5-18 植物の混世魔王5
作戦はシンプルかつ大雑把だ。ヒマワリの花まで飛んで近づいてナイフを突き刺す。以上。
「『正体不明』に守られた魔王だぞ。その対策はできているのか?」
「ユウタロウも美術の講義は取っていただろ?」
「知らん。魔界に学舎などない」
一般大学生出身の俺には飛行能力がない。なので、背中からバーナーを吹いて飛翔可能な一般大学生のユウタロウに全力で運んでもらう。
「運ぶだけでいいから全力を出してくれ」
「ただ飛ぶ事しかできん。運ぶ先は最短距離にいる中央の花にするぞ」
「それでいい。五本の花が独立しているように見えるが、アイツは五本すべてで一つの作品だ。どれか一本に辿り着ければ問題ない」
ユウタロウは俺を太腕でホールドした。さっそく背中を燃焼させて飛ぶ体勢に入っている。
「筋肉質に抱えられる安心感はあるが、野郎二人でタンデム。うーん、リリームに抱えられて飛んだ時が懐かしい」
「無事に辿り着けるとは思えんな。……そこの小娘に女。太陽に突撃する狂人が失敗すれば次はお前達が狙われる。今の内に逃げておくんだな」
飛び立つ前にユウタロウはクゥと、カエル救世主ことスノーフィールドにきちんと退避を言い残した。言葉は荒いが、なかなか気遣いのできる男である。当のスノーフィールドは「余計なお世話ですわ!」と頬をカエルみたいに膨らませていたが。
「クゥは逃げておけよ。この局面まで残っていただけで村娘としては出来過ぎだ」
「御影君っ! 私にも何か――」
燃焼飛翔を開始したユウタロウブースターは定刻通りに発進した。何か言いたげなクゥの声はもう遥か後方である。
ここからは混世魔王へと到達して倒す事のみに集中する。
フライト時間は一分もないはずだが、初回のチャージ時間とユウタロウの飛行速度を考えると、次の確殺レーザー射撃までに到達できるかどうかは微妙である。
「素直にチャージ完了まで大人しくしている敵なものか」
「そのようだ。弾幕がくるぞ」
敵が黙って俺達を待っているはずがない。三つの花より投射される無数の種が幕となって進路を塞いでくる。
打ち上げ花火と変わらない俺達に回避行動なんて高等な選択肢はない。『運』を信じて突き進むのみだ。
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“『一発逆転』、どん底よりの這い上がりを実現するスキル。
極限状態になればなるほど『運』が強化されていく。なお、真に『運』の良い者はそもそも極限状態に陥らない。
スキル所持者がどれだけ正しく危機を認識、予感しているかが鍵でもある”
“実績達成条件。
『破産』スキルの達成条件を一日以内に帳消しにする”
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▼御影
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“ステータス詳細
●運:130 → 180”
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「進めッ! 多少の被弾は気にするな!」
「もとより止まる手段は存在しない」
近接信管により接近するだけで油をまき散らして燃え上がるヒマワリの種。すべてを『運』良く素通りできるはずもなく、ある程度進むと火炎に飲み込まれてしまった。視界が赤一色となったかもしれないが、酸欠により視野はむしろ黒く染まる。
どのくらいの長さ炎の中にいたのか分からない。体が残っているのならほんの一瞬だったのかもしれない。
炎を抜けるとそこは魔王の花園だった。
太陽の表面のように爛々と燃える花が、既に射撃可能な状態で間抜けな俺達を待ち構えていた。
「もう、チャージが完了しているッ?!」
