6-6 火鼠
徒人が外で安全に活動するなら夕方か早朝の二択となる。
深夜は妖魔が徘徊する。昼間は屋根で休める壁村内と違って外は直射日光から逃げる術がない。ただでさえ過酷な環境で殺し合いをしたければ、昼と夜の間の時間帯を選ぶ事になるだろう。
隣村は朝を選んで行動を開始した。
見張りを立てていたリウの壁村も武装した村人達が村外へと出て行く。リウも大人達に続いた。
俺達はこっそりと壁を越えて村を出た。距離を取りながらリウがやってくるのを待つ。
ユンを知っている黒曜は一人別行動を取り、彼女を迎えに行ってもらった。
「リウとユンが揃ったら二人で話し合ってもらい、場合によってはそのまま別の壁村まで連れていく。それでいいな」
「水は二人分、追加で用意したから」
ユウタロウはこの件についてはノーコメントを貫いている。興味はないと外套を深々と被り続けて不審者の格好だ。
「ユンはまだ到着していない?」
遠くより戦闘音が聞こえてきた頃、リウが無事に現れた。
更に数分後、黒曜が少女を引き連れて到着する。彼女がユンで間違いないだろう。素朴だが愛嬌のある少女が、リウを見て笑顔となる。嫌がっている様子はなさそうだ。
「ユン、来てくれたんだ」
「リウ、呼んでくれてありがとう」
もじもじとしながらも二人は見つめ合う。微笑ましいが青春の時間は短い。ワザとらしく咳をして、早く話し合えとリウに視線を送った。
「あっちに行こう」
「うん」
話し合いはうまくいくだろう。
姿は見えるが声は聞こえない場所で二人を見守る。暇しているだけとも言うが、いちおう、妖魔や村人が近づいてこないかを警戒している。とはいえ、危険を感じるだけの要素は今のところない。
“――軽く一手目かのぅ”
いや、残念ながら複数の気配が近づいてきた。距離を取っていたつもりだったが、遮る物の多くが風化した荒野である。武器を手にした村人が目敏く俺達を発見したらしい。
武装した村人ごとき脅威ではない。剣で突かれてもダメージは負わないだろう。だからといって無視はできないが。
「あそこに誰かいるぞ! きっと隣村の奴等だ!」
村同士の争いに旅人の俺達は無関係。けれども、向こうにいるリウ達の姿を見られるのは面倒である。
「邪魔な奴等が。パパ、制圧してくる」
「待て。こんな場所で気絶させたら日光に焼かれて大火傷だ。俺が穏便に追い払ってくる」
ナイフを構えた黒曜が動く前に動いた。
黒曜と俺はパラメーターが似通っている、というよりも黒曜が俺の上位互換であり敵を蹴散らす速度は黒曜に軍配が上がる。ただ、相手を怪我させたくないのであれば俺の方が確実だ。
村人の先頭は、棒の先に鉈を巻き付けた簡易武器を持つ男だった。軽く時速四十キロほどで走って近づく。ブレーキをかけないまま、男の肋骨の浮き出た胸の中心へと掌底を叩き込む。
大型車両の衝突エネルギーを手の平の面積に集中させたような一撃であるため、このままだと村人はミンチよりは酷くない状態になってしまう。
「『非殺傷攻撃』発動」
それを抑え込むのが俺の『非殺傷攻撃』スキルだ。
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“『非殺傷攻撃』、攻撃の威力を抑えるスキル。
本スキル所持者が行う攻撃であれば、致命的な一撃であっても完全な無害化が可能となる。
攻撃手段は問わないため、峰の無い両刃剣だろうと攻城兵器だろうと相手を殺さずに済む”
“実績達成条件。
己よりも高レベルの相手を殺害可能な条件下で殺害せず、無力化する”
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ダメージ量はゼロになっても物理的な運動量まではゼロにならず、胸を打たれた村人が後方へと飛んでいく。地面で体を擦られるまでが攻撃と見なされて肌は一切傷付かないはずだ。変な感じもするがスキルに常識を問うのは今更である。
「安心しろ、峰打ちだ」
「何の峰だッ?!」
「よっし、次はお前」
服を持って大人一人を遠くに投げる。逃げようとする村人の背中を蹴って飛ばす。
いくらダメージが無かろうと、ぽんぽんと人間を飛ばす仮面と対峙して戦意を保てるはずがない。残っていた村人達も一斉に逃げ出した。投げられた村人が呆然自失しているのを置いて逃げるのだから優しさが足りない。
倒れていた村人も遅れて逃げ出す。
小さくなっていく背中を見送りながら、一息つく。
“――ならば、私はこの手で”
“おうおう、可哀相にのぅ”
逃げる村人の背中が、突如、火炎の赤に染まった。予期していない事だったため二度見してしまう。
「妖魔だァッ!! 逃げ、ギャアァア」
燃える村人の横を走っていた別の村人が炎の正体に気付いたようだが、その声は口内よりの自然発火に焼け爛れていく。
『魔』の気配がする。魔法に類する妖術による攻撃だ。
妖術を行使した術者は、村人の足元にいた。赤い毛皮のウサギ……いや、ネズミか。
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▼火鼠
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“●レベル:20”
“ステータス詳細
●力:15 守:10 速:30
●魔:30/33
●運:0”
●火鼠固有スキル『火耐性』
●火鼠固有スキル『パイロキネシス』”
“職業詳細
●火鼠(Dランク)”
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“妖魔の一種。赤い毛をした大きいネズミ。
火の中に住むと言われる程に火に強い妖魔であるため、現在の黄昏世界の気候に適応して繁殖域を広げている。
美味しいかは不明”
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追い払ったばかりの村人とはいえ燃え死ぬのを放置はできない。見捨てるのは後味が悪過ぎる。
“目先の事ばかりに注目しておいて、よいかのぅ”
だが、タイミング悪く火炎の赤色が俺の背後でも発生した。クゥ達がいる地点である。
「ぎゃぬァッ、髪が、髪が焦げる! いや、その前に朝飯の材料が焦げてる!」
「足元にいるぞ。潰せッ!!」
「二方向で炎かッ。クゥ、黒曜、それにユウタロウ! そっちは任せられるか!?」
応戦するのに忙しいのだろう。誰も答えてくれない。
赤いネズミは渇いて割れた大地の隙間に隠れていたようだ。ネズミとしては大きいものの、普通のモンスターよりも小さくすばしっこい。数も多いようだ。
仲間を助けにいくべきか悩む。
「こんのッ、毛皮にしてやるから! 穴に隠れて馬鹿なネズミめ。如意棒を“伸ばして”終わりだ。ハハハ!」
……うん、クゥが張り切っているようなので大丈夫そうだ。
黙々とユウタロウも対応しているようで、変な形の槍に掻き出されたネズミが空中を舞っていた。
仲間がいるとやはり安定する。頼もしさを感じつつ、俺は村人達の方を助けにいく事にする。
「そうだ。黒曜! リウ達の護衛は任せたからな、頼むぞ!!」
返事はやはりないが、黒曜に任せておけば間違いないだろう。俺も手早く済ませて戻る。
“分断成功か。次は現地にいる末弟の羊力大仙の手番か”
“では、救世主職が手間取っている間にこちらも仕掛けを。義兄殿”
“おうおぅ。はるばる救世主職が我等、三大仙が治める州に来訪されたのだ。じっくり味わえるように趣向を凝らせ”




