6-2 黄昏世界の地図
その後も、別行動を取っている間に集めた情報の交換を黒曜と行った。
「そういえば、面白い物を拾っていた。黒曜も救世主職から離職できるぞ。どうする?」
「パパはもう救世主職ではないのか。――レベルアップが必ずできないとも限らない。俺はパパと違って『ZAP』スキルを覚えているAランク救世主職で、正直、今の段階で離職しても手遅れだ。だから、この世界にいる間はこのままでいる」
「黒曜がそう言うなら。ただ、『ZAP』は絶対に使うな。たぶん、黄昏世界にいる間は発動せず、そのまま死ぬぞ」
それなりに長く話し込んでいたのだろう。仰向けで倒れていたクゥが目を覚ましたらしく、上半身を起こしている。
「……おはよう? んんー? おはようかな、今。どうして私、眠っていたんだっけ」
「早朝だからおはようであっている、クゥ」
「なら、おはよう。そっちのムカつく美人もおはよう」
「ちぃ、パパと二人で楽しく話しているのに邪魔な村娘」
犬猿の仲が確定したクゥと黒曜。第二ラウンドを開始しかねない険悪なムードを作り上げるが、それを破ってくれたのは外から戻って来たユウタロウである。俺はお前を信じていたぞ、親友。
「地図だ。正しいかどうかも分からない品物だが、ないよりはマシだ」
廃墟より戦利品も調達していた。頼れる男、その名はユウタロウ。これまで太陽と村人の証言のみで方角を決めて旅していた俺達の文明レベルが上がった。
転がっていた机を部屋の中央に設置し、地図を広げる。妖魔の革らしき下地に筆で書かれた手書きの地図である。手書きにしては詳細であり、地域を示している点線と、街を示していると思しき丸と文字が書き込まれている。
「現在地は……どこだろう??」
「中央やや北の、この丸だろうな」
「えっ、ユウタロウ。黄昏世界の文字の解読に成功したのか?」
「読めん。ただ、似た文字の並びがこの街に多く残っている。それぐらいお前も調べろ」
燃えていようとも妖怪の街は重要な情報源である。ユウタロウにはしっかりと調査願いたい。
「へー、私の故郷ってこの辺りなんだ。初めて知った」
「けっ、自分の故郷も知らないのか、お前」
地図を少し見ただけでも喧嘩のネタを発見できるくらいだ。地図の情報量はかなり多い。
縮尺不明なのでどの規模の地図なのかは予想となってしまうのが残念だ。おそらく世界地図なのだろうとは考えているが。街と同じ大きさの丸が三十ほど描かれているのと、街以上の何か――立派な建物っぽい――が地図右側に描かれている事からの想像だ。
世界地図だとすれば信じ難い所も、もちろんある。人口たった千人規模の街が三十程度しかないというのは、ちょっと終わっていないだろうか、この黄昏世界。人間が住む壁村の数はもっと多いはずであるが、それでも総人口は地球の紀元前水準でしかない。
「天竺はさすがに描かれていな……いるのか??」
ここが北半球なのか南半球なのかによって、地図の左右と方角が変わってしまう。いや、地球の常識に反するが縦軸が東西という可能性もある。異世界では様々な可能性を疑うべきだ。
けれども、地図の左下の空白地帯に伸びる細い線は見過ごせない。ただの線かもしれないが、天竺は高く細い塔という話も聞いている。見過ごせる線ではない。
……いやまあ、見過ごせないという点では右端にも構造物というか樹木というか、大きなモノが描かれてあったりする。丸ではない建物の表記も特別だ。何かの重要拠点だろうか。
「この線が天竺なら、かなりの遠方だぞ」
「パパ。西に移動しつつ、一番近い丸を目指すのはどうだ。かかった移動日数からある程度は計算できる」
「地図端の辺境ほど適当に描かれているかもしれないが、目安にはなるか」
黒曜の提案を採用しよう。この地図の信憑性の確認のためにも、隣の街を俺達は目指す。
ゴールまではまだ遠いかもしれない。されど、心配はいらない。これまでとは異なり俺達は四人パーティーになっている。人数だけで考えても二倍。混世魔王という強敵も簡単ではないが協力すれば倒せると分かった。西を目指す旅はこれまでとは比較にならないくらいに安定するはずだ。
「仮面の変人に、娘を自称する変人に、ユウタロウという変人。……うん、普通の村娘の私がしっかりしないと」
「パパ一人に、足手まとい一人に、妖怪一匹。……邪魔だな」
「ふん。誰がいようと俺には無関係だ。俺は俺の疑問を晴らすために動く。勝手にしていろ」
こいつら、まったくという程に信頼関係がない。それなのにパーティー組んでいるのが逆にすごいぞ。
街の探索と装備品の回収に一日かけた。
結局、地図以上の成果はない。街の火災がそれだけ酷かったという事ではある。追加の収穫はクゥが燃え残りの服や荷袋、ユウタロウが妖怪の鎧を拝借したくらいに留まる。
街の中心には大きな建物の跡があったものの全焼しており、何も残っていなかった。
せめて食料くらいはと期待したのだが、妖怪の主食を考えると民家に吊るされていた謎肉に手をつける事はできなかった。
混世魔王との戦いで消費した体力や『魔』がある程度回復した時点で俺達は街を出発する。万全を期すならもう一日欲しいところだったが、妖魔が集まり始めていた。不要な戦闘を行わないために夜になると同時に街を出て行く。
次の街までは山越えが必要だった。道が険しく、クゥの歩く速度に合わせているため距離は稼げていない。
「いや、私にはこの如意棒がある! 山を一気に登って短縮できるはず。さあ、“伸びて”私を頂上へ移動させ……ふぎゃ」
「クゥが伸びた棒の先にあった崖に衝突してめり込んだ!? あのままでは窒息する。今すぐ助けるぞ、黒曜、ユウタロウ」
「誰が助けるか、あんな奴」
「自業自得だ」
山を越えるまで一週間かかり今もまだ街には到着していない。
地形的に妖魔の生息数が少なく妖怪も同じく居住していないため、この一週間は戦闘は起きず平和ではあった。
「――救世主職ってのはお前等の内、どれだ? 肉を喰わせろよ」
……山を越えた途端に妖怪と遭遇してしまった訳なのだが。
白いシカの顔をした妖怪の癖に肉食のようであり、ステーキ肉を前にした子供のように唾を飲み込み喉を鳴らしている。
「御影君。妖怪がッ」
「クゥ、まだ妖怪が怖いなら後方に隠れてお――」
「山超えでもう水がないから、あの妖怪を倒して水筒を奪う。逃がさないように!」
俺のパーティーメンバーの村娘も、ほいほい現れた妖怪に対して乾いた喉で唾を飲み込んでいた。




