5-17 植物の混世魔王4
刀身の長さを軽々超えた先を斬った非常識なカエルは、大剣を振り抜いた格好のままコマのように回っていた。クルクルと振り回されるまま、地面へとハードランディングしてしまう。
「顔面で受け身を取ったぞ」
「それって受け身って言わなくない?」
生存を危ぶまれる着陸だったものの、大剣一本で混世魔王を斬り落とすようなカエルである。安否を気にするだけ無駄であり、実際、落下地点より立ち上がってこちらに駆けてきている。
「不甲斐ない! 不甲斐ないですわ、貴方達!」
少し埃っぽいだけで無傷のカエル救世主は、俺達のもとへと急接近してくると、少し怒った口調で文句を言い始めた。
「ってッ! 貴方、顔がありませんわ?!」
「あー、驚くのは無理もないが、心配してくれなくても俺は元気だぞ。視力も二.〇ある」
「誰も健康の心配なんてしていませんわよ!?」
話がいきなり脱線する。カエル救世主がやってくるまでに仮面で顔を隠しておくべきだっただろうか。いや、まだ混世魔王を無力化し終わっていないしなぁ。
「ただでさえ、私の『第六感』が頭痛レベルで警告を発しているのに。問題を増やさないでくださいません!」
「二本目の混世魔王を瞬殺した救世主職本人がそう慌てるなよ」
「あの巨大花はまだ全力を出していないって気付きませんの! それなのに、貴方達が不甲斐ないから動かずにはいられなかった! 私、一度剣を抜くと撤退できないタイプの救世主職ですのに」
カエル救世主の口調が怒って聞こえたのは間違いだった。怒りではなく焦りを覚えていたのだろう。
“――我が炎、決して消えず”
“――我が評価を永遠に焼却した人類よ”
“――我と同じく身を焼かれて死ぬが良い”
夜が続く景色に、新たな影が伸び上がっていく。
落ちた二つの花の間で成長する影の数は計三本。不気味な影は空の高さまで成長し切ると、根から体を一気に燃やして顕現を開始する。
丸々とした力に満ち溢れた大輪に無情な夜のコントラスト。
その姿はまさに宇宙に浮かんだ太陽である。
だが、俺達の頭上で咲くソレは、人類への憎悪で燃える妖花に堕ちてしまっている。人類を無価値と断じるだけの根拠を養分に育つ魔王だ。
「ヒマワリだった……」
三大輪が瞳孔のごとく見下ろしてくる戦慄するべき光景に俺は――、
「混世魔王は、ヒマワリだったっ!」
――感激していた。人生で初めてヒマワリを見た時と同等かそれ以上の感激だ。地球ではもう見る事のできない五本のヒマワリとなれば、人類を敵視する魔王と化していようとも、心が震えてしまうのは仕方がない。
混世魔王の正体に俺は気付いたのだ。本気を出した代償に、姿を完全に隠せなくなっている。大地に二本、天に三本という見たままの構図が正体である。存在さえ知っていれば気付けない要素はない。
藍色の夜も、同じ作者には有名作があったはずだ。月は残念ながら見えないが。
「人類復讐者としての動機は分かる。生物ではない点も、妖怪が跋扈する黄昏世界だ。道具が妖怪になるだけならそう特別じゃない」
年数的にも、ヒマワリは付喪神の条件は満たしている。まず間違いはないだろう。
「待てっ。何故ヒマワリが黄昏世界で魔王化している??」
納得いかない点は、唯一場所だった。どうして地球で消失したヒマワリが黄昏世界に存在するのかが分からない。残念ながら解答を考えている余裕はない。
炎の揺らめきがさざ波となって花の中央へと寄せていた。莫大なエネルギーを集中している。
いや、地面に落ちた二輪よりも、充填されるエネルギーは強まっている。その分、チャージ時間も伸びているのは、果たして猶予と考えてよいものだろうか。
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“『遅過ぎた評価』、正当なる評価を受けられなかったモノのスキル。
時間経過でパラメーターを増強するが、戦闘開始段階ではむしろパラメーターが削減されるため注意”
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防御不能の確殺レーザーを更に強化してどうするつもりだ、という非難を聞く相手ではないのは分かっている。威力は諦めるしかないものの、花が三つとなれば砲門も三つに増えてしまっている。『暗影』による回避も難しくなった。
「カエル救世主! 三本並んでいる今の内に叩き斬ってくれ」
「誰がカエル救世主ですか。私にはスノーフィールド・ラグナロッタという誇らしい名前がありましてよ!」
「いいから斬ってくれ! 撃たれるぞ」
「大切断なら使えませんわよ。あんな大技、昨日、今日と続けて使った所為で骨格がガタガタなのですわ!」
開幕ブッパだった訳か。助けられた側としては文句を言えないのが癪である。
「救世主職なら他にないのか?」
「あるにはありますが……。黄昏世界の大陸に未来永劫残る深刻なダメージを与えてしまっても良いでしょうか?」
「ちょ、ちょっと物騒な事は止めてもらえない」
現地住民たるクゥには止める権利があるな。
「そういう貴方こそ。顔に穴があるのは伊達ですか!」
「あるにはあるが……。黄昏世界を喰い滅ぼす究極生物を解き放つ結果になっても良いか?」
「だから、解決方法にならない物騒な方法は止めて! そういうのはなし。救世主職って職業は実は危険人物に与えられる職業なの!?」
現地住民たるクゥに否定されるとやはりアイツを黒い海から呼ぶ禁じ手は使えない。
そうこうしている間にチャージが完了した混世魔王は攻撃を始めた。爆発させた最初の花よりもやはり攻撃力は上がっている。レーザーの軌跡がはっきりと見える程に太い。
狙われたのは残っていた州軍の悪霊集団だ。一輪目を罠にはめるために活用して以降、特に命令せず放置していた奴等である。
集団中央へと三本のレーザーが突き刺さる。出力が上がっているため持続時間も長い。攻撃を受けた大地は赤いマグマ溜まりへと変化しているため、塗り絵のように殲滅領域が置き換わっていった。
悪霊が壊滅したとなれば、次は俺達の番である。
「行くしかない。次のチャージ終了までに接近して『暗殺』する」




