5-14 植物の混世魔王1
ぽっと出の混世魔王により州軍は壊滅させられた。魔王に相応しい暴力を発揮しているのに、やはり『魔王殺し』はさっぱり反応しない。
「妖怪数百をあっという間に殲滅か。レベル50を超える実力があるのは間違いないな」
これまで遭遇した混世魔王はどれも不気味な化物である。ただ、やはり実力差というものはあるのだろう。四足獣の混世魔王には逃げられてしまったものの、仮面を外した状態であれば対等以上に戦えた。
今の俺は仮面を外した全能状態。
この巨大植物の混世魔王が四足獣よりも劣るのであれば戦闘不能に追い込む事もできるのではないか。
「そう期待させておいて四足獣を超える化物が送り込まれてきたとかなんだろ。うん、知っている」
「……いや、SランクやAランクとは言い難いな。B、C、Dのいずれかのはずだが、感覚的にはCランクの人類復讐者職だろう」
「どうして初心者ランクを外したんだ、ユウタロウ?」
「数合わせの初心者ランクが、お前の目の前にいるからだ」
まるでユウタロウが混世魔王みたいな事を語っている。そんな気がしていた時期が俺にもありました。
「お前の言う四足獣はおそらくBランクだ。植物の奴よりも実力は下……と言いたいが。気に入らんな、宮殿で見かけた時よりも明らかに巨大化している」
言い終わるやいなや、ユウタロウは槍の投擲モーションに入った。
三叉槍はロケットモーターでも備わっているかのように炎を吹かす。爆発的な推進力に加えて、爆発的に太さを増した腕を使って振りかぶる。
夜空に炎の直線を描く槍は彗星のようだった。
距離があっても失速する事なく、混世魔王の頭頂部へと向かった槍は飛ぶ。
最後まで槍は飛び続けて、影に隠されたままの円形構造物を貫いて――、
「――防ぎもしないか」
――槍は混世魔王に刺さらなかった。元々、折れていた部分を簡易的に補強していただけなので剛性が低く、ぶつかった衝撃で破損してしまったのかもしれない。
ともかく、ユウタロウの攻撃では混世魔王にダメージを与えられなかった。
ただし、小石が額に軽くあたった程度でもアクションを引き出す事に成功する。
植物の体の下半分で止まっていた暖色の炎が、上へ上へと昇り始めたのだ。一本の茎より左、右と順序よく大きな葉が垂れている。赤と黄と橙が混じった炎が影を打ち消していった結果、夜に混じる影だった巨体に花が開く。
上部円形構造物は、大きくて丸い一輪の花だった。
太陽のように丸くて輝かしい大輪が、太陽のような灼熱を発しながら咲く。
――灼熱宮殿
赤い御簾の向こう側で、彼女は己の意思に反して人の姿で顕現していた。
「――はて、此方はいつの間に?」
あり得てはならない事態だった。何よりも不敬であった。
「拙いながらに天の大権を奪い取られた? 此方が??」
朝も昼も夜も天で輝いていなければならない御母を騙るなどとは、蟇盆の刑だけでは許されない。
「くふふ、ふふ。やはり異世界より呼び出したモノゆえ無作法にも程がありましたか。許されざる大罪ですが……、此方は許しましょう。生物ですらないモノでありながら、此方の代用物として輝けるとはなかなか、どうして」
黄昏世界の頂点に君臨する御母は全能に近い存在だ。その彼女と比較すれば地べたを這う生物などミミズとそう変わらない。ミミズに価値など見いだせない。
けれども、ミミズが無茶苦茶に体を動かして作り上げた穴の線が、奇跡的に天の象徴を再現する程の作品を描いたとなれば話は別だ。偶然出来上がっただけの作品であるのは確かであるが、だからこそ作品には強い価値が生じる。
御母はいつになく上機嫌に微笑む。
天でたった一人で輝く御母に自分の姿を見る方法はない。海の水は蒸発して既に存在しないし、海が残っていたとしても面積が狭過ぎて水鏡にはなりえない。
よって、多少とはいえ自分の姿を想起できる芸術を鑑賞できる機会は貴重である。黄昏世界の住民は恐れ多いと御母を真似た何かを作る事はしないため、本当に世界で唯一の作品なのだ。
混世魔王は大樹ではなく大輪が正体だった。
俺でも知っている。いや、花に興味がない人間でも名前だけは答えられる。それ程にメジャーな花である。
「あれって、花なの?? 御母様みたいに綺麗」
「知らないのか、クゥ?」
「逆に訊くけど、御影君は知っているの?」
クゥは知らないようだが、それはクゥが地方の村娘だからか、あるいは、ここが異世界だからか。異世界にも地球の生物に似た存在は多い――むしろ似過ぎているのだが。黄昏世界には初めから存在しないか、暑さで絶滅してしまったかの二択だろう。
「あれは、ヒマワリ、だ。間違いない」
夜空に咲く大輪の正体。どう見間違えてもヒマワリで間違いない。