まだ三分の一の距離を残しているというのに、混世魔王は攻撃可能な状態だ。予想よりも早過ぎる。
どんなマジックを使ったかと思えば大した方法は用いていない。三本の花がすべてチャージ完了している訳ではなく、個々に差があり、射撃可能な状態になっているのはまだ左の一本のみ。となれば、他二本より根を通じてエネルギーの分配供給が行われたのだろう。
射撃開始を示す瞬きがあった。
左のヒマワリよりレーザーが撃たれ――、
逃げろ、と言われた。
無力な村娘たる自分に向けて言われた言葉である。
むざむざ姉妹達が矢に撃たれていくのを見ている事しかできなかった自分に向けて言われた言葉である。
実に正しい。小石一つ分の反論さえも許さない正論である。
それが、実に気に食わなかった。お前は壁村にいた頃とまったく変化のない小娘なのだと指摘された気分であり、ただ生まれ故郷を出ただけの徒の人なのだとヤジられた気分を味わった。
「私だって、私にだってできる事がっ」
姉妹達が妖怪に襲われた時、私に力があればどう動いただろう。
きっと、妹や姉を守るために動いたはずである。そう、力さえあれば。
「ちょっとっ! 貴女、燃えていますわよ?!」
カエルの妖怪? 人? に指摘されて気が付いた。自分の体が炎に包まれている。少し体温が上がっている気がする程度で、特に熱さを感じないのが不思議である。
不思議ついでに、炎の色は黒である。
腰に吊るした袋が出火元らしい。そこを起点に炎が体に絡みついている。
財布代わりに使っているが、可燃物どころか金子さえもほとんど入っていない。……あれ、そういえば最近、黒八卦炉より入手した玉が入っていたような。
「力が溢れてくる? 分からないけど、これならっ」
黒い炎を纏った体で、宝貝、如意棒を斜め上へと構えた。
棒先で狙うのは、混世魔王の花だ。
「――“速く伸びて”、如意棒!」
――黒い線が、地上から斜め四十五度で、ヒマワリの大輪の表層を掠めるように伸びてきた。
鉛筆で真っ直ぐに線を引いたかのようだった。ただし、完全な線ではなく、少し揺らめいている。
正体は定かではない。確殺レーザーを防ぐ盾にはなりそうにな――、
「――“馬鹿みたいに大きくなって”、如意棒!!」
――突如、膨張した線の直径は高層タワーのそれを超えた。
体積に見合う分だけ重量も増した線、いや、巨大な柱は大輪を圧し潰していく。
不測の事態によって混世魔王の一輪は射撃不能に陥る。
だが、まだ二輪残っている。左のヒマワリに送っていたエネルギーをカットし、右のヒマワリへとエネルギーを集中。即座に射撃体勢を整えてい――、
「――――神を偽って自身を強化したなら、『神性特効』持ちの俺のカモだ。『暗殺』発動!」
――左のヒマワリの花が、枯れ落ちていく。炎が消えて萎れ落ちていく。俺はまだ何もしていない。
何かをしたとすれば、気配を完全に消して花を登っていた人物だろう。
「パパッ! トドメは任せたから!!」
謎の褐色エルフ耳の娘に見送られた俺は、ついに中央のヒマワリへと到達する。
「ユウタロウ、ここだ。手を離せ!」
花の上へと着地できるようにユウタロウへと指示を飛ばした。ユウタロウ本人はそのまま上昇を続けてどこかへと飛んでいくがきっと大丈夫なはずである。ユウタロウだし。
エルフナイフを下へと構えながら落ちていく。
左右の花をトラブルで失いながらも、中央のヒマワリは俺を迎撃するべく動いていたはずだった。
「混世魔王! いや……ッ、かつて日本にありし、ゴッホの作品たる“ひまわり”よッ!!」
動けたはずだった。
だというのに、かつて日本にあり、戦争によって焼失した絵画は名前を言い当てられた途端にすべての行動を停止させた。きっとそれだけの衝撃を覚えたのだろう。
「荒ぶる絵画の悪霊ひまわりよ!! 怒りを忘れろとは言わない。お前の怒りは正当なものだ。それでもッ、俺はお前を鎮めよう。『暗殺』、発動!!」




