5-8 終わる無意味な戦い
ユウタロウの協力によって見事、カエル救世主を打倒できた。正直、ユウタロウにここまでの肉弾戦が可能だったとは思っていなかった。まるでユウタロウではないみたいだ。
カエル救世主は元の大きさまで戻った後も倒れている。
失神したのだろう。こう一瞬楽観したものの……、ゲロゲロ言いながら剣を杖に立ち上がってくる。
「まだ、ですわよ。巨人相手ではないのですもの。『巨大化』は下策でしたわ。さあ、ここからが本当の勝負です」
外套はボロボロになっているものの、体にダメージという程のダメージを負っていないように見えた。重戦車みたいなカエルである。もうこれ以上は戦っていられないぞ。
「ふん、遊びはここまでだ。互いに奥の手を隠しておいて勝負もあるものか。世界を救う者同士でじゃれ合うのも、そこまでにしておけ」
戦いは無意味だ。そんな平和主義者みたいな言葉を酷く面倒臭そうに吐いたユウタロウは一抜けする。
「妖怪の言葉は聞きませんわ。私を騙そうとしても無駄ですわよ!」
「戦いの中で、この男が『既知スキル習得』を使った事に気付かなかったのか?」
「そうやって信用させようとしても無駄ですわ。討たれた大半の救世主職は騙し討ちでしたのよ。私はそうはなりません!」
ユウタロウは、俺が妖怪ではないと弁護してくれている。ただ、ユウタロウの奴、何故か妖怪のような豚面なので全然信じてもらえていない。
「ブタ妖怪とつるむ怪しい仮面が、一番怪しいと分かっていまして!」
どうすれば信じてもらえるか。他人の職業を確認するなら『鑑定』スキルであるが、誰もが所持しているスキルではない。仮に持っていても今の俺はただのアサシン職であり、救世主職ではない。
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“職業詳細
●アサシン(Sランク)
●遭難者(初心者)
●人身御供(初心者)(非表示)
×死霊使い(無効化)
×救世主(Bランク)(離職)”
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うん、遭難者職みたいな副業はあるが気にしない。所詮は初心者だし。遭難でもしない限りこれ以上ランクアップする事もないだろう。
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“職業詳細
●人身御供(初心者)(非表示)”
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何故だか将来の不安を覚えた。
身震いしている俺と、腕組みして黙り込んだユウタロウ。
野郎二人でカエル救世主の説得方法に悩んでいると……恐る恐ると近づいてきたのは無害な村娘そのものなクゥである。
「どうしたのよ、御影君。妖怪二体に挟まれ――」
「誰が妖怪だ。人間族の女」
「私は妖怪じゃありません事よ!」
「――えぇー」
食い気味に否定されてしまったクゥが俺に説明を求めてくる。
「妖怪みたいだろ。二人共、妖怪じゃないんだぜ」
「嘘っ。そっちのブタ顔の妖怪とは前に戦っているし、そっちのつぶらな瞳の妖怪は今戦っていたじゃない」
「ユウタロウをブタ顔って言うな。本人も美形に生まれなかった事を悩んでいるんだ。気遣ってあげてくれ」
信じられないといった感じにユウタロウを指差すクゥ。
指を差された側のユウタロウはクゥを一瞥した後、荒く鼻息を漏らした。クゥに自己紹介するつもりはないらしい。こんな人見知りする奴だったっけな。
次にクゥはカエル救世主を指差す。
「村娘さん。そこの方々は妖怪ですわ。危ないので近寄っては駄目です」
「親切に忠告してくれているのは分かるのですが、その顔で言われるのは納得ができないというか」
「ア? 私の顔に何か?」
「滅相も! この御影君とはそれなりに旅を続けていますけど、人を食べた事がないので妖怪ではないと思いますよ」
村娘+1程度でしかない、他人を騙せる要素を持たないクゥが説得する方が、様々なスキルを有する俺が説得するよりも納得してもらえるだろう。クゥの言葉さえ信じてもらえないのであれば他に手段はない。
四人の内二人も人間の姿をしていない。それでも全員が妖怪ではないというのであれば外見は証拠になりえない。ならば、言葉を信じてもらう以外に方法がないのだ。
「――言葉こそ妖怪が徒人を騙す手段でしょうに。信じませんわ」
やはり駄目なのか、カエル救世主は剣を握った。
そしてそのまま剣先を動かして……自分の片腕を斬っている。かなりザックリと斬っており、動脈から噴き出した血が剣を赤く濡らした。
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“『ダーインスレイヴ(強制)』、血を見るまで戦い続けるスキル。
一度、戦闘を開始すると、一定量の血が戦場に流れるまで戦いを止められない。撤退もできなくなる。
闘争心向上、恐怖軽減、痛覚鈍化、等の補助効果も備えるが、すべてはスキル所持者を戦わせるためのもの”
“《追記》
本来はある呪われた剣の装備効果であるが、乱暴に剣を扱って折った結果、行き場を失った剣の呪いがスキル所持者の体に染み込んでいる”
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縫合を必要とする深さの傷だ。が、カエル救世主は特に気にしていない。傷の手当よりも血濡れの剣を後ろ腰のホルダーに仕舞うのを優先していた。
突然の自傷の意味は分からないものの、これ以上戦う気はなさそうだ。
カエル救世主は止血に紐を使わず、己の筋肉のみで腕を締め付けていた。
「妖怪か否かは行動で示す事です。街の妖怪が動くはず。それをどうにかしてみせなさい」
妖怪の街が近くにあるというのに村人が集まったからな。それ以上に、巨大なカエルが暴れた所為で、妖怪共は兵隊を派遣してくるだろう。
「徒人をどうにか救ってみせなさい。貴方達がやはり妖怪だった場合には、私の剣が今度こそ両断しますわ」
言いたい事を言ったカエル救世主はフードを被り、西へと振り向き歩き出す。
どこかへと帰っていく背中を静かに見守る。
「……ブッ、マジか。カエルが帰っていく」
「仮面の貴方ッ。ブッコロですわよ!!」
救世主職と元救世主職の戦いという、実に無意味な時間を過ごしてしまった。カエル救世主が偽者ならば敵同士、まだ戦った意味があるだろうが、そうでなければ本当に無駄な戦闘をしてしまった。
そんな中、唯一喜ぶべき点はユウタロウの合流である。
「街の妖怪が動く。どう動くだろうか、ユウタロウ?」
「……まだ俺を頼るか。ふんっ」
まるで別人みたいになってしまっているが気にしない。どうやって黄昏世界にやって来たのかも気にしない。気にすると負けである。
腕組みをしたユウタロウは憮然としている。何も言わないが、俺から離れもしない。
「…………ユウタロウって概念、何??」
不機嫌なオーラを出しているから、ほら、クゥが変な者を見る目をお前に向けるんだぞ。