花弁が炎で揺らめいている花をヒマワリと言えるかは怪しいが、形状的には間違いなくヒマワリだ。
正体を現した混世魔王は花の中央で犇めく種の射出を開始する。妖怪の街や州兵を攻撃した手段も種だったのだろう。撃ちだされた種が雨となって降り注ぎ、地面に突き刺さると共に炎上する。
「ヒマワリって凶暴な花なんだ!」
「ヒマワリはそんな攻撃をしないッ?!」
燃える体から発射された種なのだから、燃えてもそう不思議ではない。種から炎が噴き出るのはヒマワリ油が理由なのか。ナパーム弾のような燃え広がり方をしているため、直撃どころか近距離への落下も避けるべきだろう。
「誰かある。魔王をやっていた強い奴!」
中途半端な悪霊を呼び出しても黄風怪のようにすぐに消耗するだけだ。呼び出す悪霊の最低ラインは魔王クラスが良い。ただし、自我と実力の両方が強過ぎる悪霊は制御できないので候補はかなり絞られる。寄生魔王などは呼び出してはならないタイプの悪霊だろう。
呼びかけに応じ俺の影を広げながら姿を現す者は、十メートル級のモンスター。ヤギの湾曲した角と魚の半身を有するキメラ。
真性の悪魔としてウィズ・アニッシュ・ワールドで恐れられた魔王の登場だ。
「アイギパーン。山羊魔王だな」
「THE・山羊座?! お前、こんな悪魔まで討伐していたのか」
優太郎の策が決まって倒した魔王だというのにユウタロウが驚いている。
山羊魔王は俺が無条件に使役できる悪霊の中では最強格である。たった一節で地形破壊級の魔法を行使し、即時回復手段を持っているのでダメージに対しても強い。以前に呼び出した合唱魔王よりも強いだろう。
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▼山羊魔王
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“●レベル:255”
“ステータス詳細
●力:666 守:666 速:666
●魔:65535/65535
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●真性悪魔固有スキル『魔・特成長』
●真性悪魔固有スキル『寿命なし』
●真性悪魔固有スキル『耐物理』
●真性悪魔固有スキル『耐魔法』
●真性悪魔固有スキル『呪文一節』
●魔王固有スキル『領土宣言』
●実績達成ボーナススキル『変幻自在』
●実績達成ボーナススキル『正気度減少』
●実績達成ボーナススキル『カウントダウン』”
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首を振って山羊の角先を巨大ヒマワリへと照準する。
「――地獄変“羊鳴”」
たった一節で唱えた呪文で、人類には到達できない域にある大魔法を行使する。
魔的な積乱雲が急激に発達して夜空を埋める。回路が瞬き、夜が白くなる数の雷を放出した。
混世魔王本体と射出された種すべてを雷は打って尚も続く。オーバーキルなのは間違いない。混世魔王が化物であろうとも千の雷の前には原形さえ残らな――、
『――ワレは花ナリ。ワレは『太陽を象徴する花』ナリ。……故ニ、ワレは太陽ナリ――』
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“『太陽を象徴する花』、太陽の花とも呼ばれる大輪が授かりしスキル。
太陽の花、と名付けられた花に付与されるスキル。
地球上ではそれ以上の意味はないし、太陽の方角を常に向くような事もしない。
しかしながら、黄昏世界においては事情が大きく異なるだろう。太陽を象徴するなど不敬であるが、疑似的に天の大権を身に宿す事が可能となる。太陽の熱に身を燃やされて無事であればの話になるが”
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『――神罰執行“スピキュール”』
――目を焼くような光が見えた気がした。雷の光だろうと思って目を瞑るが、ただそれだけにしては眩し過ぎた気がする。
肩を引かれる。
クゥが表情を凍り付かせて俺の肩を引いている。
「御影君。御影君ッ。見ていなかったのッ!」
だから、ズシンと音を立てて崩れる瞬間を見逃してしまった。
山羊魔王はヤギと魚の複合体であるが、それは上下の話だ。左右に分離されてドミノのように倒れていくようにはできていない。
山羊魔王の体の割れ目は真っ黒く炭化してしまっている。いや、山羊魔王ばかりに焦点を合わせていないで周囲を確認すれば、地面には熱線の痕跡みたいなドロドロに溶けた線が走っている。丁度、山羊魔王が浮かんでいた地面だけが無事だった。




