勝負で黒星が続きちょっと自信のない『運』パラメーター。村人に見つかり、妖魔にも見つかり、と二連続で不調が続いているのであれば、次は妖怪に見つかるような不運もありえそうだ。
「――地獄の刑は汝がため、汝の罪は償える、罪に相応しき罰により汝の魂は救われる、閻魔帳に記載されし汝への罰の名は一銅釜、油まみれの釜で炒られ焼かれて罪を償え、釜で焼かれる責め苦こそが汝の刑に相応しい、地獄変“一銅釜” 、急急如律令」
地震でも起きたのか足元が揺らぐ。尻もちこそつかなかったものの、その場より動けなくなる。
「義兄達も勿体ないぞ。せっかくの救世主職狩りなのだ。磨いた妖術を直接試さずどうするぞ」
動けない俺を中心にして地面より黒い鉄の壁が生え上がる。全方位隙間なく囲まれてしまった。
鉄壁で捕らえられたのか。広い範囲を囲まれたため、俺以外にも、赤いネズミの妖魔と村人も数人壁の中にいる状態だ。この世界は壁で人間を覆うのがよほど好きらしい。
この異常現象を引き起こした本人は、十中八九、壁の上に立って俺を見下ろしている妖怪だ。
「今度の救世主職はどの部位を喰ってやろうぞ。腕か、足か、内臓か」
「妖怪。お前等は害虫みたいにどこでも現れるな」
「威勢が良い良い。我は羊力大仙。三大仙の末弟として妖術の発展に努める研究者ぞ」
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▼羊力大仙
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“●レベル:121”
“ステータス詳細
●力:88 + 100(捕食ボーナス)
●守:85 + 100(捕食ボーナス)
●速:97 + 100(捕食ボーナス)
●魔:564/534 + 150(捕食ボーナス)
●運:0
●陽:99”
“スキル詳細
●仙人固有スキル『不老』
×仙人固有スキル『仙術』(無効化)
●仙人固有スキル『魔・優成長』
●仙人固有スキル『術研究速度上昇』
●妖怪固有スキル『擬態(怪)』
●妖怪固有スキル『妖術』
●妖怪固有スキル『嘘成功率上昇』
●妖怪固有スキル『魔回復(嘘成功)』
●妖怪固有スキル『斉東野語』
×実績達成スキル『雨乞い』(無効化)
●実績達成スキル『救世主捕食』”
“職業詳細
●仙人(Cランク)
●妖怪(Aランク)”
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“妖怪の一種。アンテロープの顔をしている。
元は仙人として管理神の下請けとして働いていたが、世界が黄昏た頃に妖怪に墜ちた。
過去に義兄弟共同で救世主職を一人討伐に成功している”
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「此度、用意したるは古き文献より再現せし六節妖術ぞ。どうぞ、ご照覧あれ」
シカというかインパラというか。そっち系の動物の顔をしている羊力大仙は、下品な笑顔となっていた。いきなり登場して初対面の相手に六節妖術とやらを使ってくる性格の悪さが滲み出している。
というか、俺はもう救世主職ではないのだが。そう否定する間もなく、妖術による攻撃が始まった。
足元の地面が湿る。
赤い砂地が黒く染まっていく。
熱い世界なので水分は喜ばしいものなのに、妙な不快感がある。地面を濡らしていた水分が足元に染み出してきて分かったが粘性があった。足を上げると靴底に液体がへばりつき糸を垂らす。
薄っすらと黄色い液体はすぐに足首を越えて太もも付近まで水面を上昇させる。
そして、上昇しているのは水面だけではない。
「あちッ」
内部に取り残された村人が液体から逃れようと片足立ちになった。
赤いネズミも最初はゆっくりと泳いでいたものの、途中より激しく足をバタつかせて暴れ始める。
液体が加熱されていた。既に熱湯風呂以上の温度になっている。
「まさか、油か?!」
「おや、良い湯でも味わえると思っていたと?」
「妖怪は悪趣味なんだよ、毎回!」
基本的に油の沸点は水よりも高い。あっという間に百度を超える。というか、六十度の時点でタンパク質が凝固するので、人体はただでは済まない。
『守』で強化されている俺が耐えられる温度を探るつもりはない。石川五右衛門と同じ末路を歩む前に妖怪に向けて手を伸ばした。
「『既知スキル習得』発動、対象はオパピニア職の『マジックハンド』」
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“『マジックハンド』、手の届かない遠方のものを掴める便利なスキル。
一回に『魔』を1消費して、遠隔地のものを引き寄せるスキル”
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恰好つけて壁の上に立っていた妖怪の足首を掴んで油の海に落とす。
「熱い、熱いぞ?!」
「そう思うなら早く術を解除しろ」
「熱い熱い……熱くて蕩けそうな、良い湯だぞ。クケケ」
術者本人は油が熱くないのか。頭から潜って姿をくらます。水深は更に深まっていた。
追跡するべきだったというのに、村人の叫びを無視できず妖怪を完全に見失った。
村人を助けようと油を泳いで近づく。手を伸ばすと爪を立てられた。溺れる人間と同じ必死さでしがみ掴まれる。
「必死なのは分かるが、視界が悪い。顔の前に登らないでくれ」
「アヅぃ、熱ィィッ」
「俺も助けてくれ」
「邪魔だ。俺を優先しろ! 足が焼ける!!」
まるで地獄でたった一本降りてきた蜘蛛の糸に群がる亡者のように、村人は俺の体をよじ登る。
「待ってくれ、これでは妖怪の思う壺だ」
「ギャアア、熱い。こんな死に方はしたくない」
「ドけッ。上にいかせろ!」
「お助け、お助け、おたす……アァァアァ」
何なのだろうか。
本当に現実の光景なのだろうか。
少しでも上を目指して村人共は争っている。たった五センチ上に行くために顔見知りを蹴って油の海に落としている。地獄で起きるべき光景が俺の体の上で起きている。人間に限らず妖魔の赤いネズミさえもが仲間の体を踏み台にして俺へと登ろうとしている。
現実離れした光景は精神的に俺を縛った。油の熱さにはまだ耐えられるのに、あまりにも気色悪い生き物の本性に束縛されてしまう。
「救世主職はどれも弱いものぞ!」
潜行していた羊力大仙が顔を出していた。
油の温度は更に強まっており、高温を示す泡が各所で沸き立っている。




