6-4 普通の壁村
「チョキ! ……毎回、どうしてだ!?」
「グゥ! ……連勝、連勝」
山越えで心もとなくなった水を補給するために壁村を探して、どうにか夜の間に発見できた。
地図はあっても作者不明の世界地図。〇ーグルマップ程の精度も情報量もあるはずがない。ドローンを飛ばして空からの探索も、ドローンを黄昏世界まで宅配してくれる業者がいないため不可能だ。
「いや、ユウタロウは空を飛べるはずだ」
「そうだな。そして、お前達を見失う」
仕方なく、ジャンケン勝利者のカンに従うという迷子まっしぐらな方法を採用している。その割にうまく発見できているから妙なものだ。それだけ壁村が各所に存在するのだろう。
「さて、今回の壁村はどんな問題を抱えているのか」
「確定事項のように言わないでよ、御影君。行く先、行く先で問題ばかり起きているけど」
「ユウタロウは顔を隠しておいてくれよ。妖怪と思われて騒ぎになるから」
「顔の事でお前が俺に何か言えるのか?」
問題発生率百パーセントとは言わない。二割五分くらいの不調な打者な成績だ。時々、大当たりでホームランを打って混世魔王が現れたりする。
いちおう、隣の州に移動して初めての壁村だ。州が変われば風習も違うかもしれない。少し警戒しながら訪問するとしよう。
「頼もうっ!」
「……行商人さんかいな?」
普通の村人が普通に現れただけだった。
いつぞやの壁村のように年代が異常に偏っていたりする事もなく、十代、二十代の割合が多い一般的な村のようだ。
とりあえず怪しい点はないため、効率のために二班で別行動を取る。
「私は井戸で水を汲んでくる。ユウタロウさんは荷物持ちをお願いね」
「ふん」
クゥとユウタロウペアは水の確保のために村の中央へと移動していく。
必然的に残された俺と黒曜は村人に対して聞き込みを行おう。この州についてや天竺についての情報を集める。いつもの事だが、まだまだ謎多き黄昏世界では大事な仕事だ。
さっそく、農具を肩に担いで現れた村人Aへと話しかける。
「すいません。お時間よろしいでしょうか?」
「あぁ?」
……仮面の俺が話しかけたため、怪訝な顔をされてしまった。当然の反応である。
代打として黒曜を前に押し出す。いけ、君に決めた。
「あァ?」
「は、はいぃ。ここの州の州官様はあまり壁村に頓着していないので、住む分には比較的安全な州でございます」
俺を疑う目を向けた村人だからか、黒曜は威圧していた。美人がガンつけてくるのだからなお怖く、村人は不良に有り金すべてを差し出すような態度でベラベラと話す。
「だからといって、徴税がない訳ではないのだろ」
「それは当然。ただ、治安はそこそこで在野妖怪に村が襲われる事はほぼありません」
州の様子が少し分かった。壁村が妖怪に襲われないのは良い事だろう。
続けて服の入った桶を持って現れた村人Bに話しかけた。不自然になるが仮面の顔を見せないように横を向きながらである。
「天竺について何かご存知ありませんでしょうか?」
「バンブー?? なんだいそれ?」
残念ながら何も知らない村人だった。天竺関連の情報は少し年代が上の人間の方が知っている事が多い。
「あの、そこの方――」
更に現れた村人Cも仕事のためだろうか。槍を担いで出勤途中の彼に話しかけて――、
「――って、武器をどうして持っている?!」
「そろそろ納税の季節だからな。隣の壁村とやり合わねえと」
村人の答えの意味が分からなかった。
納税というのは忌むべき徒人税の事だろう。単語としての意味は分かる。
だが、その後に続いた隣の壁村とやり合うという言葉が分からない。隣の壁村と一緒に徴税官の妖怪と戦うという意味だろうか。
「徴税官に逆らう? 馬鹿かいな。そんな事をしたら壁村全員殺されちまう」
「だったら、どういう意味で?」
村人Cはごく普通の出来事をごく普通に話すように口を開く。夏が近づいたから盆踊りの準備を行わなければならない。そんな口ぶりで意味を教えてくる。
「そんなの決まっている。隣の壁村の奴等と殺し合うんだ。そうやって殺した奴を税として妖怪に納める。普通の事だろ?」
普通の村人が醜悪な内容を語る。その異常さを感じ取れる者は壁村の外からやってきた俺達しかいない。己の正気を証明できるのは己以外の他人だけ、というのは世界の理としてあまりにも歪が過ぎる。
村人同士で殺し合って死体を妖怪に差し出す。
どこの悪魔がそれを村人へと囁いたのか。
「律令を考えるのは全部妖怪だ。村人が内臓処理した分、税が軽くなるんだ」
州が変われば人間の暮らしが改善されるとは思っていなかった。が、より悪意ある方向に変化してくるとは、黄昏世界はなかなかに精神を試してくる。
村人に人間同士で殺し合うのは止めるべきだと伝える。
「隣村の奴等に親兄弟殺されてんだ。今更止められるか」
聞く耳を持たれる事はなかった。期待もしていなかった。
農具と武具のどちらか、あるいは両方を持った村人達が家から現れて村の各所へと散っていく。隣村の奇襲攻撃に備えているとの話だ。
「ここまで歪んでしまっては止められないと思う、パパ」
「仮にすべてを解決する代案があったとしても、ここの村人は殺し合いを続けるだろうな」
所詮は補給のために訪れただけの村だ。そうでなくても、当事者でもない俺がすべてを解決できると自惚れてはいない。俺にできる事は、せいぜい、この状況を作った妖怪共に責任を取らせて、あの世に送る事だけだ。野蛮なものだった。
壁村同士の殺し合いに巻き込まれるつもりはない。クゥ達と早く合流しなければならなくなった。
「――ねぇ、兄ちゃん達。他所の徒人だよね」
急ぐべき俺達を少年が呼び止める。




