5-16 植物の混世魔王3
ヒマワリの混世魔王は無価値なる人類の焼却を望み、そのための道筋を描き、その通りに行動する。
偶然、手にした宝貝『脳幹信管・爆雷符』を利用し、数が多くて邪魔な悪霊をすべて排除、その後に俺達も処分する。そう考えた。
であれば、混世魔王は間違いなく確信している。
『脳幹信管・爆雷符』を使えば、対象の脳を爆破できる。こう間違いなく信じている。
「――それがお前の敗因になった。お前が信じる通りに『脳幹信管・爆雷符』はお前の脳幹を爆発させる。ヒマワリに脳みそなんてないだろうがな!」
上空に大輪の花が咲いた。
ヒマワリの巨大な花が開いているのに何をいまさら、と言われるかもしれない。
だが、花の中央部分より大爆発が発生したのだから、花が咲いたと表現しても間違いではない。何より、レーザーを発射するような花よりも、爆発の炎の方がよほど美しい。
花冠がゆっくりと自由落下を開始する。
混世魔王を爆発させた功労者たる悪霊、野狗子は、毒々しい柄の脈打つ札を手にしながらほくそ笑んだ。
「くくくっ。くくくっ! 街を焼いた報いだ」
――州軍悪霊呼び寄せ直後
「通常攻撃以外になると、俺が『暗殺』する以外に手がない。精神的な動揺を誘う方法と安全に接近する方法がないという致命的な欠陥を気にしなければ、実行できる」
植物にも『暗殺』が効くのは主様で証明されている。ナイフで突けば、いちおう可能性はあるだろう。宝くじを買えば一等に当たる可能性があるというのと同程度の可能性だが。現状で『暗殺』してもまず成功しない。
混世魔王の『正体不明』を見破る事ができれば間違いなく精神的動揺を誘えるとは思う。
ただし、燃えるヒマワリの正体に思い当たりは残念ながらない。そも、黄昏世界の産物の『正体不明』だ。混世魔王を一切知らない地球出身者が分かるはずがない。
「いや、地球出身者のお前でなければ奴の『正体不明』は破れない」
「どういう意味だ、ユウタロウ??」
妙な事を言うユウタロウだったが、その後は腕組みされて黙秘されてしまった。
誰も喋らなくなったため、無理筋と分かっていながら『暗殺』に挑戦するしかないと諦めかけたその時――、
「――くくくっ、お困りか、か、かな。くくくっ」
――悪霊らしく頬に穴のある妖怪が、怪しげな声で話しかけてくる。
犬のような顔をした妖怪だった。他の妖怪よりも高級そうな鎧を身に着けている事から生前の位は高かったと思われる。知性を残し、また、死んだ動揺を見せていない。悪霊になる素質も高かったのだろう。
「州司馬、野狗子。つい先ほどまで、まで、そこの壁村を攻撃していた指揮官だ」
「あれを仕出かしたのはお前か。人間の頭を爆発させる非道をよくも実行した」
「くくくっ。我が術中にあったというのに残念至極」
いけしゃあしゃあと喉で笑う悪霊だ。己が死んだくらいでは罪悪感など覚えない。
「リベンジマッチが希望ならすぐに黒い海へ戻してやるぞ」
「心そそられる提案だが、が、くくくっ。……街を滅ぼしたアレは許せん。あの妖花を滅するためならば協力しようではないか」
窪んだ目で混世魔王を睨む野狗子。州軍を率いていた者としての矜持があるのだろう。守るべきだった街を焼却した怨敵に一矢報いるために、直前まで戦っていた敵である俺達に協力を申し出た。
「宝貝『脳幹信管・爆雷符』を使う。奴の不敬なる花弁を吹き飛ば、ば、してやろう」
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“宝貝『脳幹信管・爆雷符』。
対象の脳幹を信管とする特殊性はあるものの、頭部を四散させるというポピュラーな結果をもたらす宝貝。
爆発するまでの工程は次の通り。ただし、順序は問わない。
一、虚偽の爆発条件を設定する。
二、頭が爆発する理由として、対象が一の爆発条件を信じる”
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「頭を爆発させていた呪いか。どうやって条件を満たすつもりだ?」
野狗子が長い爪で摘みながら取り出したのは、脊髄が張り付いたような意匠の禍々しい札だった。
悪霊は死の直前まで所持していた物品をそのまま持っている事が多い。そうでなければ、幽霊は全員全裸になってしまう。グールの裸体など見たくもない。
「簡単な話だ。宝貝を持たせて使わせてやればいい。宝貝を使って頭部爆発ができると十分に愉悦に入った者は必ずこう、こう思う。『この宝貝を使えば敵の頭部を爆発できる』とな。その状態まで持っていけばもはや術中。手元にあるもう一枚の宝貝を使って望み通り頭を爆発させてやる。くくくっ」
長い爪を動かして野狗子は、札が二枚あるのを見せてきた。
使用方法を聞いたばかりなので具体的な感想は抱けないが、割と極悪なハメ技だった。
「本来は、宝貝を使う反逆者への、への対抗手段なのだがな。『脳幹信管・爆雷符』を使った者ほど引っかかる。くくくっ!」
ヒマワリの花は地面へと落下した。轟音と地響きと土煙が混ざった雑多な何かが遠くより伝わってくる。
ダメージ量はかなりのものだ。体が大き過ぎる事も災いし、『正体不明』だろうと即時復活できるとは思えない。
「くくくっ。心地が良い、良い。心地よいなぁ。くくくっ!」
笑う野狗子は結果に満足しながら崩れていった。持てる『魔』をすべて宝貝に注ぎ込んでいたのだろう。現世に拘る事なく退場する。
野狗子の策略は混世魔王が宝貝を使いたがるか、宝貝の性能を理解できるか、などと問題点はあったものの、怪物は俺が思う以上に狡猾だからこそ怪物なのだろう。漂わせた宝貝を利用した。
混世魔王の無力化手段については、寄生魔王と同じ方法を考えている。大人しい内に黒い海に引き込み幽閉してやるのだ。大きいのでもう少し砕く必要があるので、そこは合唱魔王にでも任せるか。
花冠を失い、茎が倒壊していき、空の光源を失った夜が少し暗くなる。
「……ねえ、混世魔王を倒したのに、どうしてまだ夜が続いているのかな?」
夜を異常現象と思っているクゥだけが、暗くなった夜空を不気味に思っていた。
――我が身が受けし苦痛は炎。孤独と苦悩を理解せず、我が身を焦がした炎。
憎き人類に同じ苦痛を味わわせるまで、我が炎、決して消えず!
ふと、絵画の筆で線を引くように、夜空に巨塔のごとき黒い影が現れる。
直後に根本より炎が立ち昇って、火炎に彩られた花を開かせる。
「馬鹿なッ! 再生するにしても早過ぎるだろ」
再び夜空に咲くヒマワリの大輪を見て勘違いしてしまいそうになったが、混世魔王は体を再生させた訳ではない。実際、爆発した花はまだ残ったままである。
つまり、再生ではない。
単純に、増殖したのだろう。
『無価値なる人類よ、我が苦悩を知れ!』
花の中央部分に熱量を集中させていく二本目の混世魔王。確殺レーザーを放つまであっという間だ――。
「――ええぃ、仕方がないですわねッ! スノーフィールド流対巨人剣術、大切断!!」
――が、茎の中腹部分が斜めに両断されてスライドしていった事で、レーザーは上空方向へと逸れていった。
巨大炎上植物を斬ったと思しきは、夜空を跳躍しているカエルである。




