5-10 宝貝『脳幹信管・爆雷符』
超自然的で、特にスプラッタ寄りの現象が発生していた。
人間の頭が内部から爆発して周囲さえも巻き込む。まるで頭蓋骨の中身を脳から火薬に入れ替えたかのような事が起きている。ありえない。爆発する寸前まで口を動かして喋っていた人物の頭が爆発するなど正気ではいられない。
「お、俺の腕がァッ?!」
「ギャアア」
「壁村に入って来た奴の頭が爆発したぞ。まさか、お前も爆発するんじゃないだろうな。妖怪に何かされやがったな」
「や、止めてくれよ! 何もされていねぇ。ただ、臭いがして――ッ」
言い寄られていた人間の一人が起爆する。目玉と口から光が溢れた後、一気に衝撃波が広がった。
距離が近かった事もあって壁さえも破壊され、一部で崩落が開始する。そうなると、上に乗っている俺達も落ちるしかない訳で、頭から落ちそうになったクゥの体を抱き込みながら落ちる。
「何が起きているの??」
クゥは落ちた事を気にしておらず、目の前の異常な光景のみに注目していた。
村人達も似たようなものだ。事態を飲み込めず呆然とする者が多数派で、次に爆発により負傷して叫ぶ者が多い。
その次に多いのは……爆発している者が外から戻って来た村人ばかりである事に気づき、外へと追い返そうとする者達だ。
「出て行ってくれ。出て行ってくれ!」
いつ爆発するか分からないため、棒を使って距離を取りつつ半壊している門の外へと押し始めた。
「頼むから!」
「嫌だ。州兵が来ているんだぞ。死にたくない!」
「俺達だって死にたくねえよ」
村へと出戻った人数の方が圧倒的に少ないため、抗議は受け入れられず続々と門から外へと追い出されていく。強情に民家の柱にしがみついていた者に対しては、棒による殴打が行われる。
「お前等、妖怪に何かされたんだろ。そうじゃなきゃ、頭が爆発するか!」
「痛いッ、止めてくれよ」
「変な臭いがしただろ。あれできっとお前等の頭が――ッ」
恐慌しているのは分かるが暴力が過ぎる。
そう思い、棒を持つ男を止めるべく動こうとした時だった。棒で叩かれている村人ではなく、棒で叩いていた方の村人の目が強く光り、爆発したのだ。
破片を浴びた俺や近場の人々は混乱する。爆発した男は村から外へ出ていた事を隠し、成りすましていたのか。もしそうでないのであれば、頭が爆発する条件に外も内もない事になってしまう。
悪い直観を証明するように、再び爆発が起きる。
村の内側で複数回の爆発が発生。爆発した全員が外から戻って来た村人と信じるには多過ぎた。
「人が爆発する。それも突然。そんな事がありえるのか。どうやって??」
思考と体を硬直させる事しばらく。
誰か一人が走り始めると皆が一斉に動き出す。爆発に巻き込まれたくはないという危機回避と、それ以上に、次は自分が爆発するのではないかという恐怖が逃げ場などなくても足を動かしていた。
ぶつかり、転げ、怒鳴り合う村人達。
俺とクゥは傍観者のように彼等彼女等を見ているが、爆発する条件は不明なのだ。実際は同じ危機に瀕している。
「わ、私も爆発してっ、死んじゃうのかな??」
首が錆びついたのか、ぎこちない動きでクゥは俺へと目線を向ける。
「こ、怖かったら、私から離れてもいいから、御影君」
「そんな心にもない事を言うなよ」
涙目になったクゥを一人にしないように俺は決してその場から動かない。
有事においては混乱よりも冷静さが求められる。今は何よりもまず爆発の原因を特定しなければならない。
州軍の登場以降というタイミングから考えて、爆発は間違いなく妖怪の攻撃によるものだ。攻撃であれば手段がある。ランダムに人間の脳を爆弾に作り替える事ができる攻撃の可能性もあるが、そんなものには対処できないので思考から除外する。
「爆発が起き始める前に予兆はあったか? ……あった、お香の臭いがした。あの臭いの後から爆発が続いている」
単純過ぎる連想であるが、妖怪も理由なく香を焚くはずがない。臭いが手段で間違いないだろう。
いや、だが、臭いだけで人間の頭が爆発するものだろうか。臭いに火薬を混ぜておき、鼻から吸い込ませて人間を爆死させるというのは現実味がなく、迂遠だ。そもそも、火薬ならば火を使う村の台所で真っ先に爆発が起きるはずである。
臭いの線はやはりないというのが地球人的な発想となる。
けれども、ここは異世界だ。信じたくはないものの臭気が凶器となる可能性さえ考慮しなければならない。
「――信じたくはないが、他に切っ掛けはなかった。州軍が焚いている香を吸い込んだ人間が爆発を――」
他に前兆はなかった。証拠はなくても仮定するしかない。
臭いが手段でほぼ間違いないと、連想、直観し――。
「――ふんッ!」
死角から迫った裏拳が俺の頬を殴り飛ばして、思考を中断させた。
ちょっと痛いでは済まされない打撃だった。村の壁へとめり込んだ頭を抜くと、俺は突然の暴力に走った野郎に対して非難をぶつける。
「何しやがる、ユウタロウ!」
親友をDVしてきた愚かな男は、謝らないどころか逆に俺を非難してきた。
「馬鹿が。妖怪の術中に陥ってくたばるつもりか」
――数分前、州軍陣地
反乱を起こした壁村を前に、何故か前進を止めた州軍。兵士達は多少以上に困惑していたものの、停止は軍を指揮する州司馬の命令によるもの。違反しようものなら部隊ごと脳を吸われる連帯責任を負わせると事前通達されていたので、兵士達は黙って命令に従っていた。
街から運んできた大量の香に火を点けて燃やす。
街から運んできた徒人――数日前に首途した一人――を野に放つ。
行動は指示されていても目的は伝えられておらず、妖怪達は首を捻るばかりだ。食い物を前に待てを指示されて忠誠心を試されている犬の気分を味わっていた。
「州司馬殿。すべて指示通りであります。……ありますが、これだけで良いのですか?」
「くくくっ。そうだ、うだ、指示通りにこなせ」
作戦の全容は唯一、州司馬、野狗子のみが知っている。彼は兵士からの報告を受けている間も、毒々しい色合いの札の触り心地を確かめていた。
「せめて百人長以上には作戦内容を開示いただけないでしょうか。呪術を行使なされている事は分かりますが、徒人の村一つに無駄が過ぎるかと。正攻法で十分ではないでしょうか」
「……軍の弱体化はとど、とど、まる事を知らん。術で可能な事は術でこなす。武器を持って体を動かすなどといった蛮族染みた、みた、行動は妖怪の思考ではない」
野狗子が副官に呆れていると、ふと、軍と村の間で爆発音が駆け巡る。
「くくくっ。さて、うまく起動でき、でき、たかな。『脳幹信管・爆雷符』は無慈悲なる呪いの宝貝であるが、最初が肝心だ」
野狗子が固唾を飲んで壁村を見守っていると……爆発が連鎖し始めた。頬のない犬顔が喜色に歪む。
宝貝『脳幹信管・爆雷符』は無事に効果を発揮し始めた。
「何をされたのですか、州司馬殿??」
「……教えても、ても、構わんが。お前の脳味噌も爆発する事になるぞ。くくくっ!」




