5-13 第四の復讐者
恨みを晴らすならば正々堂々と。そう黒い海より呼び寄せたのは頭を爆発させられて死んだばかりの村人達だ。彼等を正面から州軍へと向けて突撃させつつ、更に、黄風怪に援護させる。
そうした陽動をこなしつつ、俺とユウタロウで敵陣中央を襲撃、制圧するというのが流れであった。
けれども、作戦は中断を余儀なくされてしまう。
満天に星が見えたのだ。
太陽の明るさに隠れていつもは見えないはずの星が輝いている。星が見えているという事はそれだけ空が暗くなっている証拠でもある。いつの間にか、山脈の向こう側で燃えているはずの太陽が消失していた。
「夜?? どうして急に。妖怪の新しい攻撃かっ」
「……到着してしまったか。時間切れだ」
ただ夜が訪れただけではある。異常なのは深夜でも太陽が昇っている黄昏世界であり、夜に星が見える今がむしろ正常と言える。夜空そのものは深く渦巻く藍色で実に美しい。
けれども、この世界の住民達にとっては完全なる異常でしかない。州軍の奴等は戦闘を一時的に忘れて呆然と夜空を見上げてしまい、その後、恐怖を発症した。ハレー彗星の到来を、自転車のタイヤチューブを片手に眺めていた地球人類さえも上回る怖がり方だ。
「御母様ッ。どこですか、御母様!」
「お見捨てにならないで。お願いしますッ」
「終わりだ。世界のお終いだ!!」
星空以外の異常は、西に見える塔のごとき影だろう。夜空の美しさに反して、あまり良い印象を覚えない影である。
立っている方角には確か、妖怪の街があったはずだ。
異常気象、巨大妖怪、それともか。正体を探るべく観察していると、ふと、怪しげな影の上部が展開された。円形に広がる構造物が見えたかと思うと、そこから小粒の投擲物が多数射出されていく。
地形に阻まれて最後まで落ちていく様子は見えなかった。ただ、暗い空が赤く染まるような出来事が落下地点で起きたのは間違いない。
「幻想的な夜空に現れた幻影にしては攻撃的だぞっ。しかもあの大きさ、地上何メートルだ??」
「……妖怪の街が燃やされている。淡々と無慈悲に。まるで作り上げた物がすべて無価値なんだと言いたいみたいで、怖い」
クゥは見えていない不気味な影の足元の惨状を想像し、口元を押さえていた。憎らしい妖怪共が住む街とはいえ、こうも作業的に面制圧されていく状況はショッキングだったらしい。
攻撃性を見せて本格稼働したからだろう。巨大な影の一部が赤く色付いていく。地下から水分を吸い上げるがごとく、燃える街から吸い上げた火炎が真っ直ぐに伸びる幹を伝い、そして、葉脈まで到達した。
まったく、良い印象を覚えなかったはずである。
巨大な植物の大魔王を呪った俺が、同じくらいに巨大な植物を見て喜べるはずがない。
「主様を思い出させる。いや、あいつは葉も幹も燃えていない普通の樹木だったが」
「主様を普通の樹木と言うな」
ユウタロウは批判してくるものの、魔族化した世界樹が正体だった主様の体は大きさと成長速度と回復速度を除けば木そのものだった。
「だから、それのどこが普通の木だ」
対して、夜空に伸びているコレは形こそ樹木であるが、本当に植物と言えるかは酷く怪しい。何せ、赤とオレンジが混ざった色彩で燃えてしまっている。スカイツリー級の燃える植物だ。その割に燃え尽きる様子は一切ない。
体が燃えているという特徴がコレの正体を連想させる。そういえば、そんな類似点を持つ化物がこの黄昏世界には存在したはずだ。
「混世魔王かッ!」
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▼植物の混世魔王 偽名、鑿歯
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“●レベル:???”
“ステータス詳細
●力:??? 守:??? 速:???
●魔:???/???
●運:???”
●人類復讐者固有スキル『人類萎縮権』
●人類復讐者固有スキル『人類断罪権』
●人類復讐者固有スキル『人類平伏権』
●実績達成スキル『正体不明』(混世魔王オーバーコート中)
●実績達成スキル『??を象徴する?』
●実績達成スキル『?過ぎた??』
●実績達成スキル『稀代の??』”
“職業詳細
●人類復讐者(Cランク)”
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俺の言葉に反応した訳ではないだろう。そう思いたいところであるが、絶妙なタイミングで混世魔王の上部構造物がこちらへと振り向いた。
輝かしく燃えている部分は下から半分、約三百メートル付近までであり、上部はまだ影のまま。ゆえにうまく視認できない。『暗視』スキルを有する俺が見えないため、単純な暗さで見えなくなっている訳ではない。
「植物の癖にこっちを向いたぞ! ユウタロウ」
「人類復讐者職はその名の通り人類に対して復讐を遂行する。ゆえに、人口密度の高い場所に現れ易くなる。街を燃やして生きている数が減ったのであれば、次に人類が多い場所をターゲットとして選ぶのは自然だ。州軍と村人、ここは合わせて五百人ほどか。この世界としてはなかなかに密集している」
「つまり、この場所を狙っているのは間違いないのか」
混世魔王の上部円形部分から夜空へと何かが射出されていく。
「黄風怪!! 風の壁で守れッ」
壁村へと落下してくる物については使役する黄風怪に対処させた。広い範囲を守らせたために限界に達して現世から退場していったものの、使い潰した甲斐はあった。多くの落下物を風で跳ね飛ばす事に成功する。
けれども、風の防御を突破した一部が壁村の内部へと着弾してしまう。
俺達がいる西の壁近くにも一つ落下していた。楕円形の物体が地面に半分埋まって、煙を吹いている。
「危険物なら遠ざけないとね」
「おい、クゥ。まず逃げるんだ!」
最も近くにいたクゥが逃げないまま如意棒を構えた瞬間、突き刺さった楕円形の内部より高温の炎が生じた。
爆発というよりも可燃性の液体が膨張したかのように見えた。油の臭いもしたのできっと正しい。が、そんな事はどうでもいい。クゥへと炎が降り注いだのが問題であり、全身に浴びた場合にはまず助からないだろう。
逃げられる程に『速』が高くないクゥはもう自力では助からない。
救出するために動く。
「ふんっ」
……俺が動く前にユウタロウが動き、大きな背中を盾にしてクゥを守っていた。
「あ、ありがとう。まさか、助けてくれるなんて」
「……ふん、小娘を助けたつもりはない。たまたま、ここに立っただけだ」
照れ隠しにも程がある訂正をしながら、ユウタロウは背中から炎を噴出して体に付着した炎を消し飛ばす。背中の皮が消防服以上の防火性能を持っていたらしく無傷のようだ。
「ここ以外も数か所やられた。壁村の中で火事が起きている。悪霊に火消しを命じるのは簡単だが」
「消火は村人にやらせろ。あの混世魔王を放置して、州軍のように村を壊滅させたいのであればそうしろ」
落下物を一切防いでいなかった州軍の被害は酷いものであった。三百近くの兵団は、広がる燃焼地獄の中で生きたまま燃えている。逃げるルートはまだ残っているというのに、妖怪共はうろたえるばかりで結果、逃げ道を失っていく。
「陽が使えないぞッ」
「俺達を見捨てないでくれぇ! 御母様は必要なお方なんだ!」
「くく、くくくっ、くははははっ!」
州軍中央付近では、グールに似た妖怪が混世魔王に向かって大声で笑っていた。その手に持つ燃えカスと共に、笑い声も炎の中で消失していく。




